72.遺体
引き続き、遅々として終わらぬ過去編(三人称視点)です。
前回までの簡単なあらすじ
飲み水も食料も、暖を取る為の燃料も使い果たしてしまった兄妹。
追い詰められた兄は物資を手に入れる為、探索時に入らなかった扉を開けた。
そこには兄弟の母親の亡骸が・・・。
注意:グロテスクな表現が含まれます。苦手な方はブラウザバックを推奨します。
扉を開ける前に彼は覚悟をしていた。
覚悟をしていたつもりだった。
扉の先に在った母親の・・・死と云う現実に対する覚悟を。
しかし現実は彼の覚悟など易々と踏み越えて、彼の未熟な精神に強くそして深く傷を刻み付けていた。
尤も彼の精神を傷付けたのは母親の死と云う事実そのものでは無かった。
何故なら、彼が考えていた母親の死に姿はもっと・・・綺麗な状態だった。
彼が此処までの道程で見た事のある人の死に姿は、父親の様に瓦礫の隙間から四肢等の人体の一部が飛び出した状態であったり、身体全体が完全に瓦礫の中に埋まっている状態等が多く、損傷した人体そのものを直視する機会が無かった。
だから彼は、死んでしまった彼等の様な状態を想定した上で扉を開けてしまったのであった。
そして、彼の眼前に顕わになった母親の姿は彼が想定していたそれらを上回る程の凄惨な状態であった。
母親の身体は上半身と下半身で腹部からその殆どを断絶された状態であり、下半身は瓦礫の下敷きになり上半身は下半身と辛うじて皮膚で繋ぎとめられた状態のまま水中を漂い、上半身の断絶部分からは彼女の内容物がこぼれて解け、破裂してズタズタになっている物もあれば、無傷でそのままの形を維持している物もあった。
そして、彼女の皮膚は水を吸った為なのか歪に膨張し一部は裂傷して、本来は黄色人種特有の黄色み掛かった肌色は汚染されて淀んだ水の影響か全体的に変色していた。
彼女の顔の皮膚も粟立つ様に歪に変形し、見開かれた目からは眼球が今にもこぼれ落ちそうな程飛び出し眼球全体がくすんでいる。
経過した時間や環境による所為か、辛うじてその死体が母親であると認識出来た・・・否、認識出来てしまったのだ。
そうして彼は・・・その場で嘔吐した。
彼の口から出た吐瀉物は少量の胃液のみであった。
食事はおろか給水もまともに摂れていない為だ。
そして、十分な栄養が摂取出来ていない状態である今の彼にとっては、嘔吐という行為そのものが体力と生理機能に深刻なダメージを負わせていた。
彼が想定していた以上の惨状により、心身には尋常ならざる負荷を受けて、その場で膝をついて俯いてしまった。
逃げたい。
この場所から、こんな現実から、今すぐにでも逃げ出したい。
残酷な現実に彼は容赦無く打ちのめされ、心の底からそんな思いが溢れ出てくる。
・・・だが、どの様な状況が彼を苦しめようとも彼には立ち上がらなければならない理由がある。
狼狽えている時間は無い。
こんな所で打ち拉がれているこの瞬間にも妹は徐々に衰弱していっているのだから。
例え彼がここで物資を手に入れて、彼女の元に戻ろうともそれは僅かな延命にしか成らないと理解していても・・・彼は立ち上がらなければならない。
自身の心と身体に喝を入れ、彼は開いていた口をぎゅっと閉じた。
これ以上身体から無駄に水分が流出しない様に、そして自身の気持ちがぶれない様に奥歯をしっかりと食いしばって立ち上がる。
彼の震える足が歩みを阻むが、それでも無理矢理手足を動かして、母親の身体が漂っている水の中へと一歩、また一歩と歩いた。
進むにつれて水位が上がり、腰回りまで水に沈んだ頃にようやく彼は母親の身体に触れられる距離まで近付く事が出来た。
彼が母親の上半身を引き寄せると彼女の背中の影からリュックサックが見えたのだった。
彼がこの部屋へ来た目的の物資には燃焼になる物以外も含まれている。
それは彼が今最も手に入れたい物である食料だ。
自分達家族が居住していた場所からここまでの道程は、正確にはこの真上に位置する場所に来るにはそれなりの時間が掛かっている筈であるという事と、妹の持っていたリュックにも食料が入れられていた事からも、母親も食料や飲料水が入れてある鞄の類を持っていたと考えていた。
そして、彼の願望通りに母親の傍らには瓦礫に潰されなかったリュックサックが母親の背に在ったのだ。
それを確認した彼は母親の肩から、震える手でゆっくりとリュックサックを下ろして回収したのだった。
・・・リュックを下ろす際に触れてしまった母親の肌は生前のものとは違い、表面にはヌメリを感じたのだがその質感はぼそぼそと脆く、力を込めてしまえばそこから千切れていきそうに感じた。
彼の脳はその情報を受け入れまいと、まるでショートする様に意識が混濁しかける。
だが、別の情報が彼の脳を刺激した事により彼は意識を取り戻す事が出来た。
それはリュックを回収する際に、僅かに水中から浮き出た母親の身体が空気に晒された事により発生した強烈な腐敗臭だ。
彼の鼻腔をその腐敗臭が刺激した事により一種の気付けの様な役割を果たして、彼は気絶した状態で水中にその身を投げ出さずに済んだのだった。
しかし、精神の許容量を超える数々の刺激により彼は軽いパニック状態に陥ってしまい、掴んだリュックをそのままに我武者羅にその場から駆けだしたのだった。
出入り口として使用しているバスルーム迄は、それ程距離は離れていないので本来ならば直ぐに到着するのだが体力も落ち、半ば発狂状態になっている彼では最適なルートでの移動は難しく、ふらつき何度も壁や柱に身体を打ち付けてしまっていた。
そして、彼がやっとのことでバスルームに着いた時には身体中に痣が出来ていた。
その頃には彼も幾分か荒ぶっていた精神も落ち着いたのか、一度歩みを止めて呼吸を整えた。
彼の瞳からはもう涙は出ないのだが、それでも彼は一度天を仰ぐ様に背を仰け反らせ、空気を思いっきり吸いこんだ。
半身が水に濡れ、身体と心をボロボロにした彼の手には、母親の遺したリュックだけが握られていた。
今回も最後まで読んで頂き有難うございますっ!!
はい。
もう開き直ります。
私の遅筆では、一か月毎とか以内とか無理でした。
という訳で今後も筆がノッてる時に出来た物を投稿します(諦め)。
最早定期更新など絶望的なノリで申し訳ありませんが、これからも執筆作業は続けていきますので宜しくお願い致します!
それと良ければ評価や感想頂けると嬉しいです。
ではっ!!




