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#21 鍋のち雨



「やっぱ鍋と言ったら結び糸こんにゃくでしょ」

「へ?…いやいや、結ばない方ですよ」

 スーパーの一画で買い物かごにさりげなく結び糸こんにゃくを突っ込んだ舞杏の手を止め、商品を元の場所に戻す真夏。

「こっちの方が安くて量も多いんです」

 結ばれていない糸こんにゃくをかごに入れる。

「いやいやいや、我々は今夜鍋パーティーをするんだよ?結んであれば分けやすいだろう?バラけていたらアンフェアな配分になりかねない。そうなれば一悶着だ」

 再び結び糸こんにゃくに手を伸ばす舞杏。

「いえ…。いいえ…。鷹司さん…。人は糸こんにゃくの量で争ったりしません…!」

 かごに商品を入れられないように舞杏の腕を押さえる。

「な…んだ、と…貴様…!糸こんにゃくさんに謝れっ!鷹司家では争いが起こらないよう、お鍋と言ったら結び糸こんにゃく!ひとり2個ずつよそって出すのが慣例なんだぞ!」

「それは、鷹司家が裕福なお家だっただけなのでは?庶民は結んでなくて十分なんですよ!」

「こ、この頑固者めぇ…!しみったれたこと言ってないで結んである方買えばいいんだよぅ!」

「何言ってるんです!鷹司さんお金持ってないでしょう!」

 給料日前、生活費の全てをギャンブルに注ぎ込んだ舞杏。歓迎会の鍋パーティーは双連持ちとなったが、後日費用は折半で請求されることになっている。

「わ、私だって後から出すんだ…!私にも選ぶ権利が」

「節約です!お給料日前に生活費が底を突く人に贅沢を選ぶ権利はありません!」

「ぐ、ぐぅ…」

 真夏が駄々を捏ねる舞杏を叱責するとぐうの音が出た。

『真夏ちゃんの勝利!糸こんにゃくなんてどうでもいいけど真夏ちゃんのが正論っぽい』

 店内に入れないスカーレットと共に駐車場で待機している双連から声が届く。

「どうでもいいとはなんだ!どうでもいいとは…!」

 悔しそうに唇を噛む舞杏。

『いいから早く戻ってくださーい』

「ふぅ…。買い物についてきて正解でした…。やはり鷹司さんの私生活、改める必要がありそうです」

「お前はママかよ!」

 舞杏の悲痛な叫びが店内に響いた。

 その後、合流して双連お勧めの洋菓子店を目指して商店街を人混みの中3人並んで歩く。

「人が多いところは危険だから、さっさと歩いてください」

 結び糸こんにゃくが買えずに落ち込んでいる舞杏の背中を押す双連。

「鍋後にスイーツ…?よっぽど贅沢じゃないか。糸こんにゃくだって結んでくれてもよかったのに…」

 双連に教えられたお店をナビで確認しながら一歩先を歩く真夏は、予想以上にへこたれる舞杏を見て少し同情してしまった。

「あ、あはは…」

 空笑い。そんな真夏の目の前に男が立ち塞がった。

「ちょっといいかな?」

「…?」

 シュッとしたイケメンが真夏に微笑みかけるが、へこたれていたはずの舞杏がさっと前に出て間に入る。

「悪いが、ナンパならお断りだよ。私達はこれから鍋パーティーなんでね。先を急ぐんだ、じゃ」

「はは、手厳しいな。だがまぁ、ナンパじゃないんだ。話くらい聞けよ」

 舞杏の進路を男が塞ぐ。

「お前たちにとって俺はお客さんだぞ?」

「…客?」

「あぁ、犯罪者様だ」

(自称犯罪者…?それよりも、客って…私達のことを警察だってわかってる?)

