第2話:愛犬ポチの散歩事情と、世界(ネット)の崩壊
毎日 07:10、12:10、17:10、19:10 、21:10 に1話ずつ
5話投稿目指して頑張っていこうと思っているので
よろしくお願いします
「ふぅ……。今日も平和だな」
トカゲ(だと思っているドラゴン)を駆除し、美味しいジャーキーを食べた俺は、満足げに伸びをした。
足元で、何かがズボンの裾を引っ張る感触がある。
視線を下ろすと、そこにはクリクリとした瞳で見上げてくる、愛らしい毛玉がいた。
「ん? どうしたポチ。お腹減ったのか?」
「くぅ〜ん」
こいつはポチ。
いつだったか、部屋の押し入れを開けたらそこに座っていた野良犬だ。
犬種はチワワ……だと思う。
黒い毛並みがフサフサしていて、手のひらサイズで可愛らしい。
ただ、たまに影が三つくらいに分かれて見えることがあるけど、たぶん俺の乱視のせいだろう。
「ほら、さっきのトカゲの食べ残しだ。食うか?」
俺は床に落ちていたトカゲの骨(※アダマンタイト級の強度を持つ龍骨)を放ってやった。
ガリッ、バキボキッ!!
ポチは嬉しそうに尻尾を振ると、その骨を一瞬で粉砕し、バリバリと咀嚼して飲み込んだ。
うん、いい食いっぷりだ。カルシウム不足もこれで解消だな。
「……さて、散歩の時間か」
食べてすぐ寝ると牛になるからな。
俺は部屋の掃き出し窓の鍵を開けた。
ガラララ……。
窓を開けると、そこには鬱蒼としたジャングル……もとい、荒れ果てた我が家の庭が広がっていた。
引きこもって三年。手入れをしていない庭は、雑草が俺の背丈ほどまで伸び放題だ。
たまに変な色の花(※即死毒のマンドラゴラ)とか、噛みついてきそうなツタ(※吸血植物)も生えている気がするが、まあ田舎だしこんなもんだろう。
「行ってこいポチ。遠くに行くなよー」
「ワフッ!」
ポチは元気よく庭へ飛び出していった。
茂みにガサゴソと潜り込む。
数秒後。
『GYAAAAAAAAAAッ!!』
『■■■■■■■■■■ッ!?(断末魔)』
ズゥゥゥゥン……!
庭の奥から、何やら怪獣映画みたいな悲鳴と、地響きが聞こえてきた。
鳥たちが一斉に飛び立ち、空気がビリビリと震える。
「……んー?」
俺はコーラを飲みながら首を傾げる。
今の音、なんだ?
近所の子供が爆竹でも鳴らしてるのかな。元気でよろしい。
すぐにポチが「ハッ、ハッ、ハッ」と舌を出して戻ってきた。
口の周りが少し赤いが、たぶん木の実でも食べたんだろう。
満足そうな顔をしている。
「よしよし、いい子だ。トイレも済ませたか?」
俺はポチを撫でてやり、再び窓を閉めて鍵をかけた。
これで午前のルーティンは終了だ。
さあ、ここからはランクマッチの時間だぞ。
俺はゲーミングチェアに深々と座り直し、キーボードに指を添えた。
画面の中では、俺のアバターが戦場を駆け巡っている。
敵は残り一人。こちらの体力は満タン。
必殺スキルのクールタイムも明けた。
「もらったァ!! これで昇格だああああ!!」
マウスをクリックした、その瞬間だった。
——ピタッ。
画面が止まった。
敵キャラが空中で静止し、俺のキャラも動かない。
そして、画面の中央で無慈悲に回転し始める、読み込み中のサークル。
「は?」
俺の背筋に、さっきのトカゲが出た時とは比べ物にならない冷や汗が流れた。
嘘だろ? いいところだぞ?
頼む、動け。動いてくれ!
