第48話:お小遣いが足りない 〜S級魔石は電子マネーに変換できません〜
S区が政府による「特級聖域」に指定され、我が家の周囲に立派な黒いフェンスが建設されてから数日。
「……あー、平和だ」
俺、相葉湊は、ゲーミングチェアの上で深く深く息を吐き出した。
本当に、嘘のように静かになった。
変な酔っ払いも来ないし、布教活動(?)のコスプレイヤーも来ない。
窓を開ければ、フェンスの向こう側に警備員さん(※自衛隊の精鋭)が立ってくれているのが見える。
親は、一体どこの警備会社と契約したんだろう。絶対高いぞこれ。
防犯面は完璧。ライフラインも異常なし。
まさに、引きこもりのための絶対城塞が完成したのだ。
「よし、環境は整った。いざ、新天地へ!」
俺は意気揚々と、PCの画面に向き直った。
今日こそ、愛してやまないFPSゲームの超大型DLC『地獄の戦場』の発売日。
これをダウンロードすれば、新しい武器、新しいマップ、新しいスキンが手に入る。
画面には、魅力的なトレイラー映像と共に、購入ボタンが光り輝いていた。
【『地獄の戦場』拡張パック:¥3,000(税込)】
「たった三千円で、このボリューム! 運営、神かよ!」
俺は迷わずマウスを操作し、[購入する] をクリックした。
クルクルと読み込みマークが回り……。
【エラー:ウォレットの残高が不足しています】
「……あ」
無慈悲なシステムメッセージが、画面の中央に表示された。
そうだった。
俺のゲームアカウントの残高は、先月のガチャ課金で使い果たして、現在『12円』しかなかったのだ。
「ま、まあ焦るな。クレジット決済にすればいいだけだ」
俺は支払い方法の変更画面を開いた。
カード番号を入力し、決済ボタンを押す。
【エラー:このクレジットカードは有効期限が切れています】
「うぐっ……!」
俺は胸を押さえた。
そういえば、半年くらい前に「更新カードを簡易書留で送りました」っていう不在票が入ってた気がする。
でも、郵便配達員の人と対面してハンコを押すのが嫌で(コミュ障)、居留守を使い続けていたら、カード会社に返送されてしまったのだ。
「だ、ダメだ。他に方法は……」
『YAMAZON』のポイント残高はどうだ?
この前、配達員(剛田さん)にフィギュアを届けてもらった時、お釣り代わりにとんでもない額のポイントが還元されていたはずだ。
俺は別タブでYAMAZONを開く。
【現在のYAMAZONポイント:5,199,970,200 pt】
……約五十二億ポイント。
バグを疑うレベルの数字だが、これで買えるんじゃないか?
俺は検索窓に『(ゲーム名) プリペイド番号』と打ち込んだ。
【検索結果:現在お取り扱いしておりません】
「な、なんでだよォォォォッ!!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
俺のやっているゲームは、海外の独自プラットフォーム。
YAMAZONでのコード販売は提携外らしく、直接クレジットカードで買うか、コンビニで専用のプリペイドカードを買うしか方法がないらしい。
「コンビニ……」
俺は窓の外を見た。
フェンスの向こう側。
S区の境界線を越えて、ヤンキーのたむろする関所を抜け、あのインフレの激しい隣町のコンビニまで行けと?
「無理だ……絶対に無理だ……」
俺はブルブルと首を振った。
せっかく絶対安全な要塞が完成したのに、わざわざ自分から危険地帯(外の世界)に飛び出すなんて、本末転倒も甚だしい。
それに、警備員さんの前を通る時の挨拶とか、どうすればいいか分からないし。
「……終わった。俺の『地獄の戦場』が……」
俺は机に突っ伏した。
フレンドたちは今頃、新マップでヒャッハーしているに違いない。
俺だけが、旧マップでポツンと取り残されるのだ。
コトン。
ふと、手元に硬いものが置かれた。
顔を上げると、フィギュアのアリスちゃんが、両手で「黄金のコイン」を掲げて立っていた。
「アリス……これ、どうしたの?」
アリスが押し入れの方を指差す。
どうやら、掃除の時に奥から見つけてきたらしい。
(※古代エルフ帝国の遺物『太陽の金貨』。一枚で城が建つ)
「ありがとう、アリス。でもね……」
俺は泣きそうな顔で、アリスの頭を撫でた。
「これ、USBポートに入らないんだ。ここはアーケード筐体じゃないんだよ……」
アリスは首を傾げ、「お役に立てず申し訳ありません」とでも言うようにペコリとお辞儀をした。
いい子だ。君は悪くない。悪いのは、現金しか信じないこのデジタル社会だ。
『ワフッ』
今度は、ポチが足元に何かを転がしてきた。
深紅に輝く、ソフトボール大の綺麗なガラス玉(※災厄級魔石。コンビニが買えるやつ)。
「ポチもありがとう。でもな、この前のコンビニで学んだんだ」
俺は魔石を拾い上げ、ため息をついた。
「これ、お釣りが出ないから、細かい買い物には向いてないんだよ……」
床には、国家予算を軽く超える物理資産がゴロゴロと転がっている。
だというのに、画面の中の『3,000円』を決済することができない。
なんという皮肉。なんという悲劇。
現代の錬金術師も、電子決済の壁の前には無力だった。
「……誰か、代わりにコンビニでプリペイドカード買ってきてくれないかな……」
俺が虚空に向かって呟いた、その時だった。
ピロン♪
デスクの上のスマホが、メッセージの受信を知らせた。
画面を見る。
送信元の名前は——『コスプレの人(要注意)』。
「おっ?」
銀条レイナちゃんからだ。
俺は慌ててメッセージを開いた。
『Grand Master(神)へ。
先日来の喧騒、誠に申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに、御身の平穏を乱す輩を招き入れてしまいました。
つきましては、お詫びと、今後の警護方針についてのご相談のため、お伺いしてもよろしいでしょうか?
(土下座のスタンプ)』
「…………」
相変わらず、文章が武士みたいだな。
喧騒って、あの全裸のおっさんたちのことか? レイナちゃんが気にする必要はないのに。律儀な子だ。
——だが。
俺の脳裏に、悪魔的な閃きが走った。
(……レイナちゃんが家に来るってことは)
(俺が家から一歩も出ずに、この金欠問題を解決するチャンスじゃないか?)
もちろん、「3,000円貸して」とか「コンビニでお使いしてきて」なんて図々しいことは言えない。
そんなパシリみたいなことを頼んだら、嫌われてしまう。
ならば。
『在宅で、すぐにお小遣いを稼ぐ方法』を、現代っ子である彼女に相談してみればいいのだ。
「これだ……! これしかない!」
俺は藁にもすがる思いで、返信を打ち込んだ。
『こちらこそ、いつもありがとう。
いつでも来ていいよ。
実は俺も、レイナちゃんに「折り入って相談したいこと」があるんだ。(切実な顔のスタンプ)』
送信ボタンを押す。
既読。
(やっぱり一秒で既読がついた。ずっと画面見てるのかな?)
数秒後、返信が来た。
『ッッッ!!!! も、勿体なきお言葉!! 神の御心、しかと承りました! 直ちに馳せ参じます!!(ロケットのスタンプ)』
よし、交渉成立だ。
「アリス、ポチ! お客さんが来るぞ! お茶(※世界樹の煮出し汁)の準備だ!」
俺は嬉々として立ち上がった。
この何気ないSOSが、レイナの「深読み」によって、全世界を巻き込む『配信デビュー(大事故)』へと繋がっていくことになるとは、今の俺には知る由もなかった。




