第49話:悪魔の囁き(配信のお誘い) 〜3,000円のために魂を売ります〜
ピンポーン。
俺が「SOS」のメッセージを送ってから、わずか三分後。
S区の要塞(我が家)のチャイムが鳴った。
「早っ!?」
俺、相葉湊は、スマホを持ったまま固まった。
隣町のマンションからここまで、車でも二十分はかかるはずだ。
まさか、空でも飛んできたのか?(※正解:ビル風に乗って飛んできました)
俺は慌てて玄関を開けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……! お呼びでしょうか、師匠!!」
そこには、息を切らしながらも、瞳をキラキラと輝かせた銀条レイナちゃんが立っていた。
今日は鎧ではなく、動きやすそうなパーカー姿だ。
手には、高級そうな和紙で包まれた「お供え物」を持っている。
「ごめんね、急に呼び出して。どうぞ上がって」
「し、失礼いたします……! 聖域への入室、身が引き締まる思いです!」
レイナちゃんは靴を揃え、廊下で一度正座して一礼してから、リビングへと入ってきた。
相変わらず礼儀正しい子だ。
◇ ◇ ◇
リビングにて。
フィギュアのアリスちゃんが淹れてくれたお茶(世界樹の新芽ティー)を前に、俺たちは向かい合って座っていた。
「……それで、師匠。折り入ってのご相談とは?」
レイナちゃんが、真剣な表情で切り出した。
ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえる。
彼女は緊張しているようだ。
「世界の危機」か、それとも「新たな魔王の討伐」か、そんな壮大な相談を予想しているに違いない。
俺は言いにくそうに視線を逸らし、ボソリと言った。
「……その、お金の話なんだけど」
「お金、ですか?」
レイナちゃんがキョトンとする。
無理もない。
彼女の視線の先——部屋の隅には、先日コンビニで使いそびれた『災厄級魔石(50億円相当)』が、ドアストッパーとして転がっているのだから。
「うん。実は今、どうしても欲しいものがあってね」
「欲しいもの……? (あの方が欲するほどの秘宝!?)」
「……3,000円なんだ」
「はい?」
「3,000円。それが、どうしても手に入らないんだ」
俺は切実に訴えた。
現金がない。
電子マネーがない。
このデジタル社会において、それは「無力」と同義だ。
レイナちゃんは数秒間、ポカンとしていたが、やがてハッとした顔になり、深く頷いた。
「……なるほど。理解いたしました」
(えっ、理解してくれた? さすが現代っ子!)
「師匠は今、『初心』に帰ろうとされているのですね?」
「……ん?」
レイナちゃんの目が、感動で潤んでいる。
「有り余る富(魔石や素材)に頼るのではなく、自らの力で、額に汗して『価値(3,000円)』を生み出す尊さ。それを再確認するための修行……!」
「あ、うん。まあ、そんな感じ(働かざる者食うべからず的な?)」
よく分からないが、好意的に解釈してくれたようだ。
俺はそれに乗っかることにした。
「そうなんだ。だから、家から一歩も出ずに、すぐに現金を稼ぐ方法がないかと思って」
俺は身を乗り出した。
ネットビジネス? アフィリエイト?
