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竜皇といっしょ。  作者: 凍雅
第一部
4/41

夏の日の決断4

「これは、竜髄石……!」


 いけない、見つかった!

 しかも、相手が悪い。

 鎖を引っ張られて、首が痛い。

 外しておけば良かった。

 今思ってもしかたないけど。

「痛っ!」

 鎖が、引きちぎられた。

「かっ、返してください! それは竜皇様からお預かりしたものです!」

「お黙りなさい!」

 石を取り返そうと、すがった手が振り払われて、バランスをくずして倒れた。

「……っ!」

「これは、神殿の財となるべきものです」

 なんか、ものすごくうそ臭いけど!?

「儀式まで間がありません。早く支度を整えなさい」

 神殿長はそう言うと、竜髄石を握りしめたまま、部屋を出て行ってしまった。


 どうしよう。誰にも渡しちゃいけないって言われてたのに。

「……うえっ」

 契約の証を失くした事を知ったら、竜皇様はお怒りになるだろう。連れて行ってもらえないかもしれない。

「うっ……うえっ……ひっく」

 涙があふれてくる。

 着替える時に首に掛けていたら見えてしまうことくらい、わかるはずなのに。

 何でもっと気をつけなかったんだろう。




 しばらくそのまま泣いていると、不意にドアが叩かれた。

「オニキス、支度は済みましたか?」

 副神殿長の声だ。

 それを聞いてはっとする。

 まだ巫女服着てないし、髪も結ってないし、鏡見たら眼が赤くてひどい顔っ。

「入りますよ?」

 副神殿長は、部屋と私の顔のひどい様子を見て、一瞬で何が起きたかをわかってくれたらしかった。

 少し眉を寄せながら、巫女服を手に取る。

「とにかく、早く着替えなさい」

 そして、服の着付けや髪結いを手伝ってくれて、冷たくぬらした布を目に当ててくれる。

「神殿長は、竜皇様が貴女を選んだ場にいらしたはずでしょうに……」

 ため息をつきながら、服をきちんと整えて、泣いてひどいことになってる私の顔をのぞきこむ。

「まだ少し赤いですが、大丈夫でしょう。行きますよ」

「でもっ、ペンダントがっ」

 契約の証なのに!

「今は、竜皇様をお出迎えする方が重要です。必要なら、事情をきちんとお話なさい」




 儀式の間の手前の広間では、巫女たちが好奇の視線で私を見てくる。

 私が竜皇の巫女に選ばれた事を信じていないから、嘘がばれるのが怖くて、恥ずかしくて泣いていると思われているらしい。

 くすくすと忍び笑いが聞こえてくる。

「遅いですよ」

 神殿長が冷たく言い放ち、儀式の間へと歩き出す。

「オニキス、元気で」

 副神殿長が、私の背を軽く押してくれる。

「はい。来年、来ますからっ」

 そう答えて、神殿長の後を追う。


 すそを持ち上げて小走りして、扉の前で追いついた。

「返してください」

「お前から取り上げるようなものなど、一体何があるというのです」

「あれは、ただお預かりしているだけで、私のものではありません」

「だから、何を言っているのです?」

 いらだったように返された。

 何をとぼけているの?

 にらみつけると、本当にけげんそうな顔をしている。

「竜髄石です」

 すると、見下したような目で私を見ると、扉を開けた。

「まだそんな世迷言を言っているのですか。嘘をつくにしても、もう少し考えなかったのですか? こんなに余計な手間を取らせて」

 ……どういうこと?

「さっき、支度の途中で、私のペンダントを引きちぎって持っていったじゃありませんか」

「さっき? 支度の途中? 支度は儀式ならば神殿長がするものですが、今日は違いますから副神殿長を行かせたでしょう。一体何を言っているのです? 頭までおかしくなりましたか?」

 覚えてない?

 でも、どうして?

 確かに、そういえば様子が変ではあったけど。

 ……それとも。

 私の夢なんだろうか。竜皇様に選ばれた事も。

 本当は気絶していて、都合のいい夢を見たんじゃないだろうか。

 どんどん不安になってくる。




「時間ですね」

 日時計が正午を指している。

「どのくらい待つつもり……」

 神殿長が言葉を失った。

 見ると、空の中、近づいてくるものがある。

 それはぐんぐんと近づいて、姿をあらわにする。

「ひぃっ」

 どさ。

 ……また、倒れたらしい。

 だけど私は、振り向くよりも走り出していた。


『また、転ぶぞ』

 う。

 テラスに降り立った巨体の第一声。

「だ、大丈夫ですっ」

 目が細まる。

 笑った、のかもしれない。

『其方にもう一度聞こう』

「はい」

 立ち止まり、見上げる。

『……巫女として我が元に来れば、肉親も知人とも縁が切れる。人の世と隔絶される。それでも良いか?』

「はい」

 はっきりと頷いて、それから思い出して、おずおずと切り出す。

「あのう、申し訳ありません……」

『何を謝る?』

「竜髄石……とられて……」

 また溢れてきた涙で声がつまる。

『そのようだな。構わぬ。気にするな』

「でもぉっ!」

『鎖が切れたようだが、付け替えればよかろう』

「……え?」


 目の前に浮かぶ、蒼い石。それは間違いなく、昨日渡された竜髄石。

「え? え?」

 さっき取られたのに、なんで?

