第67話:本気を出させるために 〜震度7でもゲームはやめない〜
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
S区・相葉邸。
俺、相葉湊は、激しく振動するゲーミングチェアの上で、必死にマウスを握りしめていた。
「あっ、ちょっ、ズレる! 照準がズレるぅぅぅ!」
画面の中では、緊迫した銃撃戦が繰り広げられている。
だが、現実の俺の部屋は、震度4……いや、震度5弱くらいの揺れに見舞われていた。
ガシャーン!
棚から本が落ちる。
フィギュアのアリスちゃんが、とっさに聖女のポーズでバランスを取りながら、俺のコーラが倒れないように支えてくれている。ナイスアシスト。
「なんなんだよ、さっきから! 余震にしては長すぎるだろ!」
俺は叫んだ。
掃除機で泥を吸い取って、一件落着したはずだ。
なのに、揺れは収まるどころか、どんどん強くなっている。
ブブブッ、ブブブッ!
スマホが震えた。
通話だ。相手はフレンドのジャックさん。
「もしもし! ごめんジャック、今こっち地震ですごくて!」
『Master! Get out of there! NOW!(師匠! そこから逃げろ! 今すぐだ!)』
ヘッドセット越しに、ジャックさんの焦った声が響く。
『Seal is broken! The King comes!!(封印が解けた! 王が来るぞ!!)』
「王? なんの話? キングスライム的な?」
俺は首を傾げた。
ジャックさんは相変わらずRPに熱心だなぁ。
ゲーム内のイベントの話だろうか。
『No! Look outside! The Abyss is opening!(違う! 外を見ろ! 深淵が開いている!)』
「外?」
言われて、俺はチラリと窓の方を見た。
激しい揺れで、少しだけ開いていたカーテンが揺れている。
その隙間から見えたのは——「赤」だった。
夜空が、血のように赤く染まっている。
そして、庭の地面から、どす黒い噴水のような柱が立ち昇り、天を衝いていた。
「うわぁ……。すごい演出」
俺は感心した。
最近のプロジェクションマッピングは、空の色まで変えるのか。
S区の観光地化プロジェクト、本気出しすぎだろ。
「でもさ、ジャック。俺、逃げるわけにはいかないんだ」
『Why!?(なぜだ!?)』
「だって、今『ランク昇格戦』の真っ最中だから」
俺はキリッと言い放った。
ここで回線を切断すれば、ペナルティでポイントが減る。
チームメイト(野良の人たち)にも迷惑がかかる。
ゲーマーとして、それは死よりも重い罪だ。
『Crazy... You are absolutely crazy...(イカれてる……あんたは完全にイカれてるよ……)』
ジャックさんが絶句している。
褒め言葉として受け取っておこう。
「よし、集中だ。揺れのリズムを読んで、マウスを動かせば……!」
俺は画面に食らいついた。
世界が崩壊しようとしているその中心で、俺はヘッドショットを狙い続けた。
◇ ◇ ◇
——外の世界。
S区境界線、監視所。
「撤退ッ! 総員、撤退せよッ!!」
現場指揮官の絶叫が響き渡る。
無理だ。
観測していた計器が、次々と爆発して使い物にならなくなっている。
相葉邸の庭から噴出した黒い柱。
それは、重力を無視して空へと広がり、巨大な「影」を形成していた。
『……オ……オオ……』
『……我ガ……座……』
影が実体化する。
身長、推定500メートル。
高層ビルすら見下ろすほどの、超巨大な人型の影。
顔には目も鼻もなく、ただ無限の闇が広がっている。
【終焉の王】
ランク:測定不能(God)。
かつて神話の時代、世界を一度「リセット」したとされる破壊の概念。
それが今、完全な姿で顕現したのだ。
「あ、あぁ……。終わりだ……」
監視員の一人が膝をつく。
王が、ゆっくりと腕を上げた。
その指先一つ動かすだけで、大気が悲鳴を上げ、衝撃波がS区の廃屋をなぎ倒していく。
王の狙いは、足元にある小さな家——相葉邸だ。
自分を「掃除機」で吸おうとした不敬な人間。
そして、自分が座るべき「玉座」を占拠している邪魔者。
『……消エロ……』
王の声なき声が、精神波動となって世界中に響き渡る。
王が拳を振り上げた。
それは、質量を持った隕石そのものだ。
◇ ◇ ◇
——家の中。
「うおっ!?」
ドガァァァァァンッ!!
近くで雷が落ちたような音がした。
家が大きく傾く。
PCのモニターが、ガタンと音を立てて倒れた。
「あっ! モニターが!」
俺は悲鳴を上げた。
慌てて起こすが、画面にはヒビが入っているわけではない。よかった。
だが、ゲーム画面の中の俺のアバターは、操作不能の間に敵に撃たれて死んでいた。
【GAME OVER】
【YOU LOSE】
「…………」
俺の中で、何かが冷たく透き通っていくのを感じた。
負けた。
実力じゃない。
ラグでもない。
「揺れ」のせいで、負けた。
俺はゆっくりとヘッドホンを外した。
床に置く。
ズシン、ズシン、ズシン……。
外から、巨大な何かが歩く音が聞こえる。
工事の重機?
いや、もっと大きな……怪獣映画のような足音。
「……いい加減にしろよ」
俺は立ち上がった。
もう、我慢の限界だ。
泥掃除もした。塩も撒いた。
それでもまだ、俺のゲームを邪魔するのか?
「誰だか知らないけど……」
俺は、部屋の隅に置いてあった『100均の布団叩き(プラスチック製)』を手に取った。
ハエ叩きよりもリーチが長く、しなりが良い。
対・大型害獣用の決戦兵器だ。
「本気で怒らせたな」
俺は窓の鍵を開けた。
ガララララッ!!
窓を開けると、そこには夜空を覆い尽くすほどの「黒い壁(王の足)」があった。
『……小サキ……者ヨ……』
頭上から、脳に直接響く声が降ってくる。
見上げれば、雲を突き抜けるような巨人が、俺を見下ろしていた。
普通なら、腰を抜かして失禁する場面だ。
だが、今の俺にあるのは、昇格戦を落とした恨みのみ。
「デカけりゃいいってもんじゃないんだよ!!」
俺はベランダの手すりに足をかけた。
「ちょっと表出ろ!! 説教だ!!」
最強の引きこもりが、ついに自ら「外」に出る決意をした。
目的は、世界を救うためではない。
静かな夜と、安定したエイムを取り戻すためだ。




