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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
6/41

黒と赤の眷属1

 うーん。

『何、皿を睨んでいる?』

 だって。

「すごく高そうだなーっ、て思って」

 神殿長が使うのよりも、偉いお客さんが来たときに出すお皿よりも。

 そういえば、神殿長様が大事にお部屋に飾ってたカップに似てるような。

 こんな、まぶしいくらい白くて、薄くて、しかも縁は金だし、細かく模様が書いてあるお皿なんて、使ったことない。

 神殿から出たことがないとは言っても、私が住んでいた神殿がある山のふもとの、下神殿や、その門前町までお使いには何回も行ってた。だから、それなりにお金の価値はわかってるつもり。

 このパン皿一枚で、普通の人なら一ヶ月くらい生活できちゃいそう。

 それが、ティーポットとカップと受け皿。それにスープ皿とその下にももう一枚。パン皿に、バターやジャムの小皿。更に果物が盛ってあるちょっと小さくて深さがあるお皿と、この下にももう一枚。全部、おそろいであるのよ!?

 しかも、スプーンもフォークも、バターナイフまで銀なんだから! ずっしりくる感じが全然違う。

『……やれやれ』

 竜皇はあきれたように呟くと、身を伏せて、顔もぺったりと床につけ、横顔を向けたまま、目を閉じた。

 顔もぺったり床にくっつけてるのは、私と視線を合わせるてくれてるため。

 でもって、横顔なのは、ここに来たばかりのとき、正面を向いてくれた竜皇に「……寄り目?」とつぶいてしまったのが気にさわったらしいのと、竜皇が溜息ついたときに、私が吹き飛ばされそうになったから。

 でも、その姿勢、苦しそうな気がするんだけどなぁ。


 今いる場所は、入り口から真っ直ぐ入った場所にある、すごく広い部屋。大広間って竜皇は呼んでるけど、なんていうか、大きすぎ。

 まぁ、竜皇に合わせてあるなんだから当然だけど。  

 このお城に来て、どこでも好きな部屋を使っていいっていわれたんだけど、大広間以外、人間に合わせた大きさのいわゆる『お城』部分は、あんまりにも広すぎて、歩くたびに迷子になる。

 なので、私の居場所は、大広間のすみに竜皇が用意してくれた天蓋つきのベッド。というよりも、ふかふかの敷物をしきつめた天幕って言った方が近いかもしれない。ひと家族くらい暮らせそう。

 竜皇のお城に来てもう半月くらい経ったけど、ここで寝起きして、広いお城の中を探検しに行っては迷子になったり、竜皇に読み書きを教わったりして過ごすのが大体の日課。

 今日も、朝起きて、ベッドのそばに用意されたテーブルでご飯。

 ふかふかであったかい焼きたての白いパンと、すごく香りのいいバターと甘いジャム。野菜とベーコンたっぷりのスープ。それに何種類かの果物。

 おいしくて幸せ。

 と、お腹も心も満ちて頭に栄養が回ったところで、お皿の値段が気になって、うなっていた。

 大体、毎回お皿が違う気がするんだよね。

 何組あるんだろう?

 私が食事を終えるのを見計らったように、ふわりとティーポットが浮いて、こぽこぽとカップにお茶を注いだ。

 ……慣れない。

 給仕をしてくれてるのは「精霊」という人、じゃないなぁ、存在、らしい。

 食事を用意してくれるときも、テーブルや椅子、料理がふわふわ浮いて動いてきて、なんていうか、不思議というより不気味。

 でも、カップから立ち上る香りは、これまで嗅いだことがないようなもので。

「うわぁ」

 真っ白なカップに、赤みの強い茶褐色だけど透明度の高い液体。

 紅茶なんて、今まで数えるほどしか飲んだことがなかった。

 それこそ、偉いお客さんが来たときに、いれて残った出がらしを、ちょっと飲ませてもらうくらい。

 だって、南の方でしか取れないお茶は、北の国ではすごく高級だから。

 でも、わかる。

 今まで飲んだどのお茶よりも、いい物だって。

 ちょっと緊張しながら、カップを手にとって、香りを吸い込む。

 ふんわりと広がる、さわやかで、でも落ち着いた香り。

「おいしい~」

 おいしいご飯とお茶。

 優しい竜皇と、静かな生活。

 こんな贅沢してていいのかなぁ。でも、しあわせ。

 なんて。

 のほほんとしていたら。

『行儀見習いに行ってきなさい』

 と、竜皇に言われた。




「ぎょーぎみならい?」

『そうだ。わかるか』

 ぎょーぎみならい。行儀見習い? えっと。

「うん。神殿とか偉い人のお家に、勉強に行くことでしょ?」

 そう言って、お茶を一口。

 ……ん?