 双連は舞杏と真夏の陰に半身を隠し、自称犯罪者から見えない位置で拳銃に手をかけて周囲の警戒を強める。

「自首の相談か?担当部署が違うな。110番するか警察署へ直接出向いて相談してくれ」

「お役所仕事かよ」

(何が狙いだ…?真夏君の杖と帽子はパトカーに置いて来た…。この人混みで目印もない魔女を探し当てたとは思いづらいが…)

 双連同様、男への警戒心を高めた舞杏だが自称犯罪者はにこやかにしている。

「この間はクロムやアルたちが世話になったな」

(…!?理想なき革命家!?彼らのコードネームは報道に乗ってなかったはず!)

「…何者だ?」

 男を睨みつける舞杏。後ろの真夏にいつでも動けるようにとハンドサインを送るが、真夏は気付かず、スカーレットは当たり前のように寝ている。

「大泉元総理を殺した犯人…。お前にはタングス、と名乗ればわかってくれるかな」

 その答えに舞杏は一歩距離を空ける。

「…!…タングス…。悪いんだが私達は非番なんだよ。余計な仕事を増やさないでほしい…。見なかったことにしてやるからお家に帰りな」

「武器を装備したまま非番に入るのか?物騒な世の中になったな」

「同感だ。最近あっちもこっちも犯罪者だらけ、理想なき革命家だったかな。やる気がないんなら大人しくしていてほしいもんだ」

「ふふっ、あるさ。やる気だけはね。3日後にもイベントも予定している、その時はぜひ遊びに来てくれ」

「イベントねぇ…。気が進まないが、一応話だけは聞いてやろう」

「ありがとう。だがその前に、幸谷真夏」

「はひ?」

 タングスは舞杏の後ろに控える真夏を見つめる。

(狙いは真夏君か…?)

「公安の管理下ではいずれ命を落とすぞ。俺達の所に来ないか?」

「へ…?」

「おいおい勝手にスカウトしてんじゃないよ」

「魔法を操り怪人化した人間を元に戻すことができる魔女。敵も多いそうだな。政府組織に居てはその身が危ないだろう?敵も同じ政府側らしいじゃないか」

「…公表されてないようなことまで…。随分と物知りなんだな」

 タングスの前には舞杏が立ち、真夏とは直接対峙させない。

「隠しきれることじゃない。それに、お前達が思っている以上に俺達を支援する人間は多いんだ…。それだけ現体制に不満を持つ者が多いということ、公僕は黙って受け止めろ」

 穏やかだが棘のある言葉に舞杏の眉がピクリと動く。

「さっさと要件を話せよ。私は今虫の居所が悪いんだ」

 タングスを威嚇するように指をポキポキ鳴らす舞杏。

「結びしらたきが買ってもらえなくて残念だったな」

(コイツどこからつけて…)

「…しらたき派は黙ってろよっ!」

 声を荒らげて歯をイーッとむき出しにして凄む。

「ははは、変な奴」

「お前が言うな!もう許せん!ここで殺す!」

「待ってください!からかうのも、からかわれるのもストップ!」

 真夏の後ろから双連が声を出す。

「ひとつだけ!そのイベントと言うのはあなたが居なくても開催されるんですか?」

「そうだな、俺が居なくてもイベントは止まらない」

「そうですか、残念です。あなたを捕まえてイベント中止って訳にはいかないんですね」

「関係ないよ西園寺君。ここまで来たからにはもう見逃せない…。歯を食いしばれ!しらたき派ぁっ!!」

 舞杏は拳を握りしめ、一歩踏み込んでタングスの顎を目掛けてそれを撃ち出した。

「!!?」

 しかし、その拳はいとも簡単に受け止められた。舞杏の右の拳はタングスの左の掌に握られる。

「…!って、痛ーーーっす!!!」

 慌てて振りほどいて右手を押さえる舞杏。

「な、なんだ!?その手…!?」

(人の手の硬さじゃない!)

