Ⅰ 世界を騙したじじいの夜
ご存知ない方へのための『大旅行記』解説
1. マルコ・ポーロを超える「中世最大の旅の記録」
多くの人は世界旅行といえば『東方見聞録』のマルコ・ポーロを思い浮かべますが、イブン・バットゥータの旅の規模はその約3倍、距離にして約12万キロメートル(地球3周分)に及びます。
14世紀当時、赤道直下のアフリカ、ヨーロッパ、中東、インド、そして遥か極東の中国まで、当時の文明世界のほぼすべて(約30カ国以上)を一人で、しかも29年間も歩き通して書き残された、人類の至宝とも言える一次資料です。
2. メモなし、日記なし、すべて「記憶」だけ
この本の最大にして最もスリリングな特徴は、バットゥータが旅の間に日記やメモを一切取っていなかったという事実です。
50歳を過ぎて故郷モロッコに帰ってきたじじいが、「頭の中の記憶」だけを頼りに夜な夜な語り、それを若き宮廷詩人ジュザイイが命を削って文章に仕立て上げました。だからこそ、記憶違いや「行っていない旅のコピペ(嘘)」が混ざり込んでおり、単なる記録本ではない「世界最大級の虚実皮膜のエンターテインメント」となっています。
3. パンツ一丁から裁判官、そして不滅の「文字の城」へ
旅の途中、反乱軍に襲われて下着一丁にひん剥かれたかと思えば、その直後に持ち前の口八丁と法律の知識でモルディブの最高裁判官に成り上がり、現地の有力者の娘を4人も同時に娶るなど、じじいの生き様は「事実は小説よりも奇なり」を地で行く泥臭さです。
そんなじじいの一代記を、わずか36歳で急死したジュザイイが美しい宮廷文体に書き換えたことで、現代のパリ国立図書館に直筆本が眠るまでの「不滅の歴史」となりました。
本作は、中世イスラーム世界を驚かせた大旅行記『リフラ』の誕生秘話を、史実の一次資料に刻まれた「コピペの傷痕」を元に描く歴史文芸です。
世界のすべてを見てきたと豪語する愛すべき嘘つきじじいと、その矛盾を冷徹に見破りつつも「最高の一冊」へと仕立て上げる若き編集者の、深夜の知的な頭脳戦を活写します。虚実皮膜の間に隠された、熱きサスペンスをお楽しみください。
【歴史の余白とリアル(歴史解説)】
バグダッド「知恵の館」との関係:知恵の館は1258年のモンゴル襲撃によって、バットゥータらの時代の約100年前にすでに灰に帰している。
だからこそ、知識のデータベースが西の果て(モロッコ)へ移動し、この『大旅行記』が編纂されたこと自体が、中世イスラーム世界における「奇跡のサルベージ」であった。
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大旅行記、刊行までの歴史
『大旅行記』が現代のような印刷された本として世界で初めて刊行されたのは、1853年から1858年にかけてのことです。1356年の写本完成から約500年間歴史の闇に埋もれていましたが、19世紀にフランスの学者らによって発見・校訂され、1853年にフランス語翻訳付きのアラビア語原文がパリで出版されました。
また、日本における初刊行は、1952年に前嶋信次氏の翻訳による『三大陸周遊記』として実現に至りました。
『世界を騙したじじいの夜』
第一章:ナビーズの背徳と凍らぬ大地
一
一三五四年、モロッコの古都フェズ。
大西洋からの湿った夜風が宮廷の白い漆喰の回廊を吹き抜ける中、夜の帳が降りた一室には、異国情緒あふれる高価な香料の匂いと、甘く熟した果実の香りが重たく立ち込めていた。
「おい、ジュザイイ。筆を止めるな。俺の頭の中には、まだ三万マイル分の旅の削り滓が、澱のように沈んでいるんだ。これをすべて羊皮紙の上にぶちまけるまでは、俺は死んでも死にきれん」