 でも、これは確かに私が預かっていたもの。

『竜髄石の場所は、感知できる。それを持って神殿を出て行く者があったので、取り返した』

 取り返した、って……。

「神殿長に取られたのですけど、神殿長は何も覚えていないらしくて」

『神殿長は?』

「倒れてます」

『では、起こせ』

「はい」


 竜髄石を握り締めると、神殿長に近寄る。

「神殿長」

 肩を揺らす。

「うっ……」

「神殿長、しっかりしてください」

「オニキス? ……ひぃっ!」

 ばたり。

 竜皇様の姿を見ると、神殿長はまた倒れてしまった。

「……」

 困って竜皇様を振り返る。

『仕方がない』

 竜皇様は呟くと、何か術を使ったらしい。

 神殿長が焦点の定まらない目を開き、ふらりと起き上がる。

『巫女から竜髄石を奪ったのはお前か?』

「はい」

 神殿長は感情のない声で、無表情のまま答えた。

『誰に命じられた?』

「ノールド王国の宰相閣下に……」

『巫女から奪えと?』

「ただ、神殿で竜髄石を見つけたら、閣下の元に送るようにと。その間のことは覚えていないように、暗示を……」

『偉くなったものだな、人間ごときが』

 竜皇様の声の冷たさに驚く。

 さっきまでの声とは全然違う。

 ……怖い。

 空気が、夏なのに凍り付くように冷たい。

『巫女は竜皇の代理人。巫女への危害は、竜皇に仇なすも同じ事。その罪、万死に値する』

 ばんし? ……万死!?

「あのっ」

 たまらず、竜皇様に向かって叫ぶ。

『何だ?』

「あのぅ、万死に値するって……」

 竜皇様からお預かりしたものを奪うなんて、悪いことだと思う。

 でも。

 だからって、殺したりするのはいくらなんでも。

『……』

 竜皇様は沈黙した。

 あ、生意気言ったから怒らせた!?

『この者の処分はお前に預けよう』

 意外な言葉に顔を上げる。

「処分、って?」

『裁く権利をお前に預ける』

 は?

『其方はどうしたい?』

「どうって……」

 急に言われても、困る。

「竜髄石は返してもらったし、別にケガもないし。それに何か様子変だし。自分の意思じゃないみたいだし。特にどうこうする必要はないと思います」

『赦す、と?』

「だって、神殿長が悪いわけじゃなさそうだし」

『……寛大だな』

 そうなのかな。

『巫女が赦すというのなら、この場は見逃そう。だが、ノールド王国には相応の対処をすると伝えよ』

「……はい……」

 そして、神殿長は力なくぱたりと倒れた。

 一応、頭を打たないように支えて横にして、竜皇様に聞いてみる。

「竜髄石って、そんなに欲しいものなんですか?」

 みんな、竜髄石っていうと、目の色が変わる。

『竜髄石を前に、平然としている人間も珍しい』

「確かにキレイな宝石ですけど、別に?」

『竜皇の力が込めてある。心弱い者ならば、その力に魅入られる。其方は、魔力の耐性が強いようだな』

 魔力の、耐性? なにそれ。


『まぁよい、行こうか』

 そう言って、竜皇様はどこからか、大きな鳥カゴのようなものをとりだして、床に置いた。

『高い所は平気か?』

「はいっ」

 高い所は好き。神殿の屋根によく登って怒られたけど。

『神殿の屋根よりも遥かに高いぞ?』

 う。ばれてる!?

「大丈夫です!」

『用意が済んでいるなら、乗るといい』

 ……どう見ても鳥カゴだけど、まぁいいか。

「あの、ちょっとだけ、あいさつしてきていいですか?」

『構わない』

 神殿長がこれじゃ、結局誤解されたままになりそうだし。

 巫女服のすそをたくし上げて走り、広間に通じる扉を開く。

「オニキス!?」

 扉のそばに、副神殿長が立っていた。

 驚いた顔で私を見て、そして、神殿長と巫女しか立ち入れない儀式の間をのぞきこんで、息を飲む。

「行って来ます! 来年、来ますから!」

 副神殿長に抱きついてそういうと、優しく抱きしめてくれた。

「いってらっしゃい。また会えるのを楽しみにしていますよ」 


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