表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/100

第57話:吸引力の変わらないただ一つの武器 〜光さえも吸い込むダイソン〜

 ゴォォォォォォォォォォッ!!


 S区の庭が、灼熱の地獄と化した。

 アメリカ最強のSランク探索者、ジャック・バーンが放った極大魔法『ヘル・フレア(地獄の業火)』。

 それは、着弾点である湊の姿を完全に飲み込み、周囲の酸素を一瞬で焼き尽くすほどの熱量を放っていた。


『ぎゃあああ! 画面が赤い!』

『終わった……』

『核爆発じゃねーか!』

『紙袋マン、蒸発しただろこれ』


 コメント欄が絶望で埋まる。

 レイナも悲鳴を上げそうになり——思いとどまった。

 あの方(師匠)が、この程度の「ぬるま湯」で焼けるはずがない。


 そして、炎の中心。

 相葉湊は、少し困った顔で汗を拭っていた。


「うわっ、あっつ! サウナかよ!」


 湊の感想はそれだけだった。

 彼の着ているジャージは、長年の魔素漬けにより『火属性無効:極』の耐性を獲得している。

 中身の肉体に至っては、ドラゴンのブレスでBBQを楽しめるレベルだ。

 ジャックの必殺技も、湊にとっては「暖房の設定温度を間違えた」程度の不快感でしかなかった。


「演出がリアルすぎるのも考えものだな。煙たくて前が見えない」


 湊は、左手に持っていた『100均のハエ叩き』を構えた。

 視界を確保するために、煙を払おうとしたのだ。

 団扇うちわを扇ぐような、軽い手首のスナップで。


「……シッ!」


 ブンッ!!


 その一振りは、大気を歪ませた。

 ハエ叩きの網目から生じた風圧が、局地的なハリケーンとなって前方に噴出したのだ。


 ボシュゥゥゥゥゥン!!


 一瞬だった。

 S区を焼き尽くそうとしていた地獄の業火が、まるで蝋燭の火を吹き消すように、跡形もなく消滅した。

 それどころか、上空を覆っていた厚い雲が真っ二つに割れ、綺麗な星空が顔を覗かせた。


「ふぅ。涼しくなった」


 湊は満足げに頷いた。


 ◇ ◇ ◇


 ——ジャック・バーンの視点。


「……What?(な……?)」


 ジャックは、自分の目を疑った。

 俺の『ヘル・フレア』が……消えた?

 防御魔法で防がれたのではない。

 「手で払われた」のだ。まるで、煙たいタバコの煙を払うかのように。


「Impossible...(ありえない……)」


 ジャックの背筋に、冷たいものが走った。

 魔法が通じない。

 ならば、物理で粉砕するまでだ。


「Good... You are strong.(いいだろう……貴様は強い)」


 ジャックは腰のホルダーから、伝家の宝刀を抜き放った。

 『聖剣エクスカリバー(本物)』。

 刀身そのものが光の魔力で構成された、切断不可能なものはないとされる最強の剣。


 ブォン!

 光の刃が伸び、闇夜を照らす。


「But, can you withstand THIS!?(だが、これは防げるか!?)」


 ジャックは地面を蹴った。

 音速の踏み込み。

 狙うは、紙袋男の胴体真っ二つ。


 ——その時。

 湊が動いた。


「おっ、ライトセーバーだ! かっこいい!」


 湊は目を輝かせた。

 だが、すぐに視線を足元に向け、眉をひそめた。


「あっ、ちょっと! 芝生が焦げちゃう!」


 ジャックの剣から溢れる光の粒子が、ポチのトイレ場所である芝生に落ちていたのだ。

 これでは掃除が大変だ。


「散らかる前に、片付けないと……!」


 湊は右手に持った家電——『コードレス掃除機ダイソン』を構えた。

 トリガーを引く。

 スイッチ・オン。モードは『強』。


 キュイイイイイイイイイイイッ!!


 甲高いモーター音が響き渡った。

 だが、それはただの吸引音ではなかった。

 空間そのものが歪み、ブラックホールが生成されたかのような、重力崩壊の音。


「吸い込めぇぇッ!」


 湊はノズルを、ジャックの剣に向けた。


 ジャックが剣を振り下ろそうとした、その瞬間。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


「Wh-What the hell!?(な、なんだァ!?)」


 ジャックの手が、強烈な力で引っ張られた。

 聖剣から放たれるはずの「光の斬撃」が、直進せずにひん曲がり、掃除機のノズルの中へと吸い込まれていく。


 光だけではない。

 ジャックの体内の魔力、スタミナ、そして闘気までもが、掃除機に向かって流出していく。


「Stop! My power is... sucking out!!(やめろ! 俺の力が……吸われる!!)」


 ジャックは必死に耐えようとしたが、ダイソンの吸引力(と湊の魔力)は、物理法則を超越していた。


 シュゴオオオオッ!!


 聖剣の光が消える。

 刀身がボロボロに錆びつき、ただの鉄屑へと変わる。


 そして。


 スポポンッ!


 最後の一滴まで魔力を吸い尽くされたジャックは、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。


「Ha... ha...(は、は……)」


 完敗だ。

 魔法も、剣技も、全てが「掃除」された。

 目の前の男は、一歩も動いていない。ただ、掃除機をかけていただけだ。


 ◇ ◇ ◇


 ——湊の視点。


「ふぅ。綺麗になった」


 俺は掃除機のスイッチを切った。

 ゴミ捨てサインが点滅している。

 やっぱり、光の粒子エフェクトって結構容量食うんだな。


「すごいな最近の家電は。ARの光まで吸い込めるのか」


 俺は感心しながら、崩れ落ちたジャックさんに近づいた。

 彼は地面に手をつき、肩で息をしている。

 演出だろうか? それとも、全力で演技しすぎて疲れたのか?


「お疲れ様! ナイスファイト!」


 俺は紙袋越しに笑顔を向け、彼に手を差し伸べた。


「Good Game!(いい試合だったね!)」


 ジャックさんが、ゆっくりと顔を上げる。

 その目には、恐怖でも敵意でもなく——純粋な尊敬の光が宿っていた。


「……Master(師匠)……」


 ガシッ。

 彼は俺の手を、骨が折れそうなほど強く握り返してきた。


 ◇ ◇ ◇


 ——コメント欄。


『勝った……』

『掃除機で』

『聖剣が吸い込まれたぞwww』

『ダイソン最強説』

『アメリカ最強が、赤子のようだ』

『この映像、歴史の教科書に載るだろ』

『紙袋マン、底が見えねぇ……』


 世界中が、その光景に言葉を失っていた。

 魔法VS家電。

 勝者、家電(とそれを持つジャージの男)。


 この瞬間、相葉湊の名(通称:紙袋)は、世界最強の座に君臨することとなった。

 本人は「交流会楽しかったなー」くらいにしか思っていないが。


 そして、この決闘の余波が、S区の地下深くに眠る「何か」を目覚めさせようとしていた。


 ゴゴゴゴゴ……。


 地面の奥底から、不気味な地鳴りが響き始める。

 だが、勝利の余韻に浸る人々は、まだ誰もその予兆に気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