15.深雪と深冬と学園祭7
翌朝。私はとても清々しい気分で目覚めた。……ちょっと身体の節々が痛むけれど。それでも自分の腕のなかで安らかな寝顔で眠る大切な妹を眺めると幸せに顔が緩むのが自分でもよくわかる。
「ふふっ……なんだかあれだけ悩んでいたのが嘘みたいにさっぱり」
まだ起きるには少し早いけれど二度寝するほどの時間でもない。とはいえ眠っている深冬を起こさずにベッドから降りる自信はまったくない。第一私の左腕は深冬を抱き抱えたまま深冬の右半身の下敷きだ。とてもいい具合に痺れていて最早感覚なんてものは感じていない。
「ん……あ、さ?」
「おはよう、深冬」
「ん……おはよう、お姉ちゃん……」
ぐっすり眠れたであろう深冬は眠い目を可愛らしい仕草で擦りながら半身をベッドから起こし、軽く伸びをしている。……私はというと未だに痺れの取れない左腕のお陰で起き上がることすら儘ならない。
「どうしたの、お姉ちゃん。起きないの……?」
「起きるわよ……」
そろそろ起きて準備しないといけないのはわかっているのだけれど、まだ痺れが残っていて違和感が半端ない感じがする。それでも時間は非情なもので刻々と過ぎていく針を見ればあまり猶予はなさそうに見える。早く着替えて身だしなみを整えないといけない。
「ほら深冬。リボンタイが曲がってるから」
「あっ、本当だ。ありがとうお姉ちゃん」
なんとか身だしなみも整え終えて朝ごはんを食べ終わる頃には左腕の痺れも治まり、学校に着く頃には違和感も大体治まった。
昨日に引き続き車を着けて貰って職員通用口から登校すれば絢香に加えて担任の先生が待ち構えていた。
「……何かあったの?」
「とりあえずすぐそこの進路指導室に来てくれないか?冬山姉妹」
「俺たちも行くぜ、せんせ」
夏生と絢香を引き連れ先生の後をついていき、進路指導室に全員が入ると先生がドアを閉めてから開口一番。
「冬山、お前たちの本来の下駄箱の鍵がな、今朝方何者かに抉じ開けられた。心当たりはあるか?」
「「えっ」」
「……あるんだな?」
「ないと言えば嘘になりますが、大事にはしたくないんです、まだ」
「そうか。では今日から私物は念のためなるべく持ち帰るか、職員室に預けてから帰るようにしなさい。私の机の上でいい」
「……わかりました」
一番最初に気が付いたという絢香に聞いてみたらパッと見た目はそんなには酷く無かったみたいだけど鍵は二度と使えないようにはなっていたのと、私たちのそれぞれに宛てた手紙が置いてあったみたいで差出人は書いてはいなかったものの、このようなことをするのは一人しかいないと即座に気付き手紙だけ回収して下駄箱の件だけ先生に伝えてくれたらしい。犯人については防犯カメラの映像を警備会社さん――園樹セキュリティシステム、通称・SSS――の方で目下解析中とのことで、判明したら一応教えてくれるそうだ。
「……警告かしら」
「案外短気……あぁ自意識過剰だったか」
「面倒ね」
「……お姉ちゃん」
担任の先生にお礼を言って職員室に戻る先生と別れたあと私たちはその場で眉を寄せてため息をつく。深冬は朝起きた時の笑顔は消え失せて不安そうな表情になっているので、安心させるように軽く抱き寄せて頭を撫でてやれば固い表情も少しだけ和らいだようだ。
「……なぁ深雪。一ついいか?」
「なぁに?」
「姉妹で仲が良いのは結構なんだがなんだか仲が良すぎないか?……その、なんだ。深冬とか顔赤いし」
「気のせいよ。ただの姉妹愛よ」
「…………そうか」