 タングスは手袋をしていて素肌は見えない。

「た、鷹司さん!?大丈夫ですか?」

 悶絶する舞杏を心配する真夏。 

「あ…。あぁ…泣きそうなの我慢してる…!」

(生身相手に手加減してる…はず…とはいえ、主任の攻撃を簡単に受け止めるなんて)

 舞杏の行動に周囲の人達がざわめきだす。

「仲間たちの思いに報いるだけの覚悟を示しただけだ…」

 タングスはその硬い手を握りしめる。舞杏が警戒しながら体勢を立て直すと、タングスは左手をそっと差しだしてゆっくりと拳を開く。

「…?」

 掌にはいつの間にか一本の鍵があった。

「幸谷真夏。これをキミに」

 タングスがぽん、と緩やかな放物線を描く軌道で鍵を真夏に投げ渡すと、真夏は手を伸ばしておでこで受け止めた。

「あたす!?」

「ふっ、傷害罪の現行犯で逮捕させてもらう」

「それはすまん。軽く投げたんだが」

「余罪も有るんだろう?自称犯罪者」

「それは諦めろ。ここで俺は捕まらん」

 周囲の注目を集めるなかで舞杏とタングスの視線がぶつかる。

「3日後、俺達は国会議事堂を爆破して名乗りを上げる。理想なき革命家として、悪徳政治家に復讐の鉄槌を下す!」

「は、はぁ!?ば、馬鹿なのかい、キミ達は?そんなことして何になる?」

 戦闘態勢の舞杏は呆気に取られる。

「何を言われようと計画は実行される…。虐げられた思いを、俺達の痛みを、独善たる支配者たちに思い知らせてやる…!」

 にこやかだったタングスの表情は今、怒りに満ち満ちている。

「忘れるなよ…?3日後だ…!」

 周辺から複数個所で小さな爆発音と共に大量の煙が発生する。

 タングスは真夏を一瞥して小さな球を破裂させると、それもまた煙を発生させた。

「煙幕!?待て!!」

 舞杏が踏み込んでタングスに掴みかかるが、そこにはもうタングスは居ない。

「主任!」

「2人はパトカーで安全確保を!猫君!タングスを追うぞ!」

 昔の人は寝る子と呼び、それが転じて『ねこ』となった説がある。

「起きんかーーいっ!!!」

《はにゃっ!?ごはん!?パーティーが始まったのにゃ!?》

《あ、あはは…》

「…主任、たぶんもう…」

 ざわめき煙が充満する商店街、双連はタングスが逃げおおせたことを悟る。

「わざわざ逃げ道まで用意して接触してきたんでしょう。追いかけるだけ無駄かと」

「くっ…!こけさん、タングスの情報は?」

「イエス、サブマスター。容姿からデータバンク検索、ヒットしました」

「…はぁ…。仕方ない、戻るぞ…。公安に戻って…鍋パじゃー!」

 諦めの悪い女、鷹司舞杏は有耶無耶になる前に鍋パーティーを強行することを決意した。



 商店街から数キロ離れた公園のベンチに老人と少女が座っている。少女の手にはソフトクリーム、口の周りをべとべとにしながらも笑顔で食べ続けている。

「…あぁー、ゆきー…」

 少女が近づいて来る男を指差す。

 商店街の騒動から逃げてきたタングスだった。上着を替えてメガネと帽子で簡単な変装をしている。

「みなみ、大人しくしていたか?」

「ソフトクリームー…」

 みなみと呼ばれた少女が無邪気な笑顔でそう答えると隣の老人は微笑みを見せて立ち上がり、タングスに一礼してそこから立ち去った。

 タングスは老人の背中に頷く程度の小さな礼を返すと空いたベンチそっと座る。

「美味しいか?」

「んー…おい、しー」

「ふ…そうか…。よかったな」

 少女の笑顔に緊張の糸がほどけたタングスも笑顔になった。

 

 

