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14 早馬部隊王都支部の休憩時間②

 ジョシュアがどっしりと構えるようにソファへ体を預けた。

 好々爺のような笑みを浮かべていたはずの彼は、あっという間に歴戦の猛者の風格を醸してレーヴを見ている。


(さすが、おじいちゃん。切り替えが早い)


 話し終わるまで休憩時間は終わらないぞと言わんばかりの様子に、レーヴは観念したように再び溜め息を吐いて、事のあらましを話すことにした。


「アーニャさんが見た人は、元魔獣の獣人です」


「あら、獣人なの?噂によれば獣人ってとっても美形らしいけど、どうなの?」


「はい、すっごく美形です。正直、ジョージも敵わないと思います。なんというか、魔王とか堕天使とかそんな存在かと錯覚するような厳格で妖艶で畏怖さえ感じるような美貌でして、あれは人外と言われても納得の……」


 うっとりとデュークの素晴らしい容貌を熱弁しかけて、レーヴは咳払いをして誤魔化した。

 その様子にアーニャはにんまりだ。レーヴが男性を褒めるなんて奇跡のようである。現場を目撃したとはいえ、その変わりように感動さえ覚える。


「と、とにかく、とても美形なのは確かです。ところで、二人は獣人についてどこまで知っていますか?」


「獣人について?私は存在しているってことくらいかしら」


「魔獣から人になった半獣じゃろう。それ以外に何かあるのか?」


 二人の回答に、レーヴは納得した。

 魔獣が獣人になる経緯について箝口令は敷かれていないので言っても大丈夫だろう。学会の論文で公表されているくらいなのだ、問題はないはずだ。

 これから言うことが自惚れに聞こえませんようにと思いながら、レーヴは続けた。


「大変信じ難いことに、魔獣だった彼は私に恋をして、それが原因で魔獣から獣人になったそうです」


「お伽話みたいな話ねぇ。意地悪な継母も優しい魔法使いもまだ出てきていないけれど」


「アーニャ」


 嗜めるようにジョシュアがアーニャの名前を呼んだ。アーニャは軽く肩を竦めてレーヴに目配せしてくる。


 アーニャののんびりとした感想に、緊張に強張らせていたレーヴの肩から少しばかり力が抜けた。

 レーヴとしては真剣に話しているつもりだが、なかなかに荒唐無稽な話なのだ。茶化したくなる気持ちもよく分かる。


 ジョシュアは口を一文字に引き結んで、腕組みをしてレーヴを睨みつけている。レーヴに、というよりは彼女の語る男に対して鋭い視線を向けているつもりなのだろう。


「継母も魔法使いも出てきませんよ。代わりに魔獣保護団体に呼び出されまして、マリーっていう研究員とウォーレンっていう職員に責任を取れと言われました」


「あらまぁ」


「責任、というのはなんだ?」


 ジョシュアが、轟く雷鳴を必死で鎮めようとしているような迫力のある声で質問した。

 ドスが効いた声はとても怖いが、幼い頃から慣れているレーヴに怯える様子はない。


 まるで過保護な親が娘の結婚相手を見定めるかのようだーーとレーヴは思いながら、マリーたちに言われたことを思い返す。


「獣人は、恋した人に恋してもらわないと消滅するそうです。逆に、恋した人と想いが通じあえば人の姿になると聞きました。そういうわけで、彼が恋した相手が私なので、恋をするなり、しないのなら看取るなりしろということでした」