あまり納得したとは言い難い釈然としない顔の夏生に私はあわてて愛想笑いを浮かべながら気のせいだと誤魔化す。深冬の方も夏生の言葉に驚いて私から視線を逸らしてそっぽを向いてこっそり深呼吸をして落ち着こうとしているようだ。……絢香はといえばなにやらにやついていたけれど何も言って来なかった。これは後でつつかれる、ということだろう。油断した、なぁ。
でも私たちの好きはライクであってラブじゃないもの。そう、ただの姉妹愛であって百合じゃない。私には夏生という彼氏がいるし、深冬には秋兄という憧れの男性がいる。私たちはノーマル、ノーマルだから!百合じゃないもん。本当だもん。……………って私は誰に力説しているんだろう。はぁ。
「取り敢えず手紙はお昼休みにでも部室で、でいいかしら?」
「いいぜ。その頃には画像解析も終わるだろ」
「スリーエスは優秀だしね」
「うん……でも外部の人って入って来れない、よね。それって……」
数年前に西の方で起きた不審人物の学校侵入児童殺傷事件を教訓として冬華学園は警備を強化していて、学生証に内蔵されたチップを敷地出入口に設置された端末機に翳さなければ入れないうえに、無理に突破しようとすれば近くに控えている警備員に取り押さえられてしまう。学生や教職員以外の出入り業者さんには顔写真付きの入構証を指定されている出入口に隣接している警備員詰所にて受け取り、構内作業が終われば返却するという事が徹底されているらしい。お父さんの話では一度でもルール違反をすれば該当者は出入り禁止、ミスが重なれば取引停止と利益利便性よりも安全性を重視しているのだそうだ。
「園樹様がオーナーのスリーエスが一番に警戒するのがこの学園、とすれば……」
「外部からの侵入はあまり現実味がないわね。内部犯行が濃厚かな」
***
お昼休みになり私は深冬と夏生でお弁当を持って部室に向かう。するとすでに絢香が部屋の中で食事をしていたので私たちも施錠を忘れずにしてから適当に座って食べ始めることにした。
「私の護衛の子経由で犯人の画像写真来たけど……見る?」
絢香から渡された茶封筒の中から大きく引き伸ばされた写真の人物たちを見て思わず絶句する。
「……!こいつらかよ」
「だれだっけ、夏くん知ってるの?」
「何、夏生はこのチャラ男たち知ってるの?」
「以前遠出した際に深雪と深冬を無理やりナンパしようとしてきたアホどもだ」
へぇ……?と絢香は両目を糸のように細くして微笑む。これはかなり怒っている証拠だ。深冬はすっかりあの時のチャラ男を忘れていたみたいで、思い出させてしまったことを少しだけ後悔する。
「年格好から察するにこいつら、大学部か。かなり前から学園内にいたとするなら面が割れていてもおかしくはないな」
「でもさ、そこまでばれてるにしては接触の仕方がお粗末じゃないかしら?」
「何より直接接触できる高等部に手駒を入れることができていないのが不思議」
「……はぁ。深雪、あんたそれでも冬山の長女なの?わざわざあんたのクラスや学年に冬山姓の女子をやたら入れてる理由、分かっているんでしょう?」
冬山家の分家である長谷部家は防諜を担当するためにわざわざ家名を遥か昔に変えた家でもある。守護四家が四季である春夏秋冬にちなんだ家名であるのは少しでも気づく能力があれば誰でも簡単に気づけるわけで、だからこそ一部の分家は家名を変えているのだそうだ。
「あんたたち姉妹を守る為にわざわざ冬山姓の子を私財で補助金まで出して全国から集めているようなおじさまが、生徒の入学試験の時点で背後関係を洗わないわけないでしょうに。言っちゃなんだけどあんたたちが知らないだけでもうすでに数人、入学や編入をお断りしているのよ?」
そこまで徹底しているなら中等部の編入も阻止して欲しいと思ってしまうのは贅沢なのだろうか。うーん。