 公安六課の課長室にぐつぐつと煮える鍋の音が聞こえる。

「あ…あっつぅ…」

 はふはふと熱がりながらも満面の笑みで鍋を食す舞杏。糸こんにゃくを結んでもらえて満足している様子だ。

「味は変わらないでしょうに…」

「あはは…。意外と簡単に結べましたね」

 歓迎会の出資者と主賓は少々引いている。

「はぁ…。ただいま…」

 ため息と共に課長室に戻って来た清水。

「…はぁ…。君達、課長室で鍋とは何事か」

「課長が取調室はダメって言ったんじゃん!」

 強気で抗議できる舞杏。双連は堂々と無関心、真夏はおどおどしている。

「…休憩室でやりなさいよ」

「ここのソファーの方がふかふかでしょ!」

「はぁ…。来客用なんだから、汚さないように…」

 舞杏の態度に最早諦めの境地にいる清水。

「あ、あのぅ…。課長さんも、どうぞ…」

 用意していた器によそって差し出す主賓。

「ありがとう、いただくよ」

 受け取って口をつける清水。夕飯にはまだ早い時間だが、一度帰宅して連絡を受けてまた戻ったことで遅い夕飯を覚悟していた清水にはありがたい申し出だった。

「食べたね!?食べちゃったね課長さーん!これは真夏君達の歓迎会を兼ねた鍋パだ。参加したからには上の立場の者として出すもの出さないとねぇ…!?」

(チンピラだ…)

 真夏は心の声を押し殺した。不用意な思案は読み取られる可能性がある。読み取られた声は通訳される可能性がある。その前例がこの部屋で起こったからだ。当事者たちもここに居る。

《ハゲには勿体ない鍋にゃ~》

 真夏がフーフーした肉を心行くまま堪能するスカーレット。

「ハg…」

「ふむ、歓迎会と言うならばやぶさかではないが…。幸谷さんは何故こけさんのスピーカーを押さえつけているんだい?」

 熱々の鍋に曇る清水のメガネがギラリと光る。

「なにやら猫の鳴き声も聞こえたが…?」

《スーちゃんこけさん!シッ!黙秘です!喋ってはいけません!》

「にゃ…?」

 スカーレットは真夏の言葉から察し、肉だけを見つめて一心不乱にかぶりついく。

「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」

「お、美味しい美味しいって、い、言ってるんじゃないですか…あ、あはは…」

 誤魔化す真夏。

「さて、茶番はそのくらいにして、kks-300、タングスの情報を課長にも伝えてください」

「イエスレディ」

 なにかと双連には従順なこけさんは指示に従い情報をまとめる。

「理想なき革命家のメンバーと思われるタングス。本名、平岡由紀威ひらおかゆきたけ28歳男性。元防衛省職員。3年前に妊娠中の配偶者を亡くし、防衛省に復帰できずに退職。半年前にコメリッカ合衆国へ渡った記録を最後にして帰国した記録はありません」

「帰国の記録なしか…」

「はい、容疑者として指名手配されている訳ではないのに、特別なルートで帰国しているようです」

「あれは立派な犯罪者だ。やましいことはあって当然。ハイジャックの準備でもしていたか…あるいは…」

 舞杏は右手を握りしめて拳をつくる。

(奴の左手は金属のように硬かった…)

「こけさん、タングスの左手は義手だったのか?」

「いいえ、防衛省退職時点ではそのような情報はなく、その後も事故等の記録はありません」

「…そうか…。いやすまない…」

 双連は食事を終えて上品に口元を拭う。ごちそうさまです、と手を合わせた後立ち上がり、そっと清水の前に食材の領収書を差し出す。

「………」

 鍋を素知らぬ顔でおかわりする舞杏。

「それで、亡くなった配偶者と言うのは…。例の事件の?」

「はい、エルドランド生命保険金不払い事件の被害者です」

 当時、エルドランド生命保険の破綻により医療機関は大きく混乱していた。医療費を払えない患者の治療をどうするかだが、結論は単純だった。医療費の未納が続けば病院が経営破綻してしまう。そうなればより多くの患者を助けられなくなってしまうという理由で、高額医療費を払えない患者には適切な医療が受けられない人が多くいた。各種ローン会社もこの件には慎重で、医療費としての高額ローンには警戒心を強めていた。

