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第51話:現金(キャッシュ)がないとゲームが買えない 〜世界最強の貧困〜

「あー、あー。テステス。……これ、声入ってます?」


 その間抜けな第一声が、全世界に配信された直後。

 動画のコメント欄は、爆発的な速度で流れていた。


『入ってるぞwww』

『声www ヘリウム吸ったんか?』

『紙袋!? へのへのもへじ!?』

『ふざけてんのかここS区だぞ』

『レイナちゃん、変な男に騙されてない?』

『放送事故だろこれ』


 画面の向こうには、推定150万人の視聴者。

 彼らの大半は、伝説の「ジャージの悪魔」の素顔を期待して集まった人々だ。

 それが蓋を開けてみれば、小学生の工作レベルの紙袋を被った不審者である。

 困惑と失望、そして嘲笑が渦巻くのも無理はない。


 ——だが。

 紙袋の中の俺、相葉湊の表情は真剣そのものだった。


(よし、音声はOK。画角もOK)


 俺は紙袋の覗き穴から、宙に浮くドローンカメラを見据えた。

 心臓はバクバクしている。

 対人恐怖症の俺にとって、150万人に見られているという状況は、裸でスクランブル交差点に立つに等しいストレスだ。


 だが、逃げるわけにはいかない。

 なぜなら、俺には「戦う理由」があるからだ。


 ◇ ◇ ◇


 ——時計の針を、少しだけ巻き戻そう。

 今朝のことだ。


 俺は、PCの画面の前で絶望していた。


 【FPS『地獄の戦場』大型DLC 本日発売!】

 【価格:3,000円(税込)】


 待ちに待った拡張パック。

 これを買えば、新マップで遊べる。新武器が使える。

 三年間、引きこもり生活の彩りとなってくれたゲームの最新コンテンツ。


「買うぞ! 絶対買う!」


 俺は勇んで購入ボタンを押した。

 しかし。


 【エラー:決済に失敗しました】

 【理由:クレジットカードの有効期限切れ / ウォレット残高不足】


「…………」


 俺は膝から崩れ落ちた。

 そうだった。

 俺のクレジットカードは、半年前に期限が切れていた。

 更新カードを受け取るための簡易書留を、郵便屋さんと会うのが怖くて居留守し続けた結果、カード会社に返送されてしまっていたのだ。


「現金……現金さえあれば、コンビニでプリペイドカードが買えるのに……!」


 俺は財布の中身をぶちまけた。

 十円玉が数枚と、一円玉がジャラジャラ。

 合計、四十三円。


 先日、初めてのコンビニで全財産を使い果たしてしまったのが痛かった。


「……あるのは、これだけか」


 俺は部屋の隅に転がっている「石ころ」を拾い上げた。

 深紅に輝く、ソフトボール大の魔石。

 Sランクモンスター『フレア・ドラゴン』の体内で生成された、災厄級の魔核だ。


 コンビニの店長曰く、これ一つで「コンビニチェーンごと買収できる(約50億円)」らしい。


「50億……」


 俺は虚しく笑った。

 俺は50億円の資産を持っている。

 だが、俺は3,000円のゲームが買えない。


 なぜなら、この魔石はUSBポートには刺さらないし、電子マネーにチャージもできないからだ。

 換金しようにも、ギルドに行けば身分証の提示や口座の開設が必要になる。

 引きこもりにそんなハードルの高いことができるわけがない。


 『資産はあるのに、現金キャッシュがない』。

 これが、現代社会における最強の引きこもりの弱点だった。


「……稼ぐしかない」


 俺は決意した。

 家から出ずに、誰とも会わずに、即金で電子マネーを手に入れる方法。

 それが——この「配信」だ。


 ◇ ◇ ◇


 ——そして、現在。


 俺はマイクに向かって、ボイスチェンジャーで高くなった声で宣言した。


「あー、初めまして。師匠(仮)です」


 俺はジャージのポケットを探るフリをして、手汗を拭った。


「今日は、レイナちゃんのチャンネルをお借りして、ダンジョン探索をします」

「目的は……えっと、その」


 俺は言葉に詰まった。

 正直に「ゲーム代が欲しい」と言うのは、さすがに格好悪い気がする。

 「世界平和のため」とか嘘をつくべきか?

 いや、嘘はよくない。


 俺は正直に言うことにした。

 ただし、少しだけオブラートに包んで。


「……活動資金おこづかいを稼ぎに来ました」

「よかったら、スパチャ(投げ銭)よろしくお願いします」


 言い切った。

 言ってしまった。

 初対面の150万人に向かって、「金くれ」と言い放ったのだ。


 コメント欄が、一瞬止まり——そして爆発した。


『はああああああああ!?』

『金目当てかよ!!』

『夢壊れるわwww』

『S区の魔王とか言われてたのに、言動が小者すぎる』

『正直でよろしい』

『だが断る』

『実力見せたら投げてやるよ』


 辛辣なコメントの嵐。

 だが、俺の心は折れない。

 3,000円。

 その金額に達するまで、俺はピエロにでも何にでもなってやる。


 隣にいるレイナちゃんが、カメラに映らない位置で、ハンカチを目に当てて感動していた。


「(……なんて尊いのでしょう)」


 彼女の脳内では、俺の言葉はこう変換されていた。


 『私は、無償の愛など求めない。対価に見合うだけの「芸(戦い)」を見せるからこそ、貴様らも本気で応援してこい』

 『これは、資本主義社会への挑戦状だ』


「さすがです、師匠……! あえて俗物を演じることで、視聴者のハードルを上げるとは!」


 レイナちゃんが小声で囁く。

 相変わらず、彼女のフィルターは高性能だ。


「では、師匠。行きましょうか」


 レイナちゃんが、進行役としてカメラの前に立った。

 彼女は今日、いつもの鎧ではなく、動きやすいスポーツウェアを着ている。

 それでも、腰にはSランク魔剣を帯びているが。


「本日の探索エリアは、ここ! S区深層部、通称『帰らずの森』です!」


 カメラがパンして、俺たちの背後に広がる森を映す。

 鬱蒼と茂る木々。

 毒々しい色の花。

 奥から聞こえる、魔物の咆哮。


 コメント欄がざわつく。


『あそこ、ガチの魔境じゃん』

『瘴気濃度測定器が赤色になってるぞ』

『紙袋で大丈夫なのか?』

『死ぬぞ』


「大丈夫です。ここは俺の……えっと、散歩コースなんで」


 俺はへらっと笑った(紙袋の下で)。

 実際、ここは俺の家の庭の延長だ。

 ポチのトイレ場所でもある。


「じゃあ、サクッと行って、サクッと稼いで帰ります」


 俺は右手に持った武器——『100均の猫じゃらし(伸縮式)』を伸ばした。

 今日の武器はこれだ。

 ハエ叩きだと殺傷能力が高すぎて絵面がグロくなるかもしれないから、手加減用に持ってきた。


「行くぞ、レイナちゃん」

「はいっ! お供します!」


 こうして。

 紙袋を被ったジャージ男と、Sランク美少女による、世界一ふざけたダンジョン攻略配信がスタートした。


 ——視聴者はまだ知らない。

 この「散歩」が、ダンジョンの常識を根底から覆す、伝説のライブになることを。


 ガサッ。


 茂みから、早速「最初のお客さん」が顔を出そうとしていた。

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