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追放聖女は隣国の王妃になり、祖国を救うため軍を率いて帰還する  作者: カトーSOS


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第15話 休むことも仕事

挿絵(By みてみん)


第15話 休むことも仕事


 三本目の御柱が立ってから、数日。


 王宮では、次の巡行についての会議が開かれていた。


 大きな机の上には、二枚の地図が広げられている。


 現在の王国。


 そして。


 かつて、いくつもの御柱が国土を守っていたころの古い地図。


 今回の巡行によって。


 農地。


 水源。


 町。


 街道。


 国にとって必要な土地を、いくつか取り戻すことができた。


 しかし。


 結界の外には。


 まだ広大な土地が残されている。


「次は……」


 セレナが、古い地図へ目を落とす。


 いくつもの御柱の印。


 その中から。


 現在の結界に近いものを指した。


「こちらはいかがでしょう」


 測量官が地図を見る。


「位置としては悪くありません」


 別の文官も覗き込む。


「この辺りまで結界を広げることができれば、旧地方都市へ続く街道の一部を取り戻せます」


「では」


 セレナが顔を上げる。


「次はこちらから――」


 立ち上がろうとした。


 その瞬間。



「……っ」



 足から力が抜けた。



「セレナ様!」



 クラリスが、とっさに腕を取る。


 反対側から。


 ヴィオラが支えた。



「……あれ?」



 セレナは。


 自分の足を見る。


 立とうとしている。


 けれど。


 力が入らない。



「お座りください」


 ヴィオラが言った。


「大丈夫です」


「大丈夫な方は、今のようにはなりません」


「少し、立ちくらみがしただけです」


 クラリスが。


 セレナの額へ手を当てた。


 表情が変わる。


「熱があります」


「少しだけでしょう?」


「少しではございません」


「ですが」


「セレナ様」


 クラリスの声が低くなった。


「三本の御柱を続けて建立なさったのですよ」


「間に休みました」


「十分ではなかったということでございます」


 セレナは。


 何か言おうとして。


 やめた。


 ヴィオラも。


 セレナの顔を見ている。


「お顔の色もよくありません」


「……そうですか?」


「はい」


 会議室が静かになっていた。


 文官も。


 測量官も。


 神官も。


 誰も地図を見ていない。


 全員。


 セレナを見ている。


「申し訳ありません」


 セレナが言った。


「少し座れば――」


「今日の会議は、ここまでにしましょう」


 レオンが言った。


 セレナが顔を上げる。


「レオン様」


「今日と明日は、お休みください」


「明日もですか?」


「はい」


「ですが、次の御柱の位置を決めなければ」


「それはこちらで進めます」


 レオンは。


 机の上の地図を見る。


「測量官と文官で候補地を検討しておきます」


 そして。


 セレナを見る。


「次の御柱の位置が決まりましたら、私からご報告いたします」


「でも」


「セレナ様」


 今度は。


 レオンが静かに遮った。



「今は、次の御柱よりも」


 一度。


 言葉を切る。



「あなたの身体の方が大切です」



 セレナは。


 何も言えなかった。



「御柱は、また立てられます」


「土地も、これから取り戻していけばいい」


「ですが」


 レオンは。


 まっすぐセレナを見る。



「あなたの身体は一つしかありません」



「……」



「何よりも」


 レオンは言った。



「ご自分を大切になさってください」



 セレナは。


 ただ。


 レオンを見ていた。



 そんなふうに。


 言われた記憶が。


 ほとんどなかった。



 聖女だから。


 祈る。


 聖女だから。


 治す。


 聖女だから。


 御柱を守る。



 できるのなら。


 やる。



 それが。


 当たり前だった。



 自分より。


 役目が先。



 自分の身体より。


 国が先。



 そういうものだと。


 ずっと思っていた。



 けれど。



 この国では。



 違う。



 レオンは。


 御柱より。


 自分の身体を大切だと言った。



 クラリスは。


 何度も。


 無理をする自分を止める。



 エマも。


 ソフィアも。


 自分がきちんと食べているか。


 眠れているか。


 いつも気にしている。



 ヴィオラも。


 レティシアも。


 マリアンヌも。



 自分を守るために。


 いつもそばにいる。



 聖女だから。


 必要だから。



 それだけではない。



 この国では。



 みんな。



 自分自身を。


 大切にしてくれている。



「……セレナ様?」



 クラリスの声で。


 セレナは我に返った。



「はい」


「お部屋へ戻りましょう」


 セレナは。


 もう一度。


 机の上の地図を見る。



 結界の外。



 まだ。


 取り戻していない土地。



 気になる。



 もちろん。


 気になる。



 けれど。



 今は。



「……分かりました」



 セレナは頷いた。



「今日は休みます」



 レオンが。


 少しだけ笑った。



「明日もです」



 セレナが。


 レオンを見る。



「……明日もですね」



「はい」



「分かりました」



 今度は。


 素直に答えた。



 クラリスとヴィオラに支えられ。


 セレナは会議室を出た。



 自室へ戻ると。


 すぐに医師が呼ばれた。



 診察の結果。


 大きな病気ではない。


 御柱建立による神聖力の消耗。


 そして。


 疲労。



 休養が必要。



 それだけだった。



「ですから申し上げたのです」


 クラリスが言う。


「何をですか?」


「無理をなさらないように、と」


「無理をしたつもりはありません」


「それが一番困るのでございます」


「……」


 セレナは。


 ベッドの上で黙った。



 エマが水を用意する。


 ソフィアが掛布を整える。


 ヴィオラは。


 医師の話を聞き終えるまで部屋の近くに残っていた。



「では」


 セレナが言う。


「明後日には」


「セレナ様」


 クラリスが止める。


「まだ何も言っていませんよ」


「巡行のお話でしょう?」


「……なぜ分かるのですか?」


「長くお仕えしておりますので」


 セレナは。


 少し笑った。



「明後日のことは」


 クラリスが言う。


「明後日に考えましょう」


「はい」



 セレナは。


 枕へ身体を預ける。



 天井を見る。



 何もしない。



 ただ。


 横になっている。



 以前なら。


 落ち着かなかった。



 今も。


 少しだけ落ち着かない。



 御柱のことが気になる。



 次の土地が気になる。



 結界の外に残された人々が気になる。



 でも。



 会議は続く。



 測量官がいる。



 文官がいる。



 神官がいる。



 レオンがいる。



 自分が寝ていても。


 国は止まらない。



 そして。



 自分が休んだからといって。



 誰も。



 自分を責めない。



 むしろ。



 休めと言われた。



 何よりも。


 自分を大切にするように。



「……何よりも」



 セレナが。


 小さく呟く。



 ご自分を大切になさってください。



 レオンの言葉が。


 もう一度。


 胸の中に浮かぶ。



 不思議だった。



 聖女として。



 国を守るために必要だから。



 身体を壊すな。



 そういう意味なら。


 分かる。



 けれど。



 あの言葉は。



 少し違った。



 もっと。



 自分自身へ向けられた言葉だった。



 セレナは。



 目を閉じる。



 この国では。



 レオンが。



 クラリスが。



 側仕えたちが。



 護衛たちが。



 自分を大切にしてくれる。



 なら。



 自分も。



 少しくらい。



 自分を大切にしてもいいのかもしれない。



「セレナ様」



 クラリスの声。



「はい」



「お休みください」



「はい」



 セレナは。


 今度こそ。



 素直に目を閉じた。



 結界の外には。


 まだ。


 救いたい土地がある。



 だからこそ。



 今日は。



 休む。



 それも。



 今の自分に必要な仕事だった。

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