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夢で見た噺  作者: 玲央
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ワケありホテルに泊まった話

 これは父と共に2人で、旅行へ出かけた時の話です。元々予約をしていたはずの宿がシステムの不具合で取れておらず、私たちは急遽寝床を確保しなくてはならない事態に陥りました。オンシーズン真っ只中で、辺りの宿は軒並み満室。土地勘もなく、時計は夕刻をとうに過ぎ、これからどうしようと途方に暮れていたその最中。偶々私たちはそのホテルへと辿り着きました。眩い明かりに惹かれるようにエントランへと駆け込み、藁にもすがる思いで空室を確認したところ、なんと空室有りとのこと。予算の関係もあり、2人で1部屋を確保。チェックインも無事終えて一息付いたところ、そこには既に摩耗し切った父の姿がありました。慣れない土地で慣れない作業をし、精神をすり減らしたのでしょう。本来はその土地の名産品を晩御飯に食べる予定だったのですが、この状態の父を連れ回すのも忍びなく、その晩はコンビニでご飯を購入し簡単に済ませることとなりました。


 すぐ近くのコンビニで買い物を終え、ホテルの部屋へと戻りました。向かい合ってお弁当を食し、明日の予定を確認。お腹がいっぱいになり少し気持ちにも余裕ができたのでしょう、父は私を部屋へと残し1人煙草を吸いに喫煙所へと向かっていきました。父が喫煙所へと向かって数分後突如《ガチャ、ガチャ》という音が部屋中に響き渡りました。ドアノブを握るその音に、もう帰ってきたのかなとそう考えた直後、この部屋のカードキーは2枚あり、部屋を出る前父は確かにその手にカードを握っていたことをふと思い出しました。お父さん?とドア越しにそう呼びかけてみましたが、返ってくる声はありません。ガチャ、ガチャともう一度その音が響きます。少しして訪れたのは、静寂。他の宿泊客が部屋を間違えた、そんな可能性が一瞬脳裏に過りましたが私たちが今日泊まっているのは突き当たりの部屋。他の部屋と間違えられる可能性は、限りなく低いはず。それじゃあ一体?と考えていると、先ほどよりもはっきりと《ガチャリ》とそう音がして目の前の扉が開きました。扉の向こうから、姿を現したのは父です。ただいま、と口にする父に先ほどの出来事を話そうとして私はあることに気が付きました。父がなんだか、浮かない表情をしています。お父さん?と声をかけた私に父は苦い顔で口を開きました。どうやらここは出るらしい、と。


 父が言うには喫煙所で一緒だった若いカップルが話していたらしいのです。ここはワケありホテルなのだ、と。ホテルの至る所で心霊現象が起こるらしく、それもあってオンシーズンの最中でもこのホテルの部屋が満室になることはないのだとか。それを聞いてなるほどと、合点のいくことが幾つかありました。時折刻まれるこのラップ音、そして7階という高さにも関わらずゴン、ゴンと鈍く響く何かが窓にぶつかるかのような音。先ほどのドアノブを引く音も霊障なのだとしたら納得がいきます。ワケありだと知りながらこのホテルに宿泊するなんて、変わり者のカップルもいるのだなと心の中で思いながら父の話に耳を傾けます。直接的な迷惑を被らないなら全く問題はない、とそう口にして伝えてみてもごめんなの一点張りで中々話を聞いてくれない父。そんな父を力づくで脱衣所へと押し込み、私はこのホテルに関する情報を集めることにしました。インターネットにホテルの名前を打ち込めば、ここがワケありホテルだと確信付けるようなニュースが山のように出てきます。殺傷事件に飛び降り自殺、子供の死体遺棄など、悲惨な事件のオンパレード。真偽の定かでない匿名掲示板には、このホテル専用のページが作られているようです。そのページによると、どうやらこの窓を打ち鳴らすゴン、ゴンという音はこのホテルで飛び降り自殺を図り失敗した男性の霊が起こしているものなのだとか。1つ上の階のバルコニーから飛び降りたその瞬間を何度も何度も繰り返し再生しており、振り子の原理で自身の頭をこの部屋の窓にぶつけている音、らしいのです。まだまだずらりとこのホテルについての記事は並んでおりますが、目を通すその前に父がお風呂から出てきてしまいました。眠たくなる前にお前も入れよ、と掛けられたその言葉に私はそっと携帯電話を置きました。


