13 早馬部隊王都支部の休憩時間①
「うーん……」
(次はいつだろう?)
また今度と言うデュークに手を振ってから一週間が経っていた。
「やっぱり、言いたくないとか?」
デュークがレーヴに恋をしたきっかけを知れば、レーヴもデュークに恋をするきっかけを掴めるかもしれないと思ったのだが、帰り際に恥ずかしそうにしていたことを考えると言いたくなくて来られないのかもしれない。
(そんなに嫌なら無理に聞いたりしないのに)
話してくれなくても、レーヴはデュークに会いたかった。
他愛のない話をしながら彼と過ごす昼の休憩時間は、とても穏やかで優しくて、心地良い。レーヴにとって、かけがえのない時間だったのに。
会いたいと思っているのに、デュークはなかなかやって来ない。
一体いつになったらやって来るんだろうとレーヴはだんだん心配になってきた。
マリーは通わせるとか言っていたのに、どうなっているのだろうか。
(手が寂しい)
まさかマリーが『押してダメなら引くのよ』と毎日行きたがるデュークを引き止めているなんて彼女が知る由もなく、嫌われたのではないかと憂い顔である。
「レーヴちゃん、どうしたんじゃ?手を怪我したのか?どれ、じぃが手当てしてやろう」
デュークの温もりを思い出そうとして、つい手のひらを見つめていたらしい。
聞き覚えのある嗄れ声に、レーヴは弾かれたように振り返った。
振り返った先で、かつては麦の穂のような金の輝きを持っていた髪も今は色褪せ、それでも昔は大層人気があったのだろうと分かるくらいには洒落た髪型をした初老の男ーージョシュアが心配そうにソワソワしながら救急箱を取りに行こうとしている。
初老と言われる年齢を超えて尚、『厳格なる駿馬』と恐れられた厳つい顔は健在であり、生涯現役を掲げ、今もこの早馬部隊王都支部の長を任されている。
そんなジョシュアだが、レーヴには『おじいちゃん』呼びをさせ、自ら『じぃ』と称して彼女を孫のようにーーいや、孫以上に溺愛している。虎視眈々と孫嫁に据えようと狙っているくらいなのである。
「あら、消毒液ならあるわよ?」
そう言って懐から救急セットを取り出したのはレーヴの先輩であるアーニャだ。
彼女はレーヴよりやや年上の息子を四人育て上げた肝っ玉母さんである。レーヴの母と同様、夫が残念で苦労してきたそうだが、そうとは思わせない溌剌とした女性だ。
ふっくらとした顔と女性にしては逞しい体が頼り甲斐のある雰囲気を漂わせている。
娘がいないことが残念だったらしく、王都で一人暮らしをするレーヴを娘のように可愛がり、何くれとなく世話してくれる。
王都で住居を決める時なんて彼女の自宅に滞在して数日かけて一緒に吟味してもらったほどである。
レーヴにとって彼女は第二の母のような存在だ。
(いけない。今は仕事中だった)
午後の休憩時間までもうすぐとはいえ、まだ仕事中である。とはいえ、ペタンペタンと郵便物に消印を押す作業は単調で、ついつい考えてしまうのだ。
心配そうに見つめてくる二人に誤魔化すように笑って、レーヴは大丈夫だからと答えた。
(今度の休みに会いに行こう。何かしちゃったなら謝りたい。言いたくないことは言わなくてもいいよって言って、今度は私からデートに誘おう)
しょんぼりと肩を落とすレーヴに、ジョシュアは気が気ではない。
孫よりも可愛いと常日頃から大事にしている部下が見たこともないような憂い顔で業務にあたっている。いつもと変わらない仕事内容だが、今日に限って気に入らないことでもあったのだろうか。
彼女の笑顔が元気の源である老いた上官は、少しでも彼女に笑顔を取り戻したくて仕方がない。
こんな時は気分転換に限るとジョシュアはいそいそと自身のデスクからレーヴ御用達のパン屋の紙バッグを取り出し、応接用のテーブルに広げ始めた。クロワッサンにデニッシュパン、メロンパンにドーナツ、出てくる出てくるその数二十個。
それを見ていたアーニャも、止めるどころか給湯室で珈琲を用意する始末である。
早馬部隊王都支部の支部長を務めるジョシュアと支部の女性陣を束ねるアーニャのツートップがその調子なのだ、他の面々が文句を言うはずもない。
各々仕事を切り上げ、休憩時間にする。
外へ出る者、休憩室に向かう者、休憩の場所は様々だが、応接セットを使えるのは限られている。客人以外はジョシュアとアーニャ、それから彼らに許されたレーヴだけだ。
特別扱いをされるレーヴに周囲から文句が出ることはない。
この支部において、レーヴは二人に次ぐ地位にあるからだ。栗毛の牝馬にはそれだけの価値があると思われている。
名も知られぬ彼らが彼女に刃向かうのは、この国の常識として恥とされる行為だ。
『悔しければ名を上げろ、己を磨け』
訓練学校で最初に叩き込まれることだ。
この平和な時代に昇級することはなかなかに難しいことではあるが、出来なくはない。
