第58話:友情のシェイクハンド 〜GG(グッドゲーム)の意味が違う〜
S区・相葉邸の庭。
先ほどまで「光の聖剣」と「ダイソン」が激突していた戦場は、奇妙な静寂に包まれていた。
地面に膝をつく、アメリカ最強の男、ジャック・バーン。
その前に立ち、紙袋を被ったまま手を差し伸べる、日本の引きこもり、相葉湊。
「……Master(師匠)……」
ジャックは、震える手で湊の手を握り返した。
その碧眼からは、滂沱の涙が溢れている。
「I lost. Completely.(俺の負けだ。完敗だ)」
ジャックは悟っていた。
自分の全魔力を込めた『聖剣』の一撃。
それを、一歩も動かずに、あろうことか「掃除機」で吸い尽くして無効化したのだ。
これは、単なる実力差ではない。
「暴力」に対し「清掃」で応えるという、高次元の精神的勝利。
ジャックのプライドは粉々に砕かれ、代わりに清々しい尊敬の念が芽生えていた。
「Please... Teach me! Teach me the way of Vacuum!!(頼む……教えてくれ! 俺に掃除の道を!)」
ジャックは湊の手を両手で握りしめ、熱烈に叫んだ。
◇ ◇ ◇
——湊の視点。
「……?」
俺は困惑していた。
ジャックさんが、すげースキンシップ激しいんだけど。
手を握りしめて離さないし、なんかめっちゃ泣いてるし。
(これがアメリカン・スタイルか……。情熱的だなぁ)
俺は感心した。
本気でeスポーツに取り組んでる証拠だ。
嫌いじゃないぜ、そういう熱いの。
「えっと、レイナちゃん。彼、なんて言ってるの?」
俺は通訳を頼んだ。
英語は「ハロー」と「サンキュー」くらいしか分からない。
レイナちゃんが、真剣な顔で頷く。
「はい。ジャック氏はこう言っています」
レイナちゃんが咳払いをした。
「『貴殿の超絶技巧に感動しました。ぜひフレンド登録をして、今後もご指導ご鞭撻を賜りたい』……と」
「おぉ! フレンド申請か!」
俺は嬉しくなった。
やっぱり、拳(と掃除機)を交えれば分かり合えるんだな。
海外の強豪プレイヤーとフレンドになれるなんて、願ってもないことだ。
「OK! オフコース! フレンド、なろう!」
俺は紙袋越しにニカっと笑い、空いている手でサムズアップした。
「Thank you...!!」
ジャックさんが顔を輝かせる。
よかった、通じたみたいだ。
「あ、そうだ。約束のモノ、くれる?」
俺は手を出して、クイクイと指を動かした。
勝負の条件だった『北米限定アバターコード』だ。
これを貰わなきゃ、何のために庭を焦がしたのか分からない。
ジャックさんはハッとして、懐から一枚のカードを取り出した。
金色のプレートだ。
「Here. Take this.(これを受け取ってくれ)」
おお、これが限定コードか。
紙切れじゃなくて金属製なんて、高級感があるな。
「サンキュー! 大切に使うよ!」
俺はカードをポケットにねじ込んだ。
これで俺のアバターも北米仕様のレアスキンになれる。
早くPCに入力したい。
「よし、じゃあ解散!」
目的は果たした。
俺は掃除機を担ぎ直し、家に戻ろうとした。
——その時だった。
ズズズズズズズ…………。
地面の底から、腹に響くような重低音が鳴り響いた。
微弱な振動。
だが、それは地震とは違う、何かもっと不吉な揺れだった。
「ん? 地震か?」
俺は足を止めた。
最近、多いな。
まあ、震度1くらいだし、気にすることはないか。
だが、ジャックさんの表情が一変していた。
彼は地面に耳を当て、険しい顔で何かを呟いている。
「The earth is crying...(大地が……鳴いている)」
「え? なんて?」
俺が聞き返すと、レイナちゃんが青ざめた顔で通訳した。
「師匠……。ジャック氏が言うには、『地下の魔力脈が異常な悲鳴を上げている』と」
「S区の地下深くに封印されている『何か』が、今の戦いの衝撃で……目覚めようとしているのかもしれません」
「ふーん?」
俺は首を傾げた。
地下? 封印?
またまた、厨二病な設定だなぁ。
きっと、このゲーム(世界観)のイベント演出の話だろう。
「まあ、何か出てきたら、またポチに追い払ってもらうよ」
俺は庭の隅にある犬小屋を見た。
ポチは爆睡している。
番犬が寝てるんだから、大したことないってことだ。
「じゃあね、ジャックさん! またオン(オンライン)で会おう!」
「Yes, Master! See you again!」
俺たちは再会を誓い合い、別れた。
ジャックさんは迎えのヘリに乗って帰っていった。
嵐のような男だったな。
◇ ◇ ◇
俺は家に戻り、早速PCを起動した。
手に入れた金属プレートの裏面を見る。
そこには、複雑なパスコードが刻印されていた。
「入力、と……」
カチッ。
【認証成功:北米限定レジェンドスキン『星条旗の破壊者』を入手しました】
「よっしゃあああ! かっけぇぇぇ!」
俺はガッツポーズを決めた。
これで明日からのランクマッチが楽しみだ。
——俺は、気づいていなかった。
窓の外。
先ほどジャックさんが着地したクレーターの底に、微細な亀裂が走っていることを。
そして、その亀裂の奥から、どす黒い瘴気が漏れ出し始めていることを。
『……オ……オオ……』
深淵からの呻き声。
それは、単なるモンスターではない。
この世界そのものを終わらせるために存在する、「終焉」の呼び声だった。
世界中のダンジョンが共鳴し、観測史上最大規模の「スタンピード(大氾濫)」へのカウントダウンが、静かに、しかし確実に始まっていたのだ。
だが、今の俺にとっての最大の関心事は、「明日の朝ごはん、ピザの残りでいいかな」ということだけだった。