 ビールを飲みながらテレビを見ている父を横目に、私もお風呂へと向かいます。手早くシャワーを浴びて出てくると、聞こえてくるのは父の大きなイビキと子供の笑い声。あぁ、まただと思わず目を細めます。父はいつも、こうなのです。お酒を飲んで気持ち良くなると、そのままテレビも消さず眠ってしまう。テレビを消してから寝るように、と注意されている父の姿を見かけるのは我が家では日常茶飯事です。全くもう、と小言を零しながらタオルを片手に近付き、そこで私はその異変に気が付きました。子供の笑い声を確かに聞いた、それなのにテレビの電源は付いていなかったのです。しっかりと深く布団を被り眠りについている父に目をやると、どこからかまたくすくすと笑い声が聞こえてきました。そして続け様に響く《ガチャ、ガチャ》というドアノブに手を掛けるその音。流石、ワケありホテル。霊障の大盤振る舞いだ、とそう思っていたのですがどうやらお風呂前とは少し状況が異なるようだと私は気が付きました。ガチャ、ガチャと音を立てる部屋の扉。その扉の前からは、何やら人の声が響いてくるのです。


 ガチャガチャと立て続けに鳴る音。聞こえてくるのは2人分の男の声。時計は深夜の3時を指しています。あ、これはまずいと感じ咄嗟に父のベッドへと駆け寄りますが声を掛けても身体をゆすっても、目を覚ます気配を見せません。ガチャ、ガチャと不規則なその音と大きなイビキが部屋中に響きます。回らない頭で必死にどうしようと考えていると、突如耳元で声がしました。お姉さんも早く布団を被って目を閉じて、そう囁くその声はどこか幼く感じるもので。直感的に私は先ほどの笑い声の主と同じだとそう思いました。困惑する私に向けて、その声は大丈夫だよと続けます。赤い女の人が助けてくれるから、大丈夫。ただし、全部が終わるまで目を開いてはいけないよ。さぁ、早く布団の中へ。そう確かに鼓膜を揺らしたその声に従うように私は布団を被ります。全身を布団で覆い身体を抱きしめる形で丸まったその直後ガチャリと音がしました。布団越しにも関わらず鮮明に響いたその、音。ゆっくりと確かに近付いてくる気配と話し声。その足音は、父のベッドの横で立ち止まりました。布団を捲くるような重たい音が響いてきます。聞こえてくるのは本当にこいつか?なんて、はてなを含んだ会話。お父さん!と心で叫びながらも身体は震えるばっかりで何もすることはできません。ぎゅっと強く瞼を閉じた瞬間、バサっとその重たい音がすぐ近くから聞こえてきました。でもほら、女の方は若いし、間違いないだろ。そんな言葉が頭の上から響いてきます。思わず零しそうになった悲鳴を飲み込んで、強く身体を抱きしめます。あぁ、誰か!そう願った瞬間、ぇあ?と突如間の抜けた声が上がりました。んえ?とそう短い音が続きます、そして。なんッ、そんな声を残してすぐ近くに感じていたその2つの気配は消えました。


 捲られた掛け布団、閉じた瞼の向こうからうっすら光を感じながら、私は唇を噛みます。どのくらい、そうしていたでしょう。全部が終わるまで目を開いてはいけない、と先ほど告げられたその言葉。もう大丈夫だよ、と終わりを知らせる声は一向に聞こえてきません。続く、静寂。その空間を、打ち破ったのは父でした。一度大きくくしゃみを響かせた父は、そこで自身の布団が剥がされていることに気が付いたのでしょう。小さく、あれ?という困惑の声が続きます。父はそのまま身体を起こすと私の元へと歩み寄り、布団を掛け直してくれました。小さくなっていく足音。バタンとそう音がして、父がトイレへと向かったことに気が付きました。ゆっくりと瞼を開くとそこには何の変わり映えのない部屋の景色が広がっています。安堵からか私の頬を一筋の涙が流れていきました。


 あのホテルでの一夜から、早数年が経ちます。ホテルの名前で検索をかけると、未だに関連の事件は増え続けているようです。例の匿名掲示板に、赤い女の人についての詳細は投稿されておりません。ホテルでの夜の出来事を何も知らない父は、定期的に私に対し、今度こそ名産品を食べようなと旅行の打診を持ちかけてきます。その提案に私はまだ、苦笑いを返すことしかできません。今思い返すと私は、とても貴重な体験をしたのでしょう。人間の恐ろしさを、そして霊の優しさを目の当たりにしました。初めての心霊現象、その経験が悪いものばかりではなかったから。きっと私は遠くはない未来、父のその提案に笑顔で頷く日が来ると、不思議とそう思うのです。


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