黒き天使、舞い降りる
六話連続更新六話目。
お付き合い頂きありがとうございました。
これより不定期更新になりますので、気長にお待ち頂ければと思います。
「……ユート、と言ったか。聞きたいことがある」
私は周囲への警戒を一段強め、ユートへ問いかける。
ユートはテウ母さんとラフラ母さんの九耀陣に上下から挟まれながら、ぎこちない笑みを浮かべる。
「ああ、僕の名前はユート・ニシナカだ。何でも聞いてくれ」
ユートの顔はぎこちないままだったが、肩の力は抜けている。警戒心や怯えはなくなっているようだ。
表情が固いのは、私のように元々表情を変えることが少なかったからだろうか。
「ニシナカ・ユートだな。私はナラハ・オクザキだ」
「え、アンタがオクザキ・ナラハなのか!? 転移者なんじゃ……オークの姿が願い、なわけないよな?」
「色々あってやむを得ずこの姿だ。まあ『女オーク』と呼ばれた私には似合いの姿だろう?」
私の名を知る彼に、私の口から思わず憎まれ口が漏れる。まさか同じクラスになったことのない人間にまであの不名誉な蔑称が知られているとは。
自嘲する私に、ユートは更に驚いた目を向けた。
「『女オーク』って……え? あの、『学園の天使』といつも一緒にいた先輩?」
「どういうことだ。お前は私の名を誰から聞いた」
『奥崎楢葉』と『女オーク』がイコールにならず戸惑うユートに、私の胸に警鐘が鳴り響く。
私の話題を出すだろう転移者は、恐らく三人。
友人二名に、狂人一人。
期待は三分の二もあるはずなのに、何故だろう、警戒の割合の方が圧倒的に胸で渦を巻いている。
「ああ、えっと……最初から話します」
ユートが管理者と出会った頃から話は始まる。彼が望んだものは、漫画の主人公のような姿と驚異的な回復力。ユート曰く「暴力系ツンデレヒロインに殴られてもすぐ回復出来るようにしました。戦う力はシンシンに来れば何とかなると思ってました……自分のこと、主人公だと思ってたので」とのこと。よく分からなかったが、そういうのが「お約束」らしい。
代わりに与えられたデメリットは「自分の姿に関する記憶の消去と肉体の時間停止」。殴られた顔がすぐさま元に戻ったのも、再生と言うより時間の巻き戻しだったらしい。ただし、このデメリットは転移時の体調から変わらないこと。
転移当時、同級生からのいじめのストレスにより口内炎二つと胃炎を患っていたユートはどれだけ治癒魔法をかけてもそれが治ることはないらしい。
ちなみにユートは一年生だったらしく、私が二年生だと知ってからは終始敬語だ。
「五年、のどかな村でくすぶってました。
可愛い幼なじみもいない、大した力もない村人になった自分に腐ってました。
でも、いつかチートが目覚めるんだと、信じて日々を過ごしてました」
魔物のいる森へ入る気概はなく、鍛錬も時折思い出したように木の枝を振るだけだったらしい。
そんな、私とは違う生活を送っていた彼は、ある日、出会ってしまったらしい。
彼の願いを叶える、天使のような存在と。
「そいつはフードを目深にかぶってたんで、顔は分かりませんでした。黒いローブでフードの中も真っ黒……見える両手だけが青白くて、今にして思えば不気味な奴でした」
ローブの人物は言ったそうだ。「私の研究に付き合わないか」と。
ユートはこう説明されたそうだ。
「私の研究目的は人工的な九耀の寵愛者を作り出すこと。その適正を持つ者が君だった。協力して欲しい」
その言葉は、特別を望む彼にはひどく甘い言葉に聞こえたそうだ。
ユートは一も二もなく黒ローブの人物の提案に乗った。それは、彼にとって至極当然の物語だったらしい。
大した対価もなく、超人的な力を得る。それが彼の普通だった。
「あいつは僕に二つだけ約束させました。一つはこの実験が失敗して僕がどうなろうとあいつは何の責任も持たないこと。
