合鍵付きのキャラメル
しばらくの間、グズグズと泣いていた左久夜だったが。突如、宗右真に抱き上げられる。
そのまま歩き始めたので、さすがに左久夜もぎょっとした。
「ちょっ、ちょっと! ソウちゃん⁉ 待って」
宗右真は居間を出て、二階へ上がる。結局、左久夜は宗右真の部屋のベッドまで運ばれた。
宗右真は今日も優しい。
そう思ってから、左久夜は気づいた。
今日だけでない。子供の頃から、宗右真は優しかった。
お腹が空くと、玉子焼きを作ってくれた。宗右真が作る玉子焼きは、カホルが作るものとは違って甘かった。左久夜はこの玉子焼きが大好きで、何度もねだったことがある。もっとも宗右真に言わせると、初めて作った時に塩と砂糖を間違えただけらしいが。
「ソウちゃんって、昔から優しかったね」
左久夜は言った。
それは『父親の代わり』でもなく、『左々凪を助けられなかった償い』でもなく、『左久夜を傷つけた責任』でもなく。
宗右真は、変わらずにずっと優しい。
「おかしなこと言ってねぇで、さっさと寝ちまえ」
「うん」
ころんと寝転んだところに、頭から布団を掛けられる。
左久夜は布団から手を伸ばして、宗右真の浴衣をつんつんと引っ張った。そして、ふと思いついたことを、口に出す。
「ソウちゃん、一緒に寝よ」
子供の頃のように、左久夜はわがままを言ってみた。
「……子供か」
「前にクソガキって、言った。未成年は未、成年だって」
「あいにく、このベッドは一人用だ」
「ちょっと我慢すれば、寝れるよ?」
「俺は、そんなに我慢強くねぇ」
「……じゃあ、寝るまで側にいて」
「はいはい。寝るまでな」
宗右真は笑って、ベットの縁に腰を下ろした。
「おやすみ」
その言葉に、左久夜はまぶたを閉じる。
翌朝、左久夜が目覚めた時には、宗右真はいなかった。
本棚に吊るしてあった制服に着替えて、部屋を出る。昨日、風呂場に吊るしたままにしていたのを、宗右真が、持って来てくれたのだろう。
一階に降りて、小さく気合を入れてから、居間の扉を開ける。
「おはよう!」
左久夜は、いつもより大きな声で言った。
「……朝っぱらから、元気だな」
「うん。ソウちゃんは、あれだね……」
もしかして、自分がベッドを使ったせいで、よく眠れなかったのか。尋ねると、宗右真は違うと答えた。
「でも、なんか元気ないよね?」
そう思ったものの、左久夜はすぐさま、思い直す。前にもこういうことがあった。
「ソウちゃんって、寝起き悪い?」
「……悪くねぇ」
「じゃあ、あたしは帰るね。色々とありがとう」
居間を出ようとした左久夜だったが。
「ちょっと待ってろ」と、引き止められる。宗右真は部屋を出て、しばらくして戻って来た。
「口、」
「くち? え? やだ、何かついてる?」
左久夜は慌てて、口元をぬぐったが。
「違う。開けろ」
「何で?」
「いいから」
そう言うと、宗右真は黄色い小箱の中から長方形のものを一つ、手に取る。白い包み紙から現れたのは、茶色い塊。
「何、それ?」
「食いもんだ。ほら、口、開けろ」
促されて従うと、口の中に塊を放り込まれた。
茶色い物体は、ゆっくりと舌の上で溶ける。じんわり、甘みが広がった。
「……ん? 甘くて、ちょっと苦い? 何これ?」
「あめチョコ」
「あめチョコ? あめなの? チョコなの?」
「その中間みたいな食い物だ。西洋じゃ、キャラメルとか言うらしい」
「お菓子?」
「いや。煙草の代用品って、ふれこみで売ってる」
「それにしては、甘いね」
「だから、お前にやるよ」
宗右真が左久夜の手を取り、手のひらの上に先ほどの黄色い箱を置いた。さらに、宗右真は箱の上へ、もう一つ、物を乗せる。
「ソウちゃん……あの、これ、何?」
左久夜は、ドキドキしながら、若草色の組み紐が結ばれた鍵を指した。
「何って、見りゃ分かるだろ。うちの合い鍵だ」
「それは分かるけど!」
「何かあった時は、それで勝手に上がってろ」
「何かって?」
「カホルさんとケンカしたとか、左希斗と大ゲンカしたとか」
「こんなの、もらったら、入り浸るかもしれないよ?」
「そうなったら、たたき出してやる」
宗右真は、きっと、そんなことはしないはず。そんなことを思いながら、左久夜はポケットに大事にしまう。
家に帰った左久夜を待っていたのは、母の一時間に及ぶお説教だった。
4章 終