異動願いを出して能力を発揮できる場所に行けばいいのだ。
とはいえ、ずっと待っていた新人が噂の栗毛の牝馬だと知って喜びこそすれ、年若い少女が上官ということは大した問題にならなかった。
伝説の瞬間を目の当たりにした者がこの支部に多かったのも要因だろう。
更に支部長自らが可愛がっているのである。文句など言えるはずがない。
「レーヴちゃんが休んでいる間にクロワッサンを買っておいたんじゃが、アーニャが食ってしまってな。今日も買ってきたから一緒に食べよう」
「レーヴが休んでいる間、ジョシュアはとっても寂しそうだったのよ。朝からどんよりしちゃって、鬱陶しいったらなかったわ」
「う、うるさい!わしゃあ、朝一でレーヴちゃんの笑顔を見ないと元気が出ないんじゃ!」
親子ほど年の離れた二人がやいのやいのと夫婦漫才のように会話が弾む二人を傍目に、レーヴは定位置となっているジョシュアの前に座った。
幼馴染のジョージは苦手だが、幼い頃から祖父のように優しく接してくれたジョシュアがレーヴは大好きだ。
訓練学校を卒業してジョージが近衛騎士になってからはますます優しさに拍車がかかっているが、きっと大切にしていた孫が構ってくれなくなって寂しさを覚えているのだろう。
手近で孫のような存在であるレーヴを可愛がることで少しでも寂しさを埋められたらいいーーそう思って、レーヴは上官としては行き過ぎた行動を甘んじて受けているのだった。
「おじいちゃん、ありがとう。じゃあ、私はクロワッサンを貰おうかな」
上官であるジョシュアを『おじいちゃん』と呼ぶのも彼の願いだからだ。
流石にジョシュアより目上の者がいる場ではきちんとした敬称で呼ぶが、この場でそんな呼び方をすれば即座に拗ねるだろう。
そうなると八つ当たりされるのはレーヴ以外の人なので、彼女はおとなしくおじいちゃんと呼ぶしかないのだった。
「たくさんあるからな、いっぱい食べて大きくなるんだぞ」
レーヴはもう二十五歳である。一体どこを大きくするんだとアーニャは訝しげにジョシュアを見たが、好々爺然した彼に邪さは一切見受けられない。
デレデレとしているが、鼻の下を伸ばすようなものではない。尊いものを拝むような、そんな目で彼女を見つめているのだ。
きっといつまで経ってもレーヴは可愛い孫なのだろう。
だが、あまりの溺愛ぶりにいつまでも小さい女の子のままじゃないのよ、とアーニャは反論したくもなる。
そうして思い出すのは先日のことだ。
しばらく内緒にするつもりだったが、言ってしまおうか。
厳つい爺さんが衝撃を受けるのは楽しそうである。
アーニャは思案するように用意した珈琲を一口飲んで、我慢できなかったのか言ってしまった。
「ところでレーヴ。前に休んだ時、自宅で男性に迫られていたみたいだったけど、その後どうなったの?」
「は?え……んぐぅっ!」
ドンドンと胸を叩くレーヴに、アーニャは水を差し出した。
涙目でそれを受け取ったレーヴはとても可愛らしい。
苦しさに上気した頰は先日見たばかりの恥じらう姿を思い出させる。
「先日じゃと?」
「ほら、ジョシュアがレーヴの様子を見てこいって言ったじゃないですか。あの時ですよ」
にんまりと人の悪い笑みを浮かべるアーニャに、ジョシュアの目に剣呑な光が宿る。
気の弱い者ならその眼光に射殺されると恐怖しただろうが、アーニャはちっとも堪える様子はない。それどころか渡り合うように更に邪悪な笑みを浮かべて応戦する態度である。
「元気だったと報告があったが」
「ええ、元気でしたよ。足元で殿方が跪いていましたけれど」
「なんじゃとーー⁉︎」
ジョシュアの叫び声に、机に突っ伏していた者は飛び起き、休憩室にいた者は敵襲かと飛び出した。
しかし、勢いのまま立ち上がったジョシュアがアテテテと腰を抑えて痛そうに顔をしかめているのを見て、更にアーニャが「気にしないで」と言えば、またかという顔で戻っていった。
「ジョシュア、もう歳なんですから、そろそろ引退なさっては?」
「わしの目標は生涯現役なんじゃ、早々退いたりせんわ。それよりレーヴちゃん。アーニャの言うことは本当なのか?」
真剣な表情で詰め寄ってくるジョシュアにレーヴはうぐっと喉を鳴らしたが、しばらくして観念したように深々と溜め息を吐いた。
好奇心丸出しなアーニャが怖い。
女性は何歳になってもこういう話題が好きだなと苦笑しながら、レーヴは言った。
「ふぅ……分かりました、言います。言いますから、取り敢えずおじいちゃんは落ち着いてください。またぎっくり腰になったら大変ですから」
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次話は4月8日更新予定です。
次回のキーワードは『正式な任務』。
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