そして、もう一つが『ナラハ・オクザキ』への伝言だった」
ユートを上下に挟む九耀陣の輝きが強くなる。
もうすぐ彼の力が封印され、偽の相痕が消滅する。
どうしてだろう。ユートの唇がいやにゆっくり動いて見える。もう話さなくていい、と言いかけた私の舌が、金縛りにあったように動かなくなる。
周囲の音が消え、水を打ったような静寂の中、ユートの声が二重に響く。
そう、あの女の声に。
「『久しぶり、なっちゃん』」
『やっと、会えた』
二重の声が一つに変わる。
ユートの声ではなく、あの女の声に。
「ハーくん、離れて!」
静寂の中、サース母さんの声が聞こえたが私は動けなかった。
ユートの背中にある偽りの相痕がおぞましい黒色に輝き、母さん二人の九耀陣を破壊する。
壊れた九耀陣が雪のようにはらはら散る中、母さん達の叫びとユートの苦痛の悲鳴をBGMに、私は出会ってしまう。
輝くような煌めきを持つ、漆黒の波打つ長髪が宙に広がる。
美術品のような闇色の瞳には暗い欲望の炎が宿り、白い肌は以前よりも更に透き通り、血色の唇はつり上がり下弦の月を昇らせている。
七年振りの彼女は、天使と称されていた美貌をより磨き上げ、神々しくさえ見えた。
「黒宮、麻衣」
私の呟きに応えるように、黒宮麻衣は私へ手を伸ばす。
『もう離さないよ、私のなっちゃん』
じくりと、存在しない腹の傷が痛む。
ナイフに刺されたあの時のように動けない私の首に、黒宮麻衣の腕が絡みつく。
無意識に一歩引いた私の行動は全くの無駄で、宙に浮いたままの黒宮麻衣は更に距離を縮め、零距離を目指す。
「はなれ……」
『愛してる』
うすら寒い告白を紡いだ唇が、中途半端に開いた私の唇に触れる。
瞬時に首に絡みつく腕を掴んだ。握り潰すつもりで力を込めるが、黒宮麻衣は痛がる素振りも見せず私の唇を味わっている。
人外の力を持つ私を超える存在。化け物め、と自分のことを棚に上げて私は内心毒づく。
「やめ……っ……」
『ふ……ぁ、なっちゃ……』
拒絶の言葉は黒宮麻衣の舌に絡め取られ、ぞわぞわと私の背を不快感が這い回る。
「ハーくん!」
助けを求める私の心に応えるように、母さん達の膨大な力が黒宮麻衣へ向かった。
太い木の根が、業火が、水刃が、私を守るように密着した黒宮麻衣にだけ向かう。
『残念。邪魔が入っちゃった』
だが、その全てを黒宮麻衣は防いでみせた。
奴の体から噴き出したおぞましい黒光が、母さん達の攻撃を飲み込む有り得ない光景に、私は唾液に濡れた唇を拭くことも忘れ見つめていた。
「私達の可愛いハーくんに何をしてるの、小娘」
『あら? 初めまして、お義母様。なっちゃんのお嫁さんになるマイ・クロミヤです。
ありがとうございますね? 七年間、なっちゃんの純潔を守ってくれて。
もうこれからは私がそばにいるから安心してください。
……だからこれ以上、年増がなっちゃんに触れないでくれます?』
サース母さんが私の隣に立ち、攻撃によって距離をとった黒宮麻衣と睨み合う。
二人とも笑顔だが、目は笑っていない。目の奥に浮かぶのは怒りの炎だ。
大きな力が風を生み、王の間を吹き荒れる。目を開けていられないほどのそれに、クッコロ達は大丈夫かと視線を黒宮麻衣に向けたまま気配を探る。
ほっと安堵の息が漏れた。クッコロとハイエロだけでなく、ユートやそのハーレム娘達も母さん達の結界に守られていた。私達の背後にいれば早々危ないことにはならないだろう。
黒宮麻衣召喚の引き金となったユートの体調が気になったが、生命力は減ったようだが命に関わるほどではなさそうなので今は放っておく。
彼らに気を配っていては黒宮麻衣には勝てない。そう感じさせる危なさが、奴の黒光から発せられていた。
お読み頂きありがとうございました。