なんでもいい。今すぐ3,000円になるなら。
レイナちゃんは少し考え込み、そしてパチンと指を鳴らした。
「それでしたら……一つだけ、最適な方法がございます」
「本当!?」
「はい。私の本業でもあります」
レイナちゃんは、悪戯っぽく微笑んだ。
その笑顔は、まさに悪魔の囁きだった。
「私の配信チャンネル——『ダンジョン配信(D-Live)』に、ゲスト出演しませんか?」
「……配信?」
俺は眉をひそめた。
ダンジョン配信。
探索者たちがダンジョンに潜り、モンスターと戦う様子を生中継する、今もっとも流行っているエンタメだ。
レイナちゃんが人気配信者だというのは知っているが……。
「俺みたいな素人が出て、金になるの?」
「なります! というより、師匠が出ればサーバーが落ちるほど稼げます!」
レイナちゃんは熱弁を振るった。
「『スパチャ(スーパーチャット)』という投げ銭システムをご存知ですか? 視聴者が配信者を応援するために送るお金です」
「ああ、知ってる。投げ銭ね」
「師匠の実力なら、ただ雑談するだけでも数百万……いえ、数千万のスパチャが飛び交うはずです!」
「す、数千万!?」
俺はのけぞった。
インフレの影響もあるだろうけど、そんなに稼げるのか。
3,000円なんて、鼻くそみたいな金額じゃないか。
「でもなぁ……」
俺は難色を示した。
金は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。
だが、俺には譲れない一線がある。
「顔出しは、絶対NGだ」
俺はコミュ障の引きこもりだ。
ネットに顔を晒すなんて、パンツを脱いで外を歩くより恥ずかしい。
デジタルタトゥーは死ぬまで消えないんだぞ。
「それに、部屋が映るのも嫌だ。特定されたくないし」
「……むぅ」
レイナちゃんは腕を組んで考え込んだ。
顔出しなし。自宅バレなし。
配信者としては致命的な縛りプレイだ。
だが、彼女はすぐに顔を上げた。
「では、こうしましょう」
彼女は提案した。
「撮影場所は、この家の『庭』……の少し奥、森(ダンジョン浅層)で行います。そこなら背景で特定はされにくいですし、師匠にとっては庭先のようなものでしょう」
「うん、まあ庭ならいいけど」
「そして顔出しですが……何か『仮面』のようなものを被れば解決です!」
「仮面?」
「はい! あえて正体を隠すことで、ミステリアスな『謎の師匠キャラ』として売り出せば、むしろ人気が出ます!」
なるほど。
Vtuberみたいなものか。
それなら、俺の対人恐怖症も発動しにくいかもしれない。
「報酬は、頂いたスパチャの半分……いえ、全額を師匠に献上します。私はコラボさせていただくだけで光栄ですので」
「いやいや、場所を借りるんだから、折半でいいよ」
3,000円さえ手に入れば、あとはどうでもいい。
俺は決断した。
DLCのためだ。背に腹は変えられない。
「分かった。やろう」
俺はレイナちゃんの手を握った。
「乗ったよ、その話」
「ありがとうございます!! 全霊でサポートさせていただきます!!」
レイナちゃんは感涙しながら、俺の手をブンブンと振った。
「では、早速準備に入ります! 告知をして、機材を揃えて……配信は明日の夜20時でいかがでしょうか?」
「オッケー。……あ、仮面どうしよう。ドンキに買いに行くのも面倒だし」
「何か、顔を隠せるものがあれば何でも……」
俺は部屋を見渡した。
仮面、仮面……。
フルフェイスのヘルメット? 暑いな。
タオルを巻く? 泥棒みたいだ。
その時、俺の目に留まったものがあった。
先日、ヤマゾンで買い物をした時に梱包材として入っていた、茶色い紙袋(クラフト紙)。
「……これだ」
俺は紙袋を手に取った。
これに目の穴を開けて被れば、立派なマスクになる。
通気性もいいし、使い捨てできる。
「えっ……そ、それでいくのですか?」
さすがのレイナちゃんも、紙袋を見て絶句している。
「ダメかな? 一番手っ取り早いんだけど」
「い、いえ! 素晴らしいです!」
レイナちゃんはハッとして、すぐに肯定モードに入った。
「あえてチープな紙袋を選ぶことで、『私は飾らない』『中身(実力)を見てくれ』というメッセージを発信するのですね……! 深いです師匠!」
「いや、ただの紙袋だけど……」
まあ、いいか。
こうして、俺の配信デビューが決まった。
——この時の俺は、軽く考えていた。
顔も隠すし、声も変える。
知り合い(そもそもいないけど)にバレることもないだろう。
お小遣いを稼いで、サクッと引退すればいい。
だが、俺は甘かった。
世界中が注目するSランク配信者のチャンネルに、伝説の「S区の魔王」が降臨することの意味を。
そして、その紙袋姿が、後に世界中の探索者たちを恐怖と笑いの渦に巻き込み、グッズ化されるほどの社会現象になるとは——まだ、誰も知らない。




