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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
3章 にらみ合う二人、遭遇する二人

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ぎゅっ

 左久夜は、手持ちぶさたに天を見上げた。紺青の空に月はない。宗右真の家の玄関先。もう随分と長い時間、座り込んでいる。


 作戦の予定終了時間は十五時。木寅には、そう聞いていた。作戦が行われる六区からだと、汽車で一時間程度の距離。

 十七時すぎまで左久夜は、軍部で宗右真の帰りを待っていたものの。


『まだ、帰投の連絡は入ってないって。やっぱり長引いてるみたいだな』

 

 確認に行ってくれた木寅から、そう告げられて、軍を出たのだった。


 それから刻々と時間だけが過ぎ、ついには日も暮れた。一向に、宗右真が帰ってくる気配はない。

 夜気を含んだ風に、制服が冷たくなっていた。もう水無月だと言うのに、今夜は冷える。

 宗右真の出張なんて、いつものこと。それがこんなに気になってしまうのは、出張先が父が殉職したのと同じ南部だからだろうか。


 左久夜は、ぎゅっと膝を抱えた。


 何をやってるんだろうと、自分でも呆れてしまう。作戦は日没までと決まっている。ずっとこんな所で待っていなくても、家に帰って軍部に電話をすればいい。たった数分の距離。それで知ることができるのに。

 でも、それも怖い。


 なぜ宗右真は帰って来ないのか。もしかしたらと思うと、動けない。


(何かあったんじゃ……)


 頭の中は、どんどん、悪い方へ悪い方へと傾いて行く。


 どうしたって、あの夢の中、血を流して倒れている宗右真の姿が思い浮かぶ。その姿は、振り払っても振り払っても、しばらくもせずに浮かんでくるのだった。

 その度に、もしかしてと思っては否定し、否定してはまた不安になって。頭の中は堂々巡り。拭いきれなかった不安が、少しずつ積もっていく。


 やがて左久夜は玄関の前で、膝を抱えてうずくまっていた。

 どれほど、そうしていただろう。


 宗右真が無事に帰ってきますように。


 何回も心の中で祈り、もはや何回目が分からなくなった頃。

 ザリっと、微かな足音が聞こえて来た。足音は徐々に近づいている。左久夜は立ち上がって、門扉から路地を覗き込んだ。


「ソウちゃん?」


 暗闇に向かって尋ねれば、


「サク?」


 小さく返事があった。


「ソウちゃん!」


 左久夜は泣きそうになりながら、宗右真に抱きついた。


「何だ、お前。こんな時間に、空き巣にでも来たか」


 そんなわけないでしょ。いつもなら言い返すところだが、左久夜は聞き流す。

 ぎゅっと背中に腕を回せば、確かに宗右真がいることを実感して、安心できた。


「どうした? また、カホルさんとケンカしたのか?」


 左久夜は首を振る。


「ソウちゃんに会いたかっただけ」

「……そっか」


 そうつぶやいて、宗右真が左久夜を抱きしめた。

 その思いも寄らない行動に、涙が引っ込む。代わりに心臓が一気に跳ねあがった。


「お前、どれだけ待ってたんだ。体が冷たい」


 耳元で響く声。


「えっと……」

「待たせて悪かった」

「ソ、ソウちゃん?」


 耳のすぐ横で太鼓を打ち鳴らされているかのよう。バクバクと、鼓動がうるさい。

 頭の中が真っ白になりかけた。その寸前。


「よし、よし」


 宗右真が、トン、トンと、左久夜の背中をたたき始めたのだった。まるで、小さな子供をあやすかのように。


「楠の親父が、作戦が長引いた詫びだって、家に引きずり込まれて、そのまま酒盛りが始まっちまって。さっきまで付さ合わされてたんだ」


 そういうこかと、左久夜の方は一気に覚めた。夢を見るには、ちょっと酒臭い気もしていた。

 左久夜は両手で宗右真の胸を押して、体を離す。


「ソウちゃん、酔っ払ってるでしょ。どれだけ飲んだの?」

「そんなに飲んでねぇよ。言っとくけど、楠のおやじとトラが常軌を逸してるだけで、俺は普通だ」

「普通?」

 

 そもそも比較する相手、ザルの木寅を基準にするあたり、間違っているんじゃないか。宗右真だって充分、酒飲みだとも思ったが、酔っ払い相手だ。


「ハイハイ」


 左久夜は、適当にうなずいた。とりあえず、宗右真は無事に帰ってきたのだ。

 左久夜も家に帰ることにした。

 軍部から一旦は家に戻り、カホルには行き先を告げてあるけれど、きっと怒っているだろう。一時間のお説教も我慢しなくては。

 そんなことを考えいると、不意に腕を引っ張られた。


「え? 何?」

「今日は、もう、泊ってけ。風呂、立ててやるから」

「だ、大丈夫。もう帰るし」


 予想外の言葉に、ちょっとびっくりしながら、左久夜は足を踏ん張る。


「お前なぁ、もう十時だぞ?」

「えぇっ! そんな時間?」

 

 これはまずい。お説教は二時間だ。早く帰らなければ。そんな左久夜の思いとは裏腹に、宗右真はがっちりと腕を掴んで離さない。


「ちょっと。ソウちゃん、離して」

「だから、泊まってけ。送ってくのも面倒くせぇ」

「大丈夫。一人で帰れるし」

「そんなわけいくか」

「いつもは帰れって、言うくせに」


 力でかなうはずもない。左久夜は、ずるずると引っ張られる。


「本当に、もう、帰るから。ソウちゃんの顔、見たら安心したし。だから、手、離して」


 そう言ってる間にも、宗右真は玄関に鍵を差して、扉を開けていた。


「ソウちゃん、手!」

「うるせぇな」


 小さく舌打ちが聞こえてきたと思ったら、突然、手が離されて、宗右真が膝をかがめる。


「え、何?」

 

 左久夜は何が何だか分からないうちに、肩に担ぎ上げられていた。


「ちょっと待って! ソウちゃん!」

「暴れると、下着が見えるぞ」

「きゃあ!」


 左久夜は米俵のように、そのまま、居間まで運ばれたのだった。





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