「なんじゃ、それは。勝手に恋をしたくせに責任と取れとは。男たるもの、そんなもんじゃいかん!わしが鍛え直してやる、今すぐ連れてこいっ!」


「いえ、これは正式な任務でもあるんです」


 そう言って、レーヴはすっくと立ち上がった。デスクから持ってきた書状をジョシュアに差し出す。


「なんじゃ、この書類は。……む?」


 書状を目にするなり目を見開いたジョシュアは、読み進めるうちにその勢いはみるみる衰えてしまった。

 書状には、『レーヴが責任を取るべし』という内容が国王と司令部の正式なサイン入りで記されている。

 つまり、これに逆らうことは死を意味するのだ。勿論、レーヴだけでなく妨害したジョシュアも厳罰の対象になる。


 司令部だけ、国王だけならどうにか出来る可能性もあった。ジョシュアはそれだけの権力を有している。


 しかし、どちらもとなると名の知れるジョシュアであっても覆すことは出来ない。『必ず恋に落ちるように』という内容ではない分、まだマシというものだろう。


 根っからの軍人であるジョシュアがそこまでされて逆らえるわけもなく、先程の勢いはあっという間に沈静化してしまった。

 しょんぼりと背を丸めて敗残兵の如く哀れな表情を浮かべた彼は、申し訳なさそうにレーヴに謝罪する始末である。


「すまんなぁ、レーヴちゃん。わしの力ではどうにも出来ん。無念じゃ……」


「おじいちゃん……」


 レーヴはジョシュアにそんなことを言わせたくてデュークのことを話したわけではなかったので、困惑し、押し黙った。

 任務として与えられたが、レーヴとしては強要されて仕方なくやっているわけではない。

 最初はそうだったかもしれないが、デュークと接し、彼を知り、最近は少しずつ彼に対しての気持ちが変化していっているのを感じている。

 だから、申し訳ないとかそんなことをジョシュアが思う必要なんてないのだ。


「あらあら、ジョシュア。そんなにしょげるものではないわ。だって、お相手は美形なんでしょう?私はチラッとしか見ていないけれど、レーヴは満更でもなさそうだったし、応援してあげましょうよ。ね?」


 アーニャの提案にジョシュアはそれもそうかと気を取り直したようだ。丸めていた背をしゃっきりと伸ばしてうんうんと深く頷いている。


「レーヴちゃんがうちの子にならないのは寂しいが……ジョージにはわしから断りを入れておこう。そっちは安心してくれ」


 ジョシュアの中でジョージとレーヴは一応婚約者というような括りだった。

 それを、破棄するということなのだろう。


 ジョシュアの申し出に、レーヴの目が分かりやすく輝いた。心なしか肌艶まで良くなったように思えるほどだ。

 それほどまでにジョージとの婚約ーーとは名ばかりの、


『嫁に行けなかったら俺が貰ってやる。仕方なくだ、仕方なく!』


 という宣言が嫌だったのだろう。アーニャは珈琲を飲みながらこっそり同意するように頷いた。


「あれは、ないわよね」


 中年とはいえアーニャも女である。レーヴの気持ちはよく分かるつもりだ。

 いくら王都の乙女が憧れる黄薔薇の騎士であろうと、悪役令嬢さながらの高飛車な態度はよろしくない。

 見ているアーニャでさえ眉を顰めているのだ。

 言われ続けて無視出来るようになるまで、どんな思いをしてきたのか。レーヴを思うと可哀想でならない。


 ツンデレも拗らせると哀れだ。

 誰が見てもジョージはレーヴを好いているのに、本人には一切伝わっていない。伝わらないどころか嫌われているなんて滑稽である。


 とはいえ、アーニャはレーヴの王都での母であり、味方なのだ。

 ジョージのことを教えるつもりはないし、あの照れたレーヴを見せてくれた名も知らない獣人の方を応援したいと思っている。


「あら。そういえば、名前を聞いていなかったわ。レーヴ、獣人さんの名前はなんていうの?」


「デュークです。今は、ただのデューク」


「そう。デュークっていうのね。今度、ここに連れていらっしゃいな。私、会ってみたいわ」


「そうじゃ、わしも見たいぞ!」


「えっと、じゃあ、彼が良いって言ったら」


 デュークが来たらあれをしようこれをしようと騒いでいる二人に、レーヴは仕方がないなと苦笑しながらもちょっと嬉しさを感じていた。

 レーヴが大事に思っている二人にデュークを紹介出来ることが、なんだか誇らしい。


「良いって言ったらですからね⁈ねぇ、聞いてますか、二人とも!」


 茶菓子は何が良いかと話し合う二人に、果たしてレーヴの声が届いたかどうか。


「とりあえず、次の休みはデュークに会いに行こう」


 そうでなければ、何も始まらない。


読んで頂き、ありがとうございます。

次話は4月9日更新予定です。

次回のキーワードは『脱走』。

よろしくお願い致します。

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