第59話:ファンクラブ国際支部、設立 〜聖遺物は膝掛けにちょうどいい〜
ジャック・バーンとの「日米eスポーツ交流戦(掃除機バトル)」から数日後。
S区・相葉邸のリビングは、とんでもないことになっていた。
「……多いな」
俺、相葉湊は、部屋の床を埋め尽くすダンボールの山を見下ろして呟いた。
箱には『AIR MAIL』のシールや、英語の伝票が貼られている。
「あ、あの……師匠。これは一体?」
遊びに来ていたレイナちゃんが、目を白黒させている。
無理もない。
六畳一間のリビングが、輸入雑貨店の倉庫みたいになっているのだから。
「いやぁ、ジャックさんが帰国してからさ、なんかSNSで俺のことを宣伝してくれたみたいで」
俺はスマホの画面を見せた。
ジャックさんのSNSアカウント。フォロワー数、一億人。
最新の投稿には、俺の「紙袋アイコン」と共に、熱いメッセージが添えられている。
『My Master, Minato. He is the REAL GOD.(我が師、ミナト。彼こそが真の神だ)』
『Don't be fooled by the paper bag. It's a seal of overwhelming power.(紙袋に騙されるな。あれは圧倒的な力を封じる封印なのだ)』
「……なんか、大げさに書いてあるんだよね」
俺は苦笑いした。
ゲームが上手いことを褒めてくれているんだろうけど、「GOD」とか「Power」とか、相変わらずアメリカンな表現だ。
「そのおかげで、海外のファン? みたいな人たちから、お中元が届くようになっちゃって」
これがその山だ。
配送してくれた剛田さんは、荷物を渡す時に「こ、これは……世界のバランスが崩れる……!」とガタガタ震えていたけど、重かったんだろうか。
「ちょっと開けてみようか。レイナちゃん、カッター貸して」
「は、はい!」
俺は手近な箱を開封した。
中から出てきたのは、深紅のベルベット生地で作られた、豪華なマントのような布。
金糸で刺繍が施され、微かに温かい。
「お、綺麗な布だな。手触りもいい」
俺は布を広げてみた。
フワフワで、肌触りが最高だ。
「これ、これからの季節、エアコン効かせすぎた時の『膝掛け』にちょうど良さそう」
俺は早速、マントを膝にかけてみた。
うん、暖かい。
魔力的な温もりを感じる(※自動温度調整機能付きです)。
「……し、師匠?」
レイナちゃんの声が震えている。
彼女は、マントの端に刺繍された紋章を凝視していた。
「そ、それは……大英博物館から先日『行方不明』になったと噂の……『赤き英雄の聖骸布』ではありませんか!?」
「しゅらうど? ブランド名?」
「Sランク級の物理・魔法耐性を誇り、着用者の魔力を無限に回復させる、伝説の国宝です! 値段なんてつけられません!」
「へー、高級ブランドかぁ。海外の人は太っ腹だね」
俺は感心した。
でもまあ、俺にとってはただの暖かい布だ。
洗濯機で洗えるかな、これ。
次は、細長い箱を開けてみる。
中には、鈍色に輝くナイフが入っていた。
刃にはルーン文字が刻まれ、妖しい光を放っている。
「うわ、物騒なもん送ってくるなぁ。税関通ったのかこれ?」
俺はナイフを手に取った。
切れ味は良さそうだ。
「ちょうどいいや。最近、ペーパーナイフが切れなくなってたんだよな」
俺は手近な封筒を、そのナイフでサクッと切ってみた。
抵抗ゼロ。
封筒どころか、下のテーブルまで少し切れ目が入ってしまった。
「おぉ、よく切れる」
「し、師匠……! それは北欧のダンジョンで発掘された『影縫いの魔短剣』……! 影を斬れば本体も死ぬという、暗殺ギルドの至宝……!」
レイナちゃんが泡を吹いて倒れそうだ。
大げさだなぁ。
ただのよく切れるナイフだって。100均の包丁より便利そうだ。
「ま、せっかく頂いたんだし、有効活用させてもらおう」
俺はテキパキと荷物を片付けていった。
『賢者の杖(世界樹の枝)』は、孫の手代わりに。
『聖女の涙(最高級ポーション)』は、観葉植物の肥料に。
『ドラゴンの眼球(宝石)』は、ポチのボール遊び用に。
部屋がどんどんカオスになっていくが、生活レベル(QOL)は爆上がりだ。
「よし、片付いた。レイナちゃん、お茶飲む?」
「は、はい……(心臓が持ちません……)」
俺たちは、国家予算規模のアイテムに囲まれて、優雅なティータイムを過ごした。
◇ ◇ ◇
——その夜。
レイナちゃんが帰り、俺は一人でベッドに入っていた。
新しい膝掛け(聖骸布)のおかげで、ポカポカして気持ちいい。
今日はいい夢が見られそうだ。
……ピシッ。
不意に、部屋のきしみ音が聞こえた。
「ん?」
俺は目を開けた。
古い家だから、家鳴りくらいはする。
だが、今の音は壁や柱からではなく、もっと深い場所——床下、あるいはこの空間そのものから響いてきたような気がした。
……ミシッ、ミシッ……。
音が続く。
まるで、巨大な何かが、狭い檻の中で身じろぎをしているような。
「シロアリか? リフォームしたばっかりなのに」
俺は不快に思いながら、寝返りを打った。
——その時。
耳元で、声がした。
『……主ヨ……』
「うわっ!?」
俺は飛び起きた。
誰もいない。
アリスは棚の上でスリープモードに入っているし、ポチはリビングで寝ている。
空耳か?
いや、確かに聞こえた。
低く、地を這うような、でもどこか懐かしい声。
『……封印ガ……解ケル……』
『……我ガ座ニ……』
押し入れの奥。
ダンジョンの「無限回廊」に繋がっているはずの空間から、冷たい風が吹き込んでくる。
「……なんだ? ホラー展開か?」
俺は眉をひそめた。
幽霊とかは信じていないが、夜中に変な声が聞こえるのは安眠妨害だ。
最近、家の周りで爆発があったり(※俺のせい)、工事があったりしたから、建付けが悪くなって風切り音が鳴っているのかもしれない。
「あーもう、うるさいなぁ」
俺はサイドテーブルから、愛用のアイテムを取り出した。
『ノイズキャンセリング・ヘッドホン』。
これさえあれば、工事の音も、怪奇現象の声もシャットアウトだ。
「文明の利器になめんなよ」
俺はヘッドホンを装着し、再び布団に潜り込んだ。
静寂。
完璧な静けさ。
俺は満足して、すぐに夢の世界へと落ちていった。
——俺は気づかなかった。
俺が眠りに落ちた直後、部屋の壁がドクン、と脈打ち、窓の外の夜空が赤黒く変色したことを。
そして、庭の犬小屋で寝ていたポチが、ガバッと起き上がり、地面に向かって牙を剥いて吠え始めたことを。
世界の終わり(スタンピード)は、もう目と鼻の先まで迫っていた。




