第47話:政府の決定 〜S区は今日から聖域です〜
永田町、内閣府・対ダンジョン危機管理室。
地下深くに設けられた作戦司令室は、重苦しい沈黙に包まれていた。
巨大なモニターに映し出されているのは、S区の航空写真。
その中心には、赤いターゲットマークが点滅している。
相葉湊の住む「離れ」だ。
「……結論は出たか」
室長が、苦虫を噛み潰したような顔で尋ねた。
集められたのは、政府高官、自衛隊幕僚、そしてギルドの上層部。
日本の中枢を担う面々が、たった一人の「一般人」への対応に頭を抱えていた。
「はい。分析官の総意です」
部下が震える声で報告書を読み上げる。
「対象、相葉湊(20)。彼に対する武力介入、および法的拘束は……『不可能』と判断します」
どよめきが起きる。
だが、反対する者はいない。
昨夜の「全裸集団浄化事件」の映像を見せられれば、誰だってそう思う。
「Sランク魔剣を素手で粉砕し、呪いの装備を塩で浄化し、凶悪犯を瞬時に更生させる……。これはもはや、個人の武力ではありません」
「下手に刺激すれば、東京そのものが『更地』にされかねません」
室長は深く頷いた。
触らぬ神に祟りなし。
ことわざ通りだ。
「よって、我々が取るべき方針は一つ」
室長は、地図上のS区を指差した。
「『不可侵条約』の締結——いや、一方的な認定だ」
「S区の相葉邸周辺を、日本法の適用外となる『特級聖域』に指定する。誰も近づけるな。干渉するな。彼が望むまま、静かに暮らせる環境を国が提供するんだ」
それは実質的な「敗北宣言」であり、同時に「最高レベルの忖度」だった。
「直ちに工事を始めろ! 物理的な壁を作れ! 愚かな人間が、誤って神の庭に迷い込まないようにな!」
号令一下。
国家予算を湯水のように使った、極秘プロジェクトが動き出した。
◇ ◇ ◇
翌日。
S区・相葉邸。
ガガガガガガガッ!!
ウィィィィン!!
「ん……? うるさいなぁ」
俺、相葉湊は、工事の騒音で目を覚ました。
時計を見ると、午前十時。
引きこもりにしては早起きだ。
「なんだ? 道路工事か?」
俺はあくびをしながら、二階の窓を開けた。
眼下の光景に、俺は目を丸くした。
「うおっ、すげぇ」
家の周囲——正確には、半径500メートルほどの範囲を囲むように、巨大なフェンスが建設されていたのだ。
ただの金網ではない。
高さ五メートルはある、黒塗りの頑丈な鉄壁。
上部には有刺鉄線と、監視カメラらしきものがズラリと並んでいる。
作業しているのは、迷彩服を着た屈強な作業員たち(※自衛隊精鋭工兵部隊)。
重機が唸りを上げ、信じられないスピードで壁を作り上げている。
「……あ、そうか」
俺はポンと手を打った。
「大家さん(親父)、やっとリフォームしてくれたのか」
ここ数日、変なセールス(レイナちゃん)とか、酔っ払い集団(木戸たち)とか、不審者が入り浸っていたからな。
きっと両親も避難先で心配して、「息子のためにセキュリティを強化しよう」と思ってくれたに違いない。
「ありがたいなぁ。これで変な人も入ってこれないだろ」
俺は感心しながら工事を眺めた。
フェンスの所々には、真新しい看板が設置されている。
【DANGER】
【立ち入り禁止】
【国家指定・特級危険区域】
【命の保証はしません】
赤字で書かれた、おどろおどろしい警告文。
「うわ、表現が大げさだなぁ。『猛犬注意』みたいなもんか?」
まあ、うちはポチ(チワワ)がいるしな。
あいつも怒ると怖いし、これくらい脅しておけばセールスマンもビビって帰るだろう。
完璧な防犯対策だ。
「おーい! ご苦労さまでーす!」
俺は窓から身を乗り出し、作業員たちに手を振った。
冷たいお茶でも差し入れしようかと思ったが、外に出るのは面倒なのでエールだけ送ることにした。
——その瞬間。
ビクッ!!
作業員たち全員の手が止まった。
数十人の男たちが、一斉にこちらを見上げ、顔面蒼白で直立不動の姿勢をとる。
「ッ!! (魔王様がこちらを見ている……!)」
「(手を振った……? 『精励せよ』との仰せか!?)」
「(作業を急げ! 一秒でも遅れたら消されるぞ!)」
現場監督らしき男が、震える手で敬礼を返してきた。
ビシッ!
「……礼儀正しい業者さんだなぁ」
俺は満足して頷き、窓を閉めた。
日本の職人は素晴らしい。
◇ ◇ ◇
数時間後。
工事は驚異的なスピードで完了した。
S区の中心部は、まるで要塞のように強固な壁で隔離された。
ゲートの前には、警備員(という名の特殊部隊員)が二十四時間体制で常駐することになった。
リビングにて。
俺は、さらに快適になった我が家で、フィギュアのアリスちゃんに話しかけた。
「見たかアリス。家が要塞になったぞ」
アリスはコクコクと頷き、窓の外のフェンスに向かって「あっち行け」のポーズをした。
彼女も、昨日の変質者騒ぎで警戒していたのだろう。
「これで安心だ。もう誰も、俺たちの平穏を邪魔できない」
俺はソファに深く沈み込んだ。
外界との物理的な遮断。
これこそ、引きこもりが求める究極の理想郷だ。
「電気も来てる、水道も出る。ネットも爆速」
「壁のおかげで騒音も減ったし、最高じゃないか」
俺は勝利を確信した。
これからは、誰に気兼ねすることなくゲームに没頭できる。
……はずだった。