 『神殿』とか?

「私、神殿に返されちゃうのぉっ!?」

 あわてて、たたきつけるように置いたカップが倒れて、テーブルクロスに赤茶色の液体が広がる。

「きゃぁぁぁっ!」

 神殿でも、偉いお客さんが来たときにしか出せないような、ものすごく取って置きかそれ以上のお茶なのにっ!

 じゃなくて、カップ!

 飾ってあるだけで、使ってるのなんて見たことないのより高そうなのに!

 ああっ、それよりこぼれてる!

 シミっ、シミになっちゃうぅっ!

 真っ白で織り模様が入ってて、すっごくキレイな布なのにっ!

『……落ち着け』

「だってだって神殿に紅茶がカップでテーブルクロスをっ!」

 うわぁん。もうわけわかんない!

『落ち着けというのに』

 ため息が聞こえてきそうな竜皇の声。

「だってぇ……」

 もう、神殿に戻るのいやだもん。

『誰も神殿に戻すとは言っていない』

 そう言って、私の前に寝そべった竜皇は、目元を和らげた。

 私の視線と高さを合わせるように、あごを床につけて、横顔を向けているから、見えるのは片目だけだけど。

 深呼吸して落ち着いてみると、精霊さんが片付けてくれたらしく、テーブルクロスはいつの間にか新しいものに代わって、お茶もいれなおされてた。

「神殿じゃないなら、どこ?」

 神殿に戻されなくてすむのはいいけど、でも、私、神殿以外は竜皇のお城しか知らない。

『巫女の眷属の話はしたと思うが』

「うん」

 『巫女の眷属』

 竜皇の巫女姫の、衣食のお世話をしてくれる人。

 竜皇は、ここでたった一人で暮らしてても、特に不自由はないらしいけど、巫女姫は人間だから、やっぱり、何かと人間の世界からモノを手に入れてくる必要がある。

 服なんかそうだし、食事も、野菜や果物はともかく、パンやバターは人の手がやっぱり必要みたい。簡単な料理なら、材料があれば自分でやってもいいんだけど、調理場がどこにあるのか、いまだによくわからない。

 でも、人間を一人養うって、結構大変なこと。

 それなのに、私の着替えや、食器、食材なんかも、とっても高そうな物を用意してくれている。

 こんな真っ白でふわふわのパンなんて、神殿じゃ食べられないし、門前町でも売ってないもん。

 きっとすごくお金持ちなんだろうなぁ。

『今いる巫女の眷属の名はソイエ。身分はフルヒリング王国プリマヴェーラ女公爵』

 あれ? なんか聞いたことがあるような。

「竜髄石を持ってる人?」

 竜皇は小さくうなずいた。

『竜髄石は、巫女の眷属の証として与えた物だ』

 公爵様、かぁ。どんな人なんだろう。

 とりあえず女の人、だよね?

『まず、監視役に会わせよう』

「監視役?」

 私、そんなことされなくても逃げないけど。

『巫女の眷属としてふさわしくあるかを、監視する者だ』

 疑問が顔に出てたのか、竜皇は付け足してくれた。

『その地位を私利私欲の為に使わないか、役目を果たせるだけの人格であるか、財力があるか、そう言ったものを見極めるために、置いている。竜髄石を守らせるためのものでもある』

 石を守るため?

 確かに、竜髄石を持つ人は、狙われるって、副神殿長も言ってたけど。

「人は? 守ってくれないの?」

『人間同士の諍いには、一切関知することは無い。それが、人と、神の眷属との間の掟だ』

 なんだか、ちょっと冷たいような気もするけど、そんなものなのかな?