豪奢なペルシャ絨毯の上に不敵に胡坐をかき、白い髭を大袈裟に揺らしながら声を張ったのは、御年五十を過ぎた大旅行家、イブン・バットゥータであった。三十年近くも故郷を離れ、パンツ一丁の身ぐるみ剥がされた絶体絶命の荒野から、インドの狂気の王の側近まで上り詰めた男──。その肌は赤黒く日焼けし、刻まれた無数の深い皺は、東洋の砂漠と嵐を潜り抜けてきた男の、驚異的な生命力を雄べん(ゆうべん)に物語っていた。その佇まいは、酸いも甘いも噛み分けた、とびきりお喋りで強欲な「じじい」そのものであった。
バットゥータの大きな掌には、小振りの陶器の杯が握られている。中に注がれているのは、琥珀色に優しく濁った液体──ナツメヤシの酒であった。
本来、聖典クルアーンの厳格な戒律によって、ムスリム(イスラーム教徒)には一滴たりとも飲むことが禁じられている不浄の液体。しかし、じじいはそれを愛おしそうに眺め、美味そうに喉の奥へ流し込んでは、濡れた唇を満足げに鳴らした。
「おじいさん、またそれ(ナビーズ)を飲んでいるのですか」
机の前で、太い葦のペンを構えた若い宮廷詩人、イブン・ジュザイイが、心底呆れたように深い溜息を漏らした。彼の前には、最高級の羊皮紙と、上質な黒いアラビアインクの壺が置かれている。
「スルタン(国王)アブー・イナーン・ファーリス様に知られれば、我ら二人とも即座に鞭打ちの刑ですよ。それに、酒を煽れば、あなたのただでさえ怪しい『記憶のタイムライン』が、さらに酷くバグる(混濁する)」
「馬鹿を言うな、若造が」バットゥータはじじい特有のなめらかな手つきで、杯を机にドンと置いた。「これは酒ではない。イエメンの賢王から、長旅の疲れを癒すためにと教わった、聖なる『クスリ』だ。これがあってこそ、俺の脳の引き出し(記憶)が完全に駆動するのだ。いいから書け、ジュザイイ。お前はスルタン様から、この俺の言葉を記録するために、莫大な国家の予算(俸給)を毎月受け取っているのだろう? ならば、その葦のペンを死ぬ気で走らせろ」
ジュザイイは無言でペンをインクに浸した。
このお喋りじじいは、アラビア語の読み書きができる法学者の一族に生まれ、法律のプロ(裁判官)として世界中で雇われてきた知識人である。文字が書けないわけではない。だが、人を感動させ、王を満足させるような、美しい比喩や高尚な詩を散りばめた「宮廷文学(文芸作品)」を書く文才だけが、決定的に欠落していた。だからこそ、自分の拙い言葉を、最高峰の文学へとハッキング(翻訳)させるために、若き天才詩人であるジュザイイがここに据えられているのだ。
「さあ、書け」じじいの目が、ナビーズの酔いで妖しく光った。「次は、あの遥か北方の極寒の地、ブルガールへ行った時の話だ」
二
「ブルガールは、凄まじい常闇の国だった」
バットゥータは、甘いナツメヤシの香りの息を吐きながら、大袈裟に身振りを手振りを交えて語り始めた。
「キプチャク・ハーン国の王妃の華麗なる輿に乗り、俺は世界の北の果てまで行ったのだ。そこでは冬になると、太陽が一瞬で沈み、夜がほんの数時間しか残らん。夕暮れの礼拝を終えたと思ったら、息をつく間もなく夜の礼拝の時間が押し寄せてくる。さらにその先には『暗黒の地』があり、人々は頑丈な犬が引く木製のソリに乗って、狐やテンの最高級の毛皮を物々交換しているのだ。大地はカチカチに凍りつき、吐く息はそのまま氷の刃となって地面に落ちる。あのマムシの如き寒さは、経験した者にしか分からん」
ジュザイイは黙々と筆を走らせていたが、ある一点でピタリと手を止めた。
彼の頭脳は、じじいの語る大ボラをそのまま鵜呑みにするほど愚かではなかった。ジュザイイは手元の天文学の書物と、じじいがこれまでに語ってきた旅の日程を、冷徹に計算していたのだ。
「おじいさん」
ジュザイイが眼鏡の奥の鋭い目をギロリと光らせ、葦のペンを机に突き立てた。
「おかしいですね。あなたが王妃の陣を出て、そのブルガールという地を往復したという日数──あなたの語る記憶をそのまま繋ぎ合わせると、わずか十日ほどにしかなりません。あの広大な泥濘と、雪の平原を、十日で往復するなど、鳥にでもならねば物理的に不可能です。……あなた、本当はブルガールへは行っていないでしょう」
