第25話:【掲示板回】伝説の始まり 〜神具(サンダル)は語る〜
深夜のS区、相葉邸。
世界を揺るがす一撃が放たれた直後の部屋で、俺、相葉湊は雑巾を片手に床に這いつくばっていた。
「はぁ……。勿体ないことしたなぁ」
カーペットに染み込んだ黄色いシミ。
かつて『なめらか極上プリン(3,000円)』だった残骸を、俺は悲しい気持ちで拭き取っていた。
窓の外は静かになった。
どうやら、俺がサンダルを投げた音に驚いて、あの野良犬も逃げ出したらしい。
コスプレの人も、もういないだろう。
「……あーあ。サンダル、片方なくなっちゃった」
俺は右足を見た。裸足だ。
庭に探しに行くのも面倒くさい。
外は真っ暗だし、なんか庭がボコボコになってて歩きにくそうだし。
「ま、いっか。百均のやつだし」
俺は濡れた雑巾をバケツに放り込むと、大きく伸びをした。
プリンは残念だったけど、静けさは戻った。
これならゆっくり眠れそうだ。
「よし、寝る前に通販でポチっとくか」
俺はPCをスリープから復帰させ、いつもの通販サイトを開いた。
◇ ◇ ◇
一方、庭のクレーターの中心。
銀条レイナは、まだ震えが止まらなかった。
目の前にあるのは、黒く焼け焦げ、原形を留めないほど変形したゴムの塊。
だが、彼女にはそれが、どんな宝石よりも尊い『聖遺物』に見えていた。
「……温かい」
レイナは、まだ高熱を帯びているサンダルの残骸を、最高級シルクのハンカチで包み込んだ。
熱い。火傷しそうだ。
だが、この熱こそが、あの方(師匠)の怒りと、そして私を守ってくれた慈悲の温度。
「ありがとうございます……師匠……」
彼女はゴム草履の残骸を胸に抱き、涙を流した。
Sランクの怪物を一撃で消滅させ、山をも穿つ最強の投擲兵器。
これをギルドに提出すれば、間違いなく世界最高峰の『神話級武具』として認定されるだろう。
名称は……そう、『神の鉄槌』だろうか。
「いいえ。これは私だけの宝物」
レイナは首を振った。
誰にも渡さない。
これは、あの方が私を救ってくれた証なのだから。
「必ず、家宝にします。毎日磨きます」
深夜の廃墟で、焦げたサンダルに頬ずりする美少女。
端から見れば狂気の沙汰だが、彼女の瞳は信仰心で輝いていた。
◇ ◇ ◇
その頃、インターネット上では、S区で発生した「謎の爆発」を巡って大騒ぎになっていた。
【緊急】S区で核爆発? 謎のキノコ雲を観測した件について Part5
1:名無しの探索者
おい、今の揺れなんだよ!?
東京全域で震度3とか出てるぞ。
2:名無しの探索者
S区の方角で空が白く光ったの見た。
あれ雷じゃないぞ。爆発だ。
3:名無しの探索者
[画像.jpg]
これ見てくれ。
S区の裏山、形変わってね?
真ん中にデカい風穴空いてるんだけど。
4:名無しの探索者
>>3
コラ乙……と言いたいところだが、俺も見た。
山が蒸発した。
5:名無しの探索者
マジかよ……。
S区には魔王が住んでるって噂、ガチだったのか?
6:名無しの探索者
例の「ジャージの悪魔」がやったんじゃね?
昼間はデコピンで、夜は山崩しかよ。
元気すぎだろあいつ。
7:名無しの探索者
いやいや、人間技じゃないって。
戦略級魔法か、あるいは隕石落とし(メテオ)か。
8:名無しの探索者
現地民(周辺住民)だけど、爆発音の前に何か叫び声聞こえたぞ。
「うるせぇ」とか「近所迷惑だ」とか。
9:名無しの探索者
>>8
は?
近所迷惑だから山を消し飛ばしたってか?
スケールが違いすぎて草。
10:名無しの探索者
結論。
S区には『寝起きが悪い破壊神』が住んでいる。
絶対に起こしてはいけない。
11:名無しの探索者
ギルドは何してんだよ。
早く調査しろよ、東京が消滅するぞ。
……ネット民の予想は、ある意味で的確だった。
「寝起きの悪い破壊神」。
あながち間違ってはいない。
そして、事態を重く見たのはネット民だけではなかった。
◇ ◇ ◇
内閣府・対ダンジョン危機管理室。
巨大なモニターが並ぶ薄暗い部屋で、黒いスーツを着た男たちが慌ただしく動き回っていた。
「S区におけるエネルギー反応、測定不能!」
「衛星写真の解析出ました! 裏山が円形に消失しています!」
「推定威力、戦術核レベル! 残留放射能なし、純粋な物理エネルギーによる破壊です!」
報告を聞く室長の男は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
日本国内で、核兵器級の攻撃が行われたのだ。
放置できるはずがない。
「……発生源は?」
「S区中央部、旧・相葉邸です。先日より『特異点』として監視していた場所です」
室長は溜息をついた。
やはり、あそこか。
3年間、誰も立ち入れなかった空白地帯。
そこに住む「何か」が、ついに動き出したのだ。
「ギルドと連携しろ。S級探索者を含む『特別調査班』を編成する」
室長は重々しく告げた。
「接触を図るんだ。敵か味方か……あるいは、人類の手に負える存在なのか」
政府が動く。
それは、湊の「引きこもりライフ」を脅かす、最大級の厄介事の始まりだった。
◇ ◇ ◇
——当の本人、相葉湊。
「お、あったあった」
PCモニターの前で、俺はマウスをクリックした。
YAmazonの商品ページ。
【紳士用 抗菌トイレサンダル(ブラウン)】
価格:580円
「よし、ポチっとな」
『ご注文ありがとうございました』
「ふぅ。これで一安心だ」
俺は満足げに伸びをした。
明日には届くだろう。日本の物流は優秀だ。
(※実際には、S区への配送は剛田さん(Sランク配送員)が命懸けで行うことになるのだが、湊は知る由もない)。
「あー、今日は疲れた。色々あったけど、終わりよければすべてよし」
俺はベッドに倒れ込んだ。
フカフカの布団が俺を包み込む。
外の世界で、政府のエージェントや悪徳ギルドが、俺の存在を巡って暗躍し始めていることなんて、夢にも思わず。
「……ムニャ。明日は……プリン買い直そう……」
最強の引きこもりは、平和な寝息を立てて眠りについた。
その枕元には、脱ぎ捨てられた片方だけのゴムサンダルが、主の眠りを守るように静かに転がっていた。