 竜皇は、体を起こして、部屋の奥、一段高い場所に座る。

 イスがあるわけじゃないんだけど、玉座みたいなものなのかな。

 呼ばれて、私も竜皇の足元に行って、前足の爪の上にちょこんと腰かける。

 一応、ここが巫女姫の定位置らしい。  

『ウォレフ』

 少し顔を上げて、入り口に向って竜皇が呼びかけると、扉が開いて、一人の人物が入ってきた。

 部屋が広いので、目の前に来るまではちょっと時間がかかる。

 黒い髪に、黒い服。陽に焼けたのではないみたいだけど、ちょっと浅黒い肌。

 近くまで来ると、普通の人とは違う、貴族って言うのでもないし、騎士に近いような、そんな雰囲気を感じた。

「参上いたしました」

 膝を付いて、竜皇に礼をすると、私を見た。

 目も黒。背は高くて、声は、ちょっと低め。

「巫女姫様には、初めてお目にかかります。北東の守護、黒狼の一族、現在は巫女の眷属の監視役を務めております、ウォレフと申します。御見知り置きください」

 あ、えっと。

「はい」

 気の利いた言葉とかが出てこなくて、とりあえず、返事だけして考える。

 こくろう?

「こくろうって?」

 竜皇を見上げる。

『狼だ。漆黒の狼』

 オオカミ?

 ウォレフさんを見る。

 人間……だけど?

『眷属は、人に近い姿と、獣に近い姿を併せ持つ』

 ということは、今はの人間の姿をしてるだけなの?

 オオカミ……見てみたい。

 話では良く聞くけど、絵でしか見たことないんだもの。それに、怖いって聞くけど、この人なら怖くないと思うし。 

 期待の眼差しをしてしまったのか、竜皇と、ウォレフさんが、困惑したように顔を見合わせている。

『……狼が、好きか?』

「本物見たことないのっ」

『……だ、そうだが』

 ちょっと投げやりな感じで竜皇が言うと、少し困ったようにウォレフさんが答えた。

「巫女姫のお望みでしたら」

 わーい。

「では、御前ですが、失礼申し上げます」

 そう言うと、暗い青の光のようなものが、ウォレフさんを包み、それが一度広がって、小さくなると、そこには。

「うわぁっ」

 大きい黒い犬。じゃなくてオオカミ。

 さわりたいっ! 毛が長くてふわふわしてそうっ!

「竜皇、あのねっ」

『……好きにするといい』

 はーいっ。

 竜皇の足から降りて、犬じゃなくてオオカミに近づいて、頭から背中をなでる。

 あれ? 意外。ちょっとごわごわしてるかも。

 でも犬は好きー。


 と、犬――オオカミの姿のウォレフさんをなでてると、そのうちに、竜皇との話が終わったらしかった。

 なんにも聞こえなかったんだけど。

『シエル』

 竜皇に呼ばれて、その足元に戻る。

 頭を、床すれすれまで下げてくれる竜皇にすりよる。

「なに?」

『行ってくるがいい』

 って、え?

「いまから!?」

『そうだ』

 確かに、荷物とかはないけど、でも。

「巫女の眷属の方には、巫女姫をお迎えする準備はできております」

 いつの間にか、人間の姿に戻っていたウォレフさんが言った。

 でも。

「いつまで?」

 竜皇に聞いてみる。

『――ある程度の知識を身につけてくるまで、だな』

 一瞬の沈黙があったのは、気のせいかな?

「ある程度って?」

『少なくとも、貴族の子女程度の、教養と知識、所作を』

 そんなの、簡単に身に付くわけないじゃない。

「途中、帰ってきても、いいよね?」

 明らかに、間があった。

『――そう、したいのならば』

 声が、少し暗いような気がした。

「では、巫女姫、参りましょうか」

 気が付くと、ウォレフさんが、広間の隅、私のベッドの反対側にある、大きな鏡の前にいた。

「鏡?」

 いつもは布がかかってたから気が付かなかった。

 大人が両手を広げても全身が映るくらい、大きな鏡。

『空間をつなぎ、離れた場所へ移動できる魔法がかかっている』

 竜皇が説明してくれた。

『今は、フルヒリング王国の王都にあるプリマヴェーラの館につないでいる。あの鏡を通り抜ければ、よい』

 鏡を、通り抜ける?

『行くがいい』

 ちょっと、さみしそうに聞こえたのは、私がさみしいからかな?

「うん」

 竜皇の顔に、両手を広げて抱きつく。

「行ってきます」

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