部屋に、張り詰めた静寂が流れた。
嘘を見破られたバットゥータじじいは、怒るどころか、実になめらかな手つきで再びナビーズを杯に注ぎ、ふはは、と悪魔のような笑みを浮かべた。
「フハハ! 鋭いな、ジュザイイ。さすがは宮廷きっての秀才だ」
じじいは悪びれる様子もなく、悪びれずにウインクをしてみせた。
「さよう、俺はブルガールの手前の町で、寒さに震えながらナツメヤシを齧っていただけさ。だがな、ジュザイイ。十二世紀の偉大なる旅行家アブー・ハーミドの本には、確かにその常闇の光景が美しく書いてあった。俺が現地で商人どもから耳にタコができるほど聞いた噂話と、その本の記述は一寸の狂いもない。ならば、俺が『この目で見た』と語って、羊皮紙に書かせたところで、世界の広大さを伝える上では何の違いもないだろう?」
「他人の紀行文のコピペ(盗用)ですか……」ジュザイイは頭を抱えた。
「コピペではない、調和だ」じじいは平然と言い放つ。
「スルタン様が求めているのは、俺の地味で泥臭い足跡ではない。この世界がいかに広く、アッラーの調和に満ちているかという『壮大な地誌エンターテインメント』だ。俺が本当に行ったか行っていないかなど、百年のちの歴史家にとっちゃ、ただのゴミ屑のような老廃物よ。物語として面白いか、面白くないか、それだけだ。……さあ、ジュザイイ、俺の言葉を一番美しい宮廷文体に書き直せ。お前だって、この歴史的大嘘の共犯者だろう?」
三
ジュザイイは、手元の葦のペンを見つめた。
このお喋りで、強欲で、酒好きなじじいの語る大旅行記は、確かに嘘と矛盾に満ちている。だが、その嘘の裏側には、三十年間、生身の身体一つで世界を漂流し、王を騙し、パンツ一丁から這い上がってきた男にしか出せない「圧倒的な人間の生命力」が、確かに生々しく脈打っていた。
ジュザイイは苦笑し、再びインクをペンに含ませた。
のちに、フランスのパリ国立図書館に眠ることになる、ジュザイイ直筆の一次資料(『大旅行記』第2巻の写本)。その中に刻まれることになる、他人の本(イブン・ジュバイルの紀行文)からの丸ごとのコピペの跡や、じじいのお喋りに必死に食らいついたがゆえの「文法の乱れ」──それらはすべて、このフェズの宮廷の夜、二人のハッカーが繰り広げた、命がけの共同創作の戦術の傷痕そのものであった。
「……分かりましたよ、おじいさん」
ジュザイイは、じじいの傲慢な目を真っ向から見据えた。
「その『常闇の地』の描写、私が最高級の修辞を散りばめて、誰もが息を呑む不落の名作に仕立てて差し上げます。その代わり、次の中国(元朝)の旅の話は、もう少し手短に、真実味を持たせてくださいよ」
「中国か! あそこはな、鶏がダチョウのようにデカくて、全裸の姫君が宮廷を堂々と歩き回る、とんでもない無法地帯でだな──」
「また盛ろうとしている!」
二人の天才(老いた旅人と、若き編集者)の笑い声が、夜のフェズの宮廷に響き渡る。
著作権などという近代の脆弱なバリアが生まれる遥か昔、一人の愛すべきお喋りじじいの「盛った話」と、それを美しく書き換える文字の力によって、世界で最も偉大な『大旅行記』の、輝かしい一ページが今、決定的な産声を上げたのである。
部屋の窓の外には、砂漠の夜空に美しい三日月が浮かび、じじいの手元で揺れるナツメヤシの酒の海を、妖しく、指示通り優しく照らし出していた。
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大旅行記初版のタイトルは、以下の通りです。
正式なアラビア語原題
アラビア語表記:
تحفة النظار في غرائب الأمصار وعجائب الأسفار
ローマ字読み(スペル):
Tuḥfat an-Nuẓẓār fī Gharāʾib al-Amṣār wa ʿAjāʾib al-Asfār