だが、俺の祈りは届かなかった。
数秒の沈黙の後、画面に表示されたのは、死の宣告。
『Connection Error(接続が切れました)』
「ふ、ふざけるなああああああああああッ!!」
俺は絶叫し、デスクをバンッと叩いた。
部屋が微かに発光し、S区の上空に暗雲が立ち込めた気がしたが、そんなことより今はWi-Fiだ。
「な、なんで!? ルーターか!? ルーターが死んだのか!?」
俺は慌てて部屋の隅にある中継機を確認する。
ランプは赤く点滅している。
つまり、部屋までは電波が来ていない。
「スマホ……スマホは!?」
震える手でスマホを見る。
アンテナは『圏外』。
おかしい。俺の部屋はなぜか電波が入りにくい結界(?)みたいなのがあるらしく、4G回線は元々死んでいる。頼みの綱は光回線のWi-Fiだけなのだ。
「……まさか、親機か」
俺の顔色から血の気が引いていくのがわかった。
この離れにネットを飛ばしている大元のルーターは、十メートル離れた『母屋』にある。
両親は避難して空き家になっているが、電気と回線契約だけは残してくれているはずだ。
それが切れたということは。
修理するには、母屋に行かなければならない。
つまり——『外』に出なければならない。
「う、嘘だろ……」
俺はガタガタと震え出した。
引きこもって三年。
俺にとってドアの外は、深海よりも暗く、宇宙よりも過酷な未知の世界だ。
太陽の光。花粉。そして何より、近所の人に会うリスク。
無理だ。絶対に無理だ。
明日になれば直ってるかもしれない。今日はもう寝ようか?
——いや、待て。
もしルーターのコンセントが抜けただけだったら?
もし断線していたら?
放置していて直る保証はない。
ネットのない生活。動画も見れない、ゲームもできない、通販も届かない。
それは、俺にとって『死』と同義だ。
「……行くしか、ないのか」
俺は覚悟を決めた。
ネット回線という生命維持装置を守るためなら、地獄(庭)へ行くのも辞さない。
俺は装備を整えることにした。
パジャマを脱ぎ捨て、勝負服に着替える。
三年間着古した、灰色のジャージ上下。
素材には部屋の空気(超高濃度魔素)が染み込み、今や伝説級の防具よりも硬くなっているが、俺にとってはただの着慣れた部屋着だ。
足元には、玄関にあったゴム製の便所サンダル。通気性は抜群だ。
そして右手に、相棒の武器——百円のハエ叩きを握りしめる。
「よし……完璧だ」
鏡に映る自分を見る。
どこからどう見ても、ただの不審者だ。
だが、今の俺は戦士だ。Wi-Fiを取り戻すための聖戦士だ。
「行くぞ、ポチ。護衛を頼む」
「ワフッ!」
気楽に尻尾を振るポチに見送られ、俺は震える手で、三年ぶりに玄関のドアノブを回した。
ガチャリ。
重い鉄の扉が開く。
カッ!!
「うぐっ、眩しい……!」
強烈な日差しが俺の網膜を焼く。
三年ぶりの直射日光。吸血鬼なら灰になっているところだ。
俺は目を細めながら、一歩を踏み出した。
そこは、荒れ果てた庭。
母屋までは、わずか十メートル。
コンビニに行くよりも近い距離だ。
だが、その時の俺は知らなかった。
この庭が、政府によって『S級危険指定区域』に認定されている魔境であることも。
そして、この草むらの向こうで、一人の美少女剣士が、命がけの戦いを繰り広げていることも。
「……ん? なんか騒がしいな」
庭の向こうから、何かが争うような音と、女性の悲鳴が聞こえた気がした。
俺はハエ叩きを構え直す。
まさか、近所の人が回覧板でも持ってきたのか?
それとも、宗教勧誘か?
俺は警戒度マックス(対人恐怖的な意味で)で、草むらをかき分けた。