日本語訳:
『諸都市の驚異と旅の奇蹟を観ずる者たちへの贈り物』
アラビア語で「旅・紀行」を意味する短縮形の『リフラ(Rihla / الرحلة)』の名で文学史に知られています。
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1830年代にフランスが北アフリカを植民地化する過程で、フランスの外交官(J・D・デラポルト)がモロッコからこの秘匿されていた写本を「没収」し、パリ国立図書館へと持ち帰りました。
そして1853年、アラビア語の原文にフランス語の翻訳を並べた、西洋における初の完全版『大旅行記』がパリで出版されます。その時のフランス語タイトルがこちらです。
Voyages d'Ibn Batoutah
(ボワヤージュ・ディブン・バトゥータ)
『大旅行記』が五百年も埋もれた三つの理由
1. モロッコの「西の果て」という物理的な断絶
バットゥータとジュザイイがこの本を完成させたのは、イスラーム世界の西の最果てであるモロッコの古都フェズでした。
当時の知のトレンドの中心地であったエジプト(カイロ)やシリア(ダマスクス)といった東方の知識人たちにとって、モロッコは「極西の辺境」に過ぎませんでした。本のコピー(写本)はすべて手書きの時代です。印刷機のない世界で、西の最果ての宮廷に死蔵された直筆本が東方へ流通するには、あまりにも物理的な距離がありすぎたのです。
2. 当時のエリート学者たちによる「大嘘つき(法螺吹き)」のハッキング(風評被害)
当時、東方の最高峰の歴史家であったイブン・ハルドゥーン(『歴史序説』の著者)らの記録によると、帰国したバットゥータじじいが宮廷のサロンで「中国のダチョウのような鶏」や「ロシアの常闇」をお喋りしていた際、周囲の知識人たちは「あいつはとんでもない法螺吹き(嘘つき)のじじいだ」と鼻で笑い、全く信用していませんでした。
学者たちが「あんな大嘘の塊、真面目に書き写して後世に残す価値などない」と判断したため、写本の数が爆発的に増えることなく、限られた宮廷の書庫の中にひっそりと眠り続けることになってしまったのです。
3. イスラーム世界の衰退と、一八三〇年「フランス軍の襲撃」
その後、モロッコの王朝は何度も交代し、内乱によってフェズの宮廷図書館は完全に崩壊、本は散逸して「歴史の無法地帯」へと消え去りました。
これが再び歴史の表舞台に現れたのは、一八三〇年、フランスが北アフリカ(アルジェリア)へ軍事侵攻した際のことです。フランスの軍隊が、現地の古いモスクや法官の家から、埃にまみれた数々の古いアラビア語写本を「戦利品」として強奪し、パリへと持ち帰りました。その略奪された山の中に、あのジュザイイが命を削って書いた直筆の写本(Arabe 2291)が奇跡的に混ざり込んでいたのです。
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《大旅行記:欺瞞全世的長者之夜》
【簡介】
公元1354年,摩洛哥古都非斯。一場綿延三十年、橫跨三萬英里的壯麗放浪迎来了終局。
年逾五旬的大旅行家伊本·白圖泰(Ibn Battuta)歸國,手持琥珀色的椰棗酒,純憑記憶,於深夜口述其生平。
他,是能書卻不善文墨的市井雄辯家;而奉旨筆錄的青年詩人伊本·朱宰(Ibn Juzayy),則肩負國家重任與主上期許。
矛盾重重的前行時序,公然抄襲的前人紀行。在這部被譽為中世最偉大地理奇蹟的背後,實則是一場由兩位頂尖智者在密室中聯手編織的歷史級「黑客行動(共同創作)」。
歷經五百年歲月沉睡,現存於巴黎國立圖書館的親筆手稿(Arabe 2291),其字裡行間所留下的塗改與墨痕,究竟是記憶的混亂,還是對五百年後人類的無情嘲弄
耗盡三十六歲英年生命築起的文字之城,正史與虛構交織的極致歷史文藝大作,在此盛大完結。