「結婚したばかりの平岡夫妻には十分な貯えがなく、妊婦の容態の変化により急遽必要となった高額な医療費を用意することができなかったようです」

 双連が少し悲しそうな表情で報告する。

「保険金が貰えていたら、奥さんは無事だったんでしょうか…?」

 真夏も状況に同情している。

「うん、その可能性は高かったらしいよ。安い治療法を選択せざるを得なくなり、結果として母子共に亡くなったみたい」

「動機としては理解できるが、法を犯していい理由にはならない」

 舞杏は冷淡な目で熱い汁を啜る。

「ふぅ…。それで、タングス…。平岡由紀威の情報と、宣言された国会議事堂の爆破の件については既に三課の方に報告済み。三課には言っていない、課長に報告しようとしてたのは明日でもよかったんだけど…。真夏君」

「うぇ?…あ、はい…」

 真夏はタングスから受け取った鍵をテーブルに置く。

「鍵?」

「鍵です。なんの変哲もない、一般的な真鍮製の鍵です」

 双連は鍵の分析結果を清水に提出する。

「製造メーカーは不明。現時点ではそれが何の鍵なのかはわかりません」

「奴は真夏君を勧誘するようなことを言ってたからね。もしかしたら理想なき革命家のアジトの鍵だったりするかもしれないよ」

「そんな不用心な…。でも、もしそうだったとしても…。真夏ちゃん、分かってると思うけどさ、そんな奴等のところに行ったりしたら…しょっ引くから」

「い、行きませんよ…そんな危険人物の巣窟なんて…」

 真顔で言う双連に萎縮する真夏。

「そ?よかった。私も真夏ちゃんに手錠なんてかけたくないからね」

「あ、あはは…。こ、これって私が持っててもいい物なんでしょうか?」

「分析した時に複製もしてるから持っていて構わないよ。指紋も真夏君のしか出ていないし、その鍵が何を閉ざしているのか知らないけど、必要に迫られる場面もあるかもしれないからね」

「そう、ですか…」

 真夏は鍵をつんつん突いてからポケットに戻す。

「面倒が増えましたね。怪人事件で忙しいというのに…」

 小言を言う双連。

「理想なき革命家の相手は三課がやってくれるさ。我々は怪人事件に集中してもいいんだが、鷹司主任、3日後のイベントに招待されんだろう?無視するのかい?」

「三課の仕事だ、出しゃばりたくはないが、見方を変えれば理想なき革命家の敵は私達と同じであるとも言える。直接参加じゃなく気楽に見学するくらいなら行ってもいいかもしれないね」

「結局行くんですか?まぁ良いですけど。お土産は無事戻ってきてくれればそれでいいです」

 ニッコリ笑顔で双連が言う。

「行かないつもりだねぇ」

「その日は浅見議員に浅見信三氏の話を聞く予定です。イベントの時間次第ではダブルブッキングになっちゃいますからね。私達は浅見議員の方に行きますよ」

「真夏君も連れてく気だねぇ」

「へ?」

「当然、真夏ちゃんは安全な方ですよ」

「ふ~んだ、いーよいーよ、一人で行くよ」

 舞杏は唇を尖らせて不貞腐れた。



 夜、警察と各メディアに理想なき革命家からの犯行予告が出された。

 元総理大臣の大泉鈍次郎を殺害する動画が添付されたことでその予告が冗談や悪戯ではないと判断され、犯行予告は瞬く間に国内に広まった。



 3日後、伊月家の朝食の席。朝のニュースから国会議事堂の爆破予告についてコメンテーターが見解を述べている。

「こーゆーのってさぁ、予告とかしたら目的達成できないんじゃん?何がしたいんだろ?」

 ホルスはテレビを見ながらパンにジャムを塗っている。

「さぁねぇ…。革命家の考えなんてわからないけど…。今日の出勤はこれじゃないだろうね?」

「い、いいえ、今日は浅見議員さんにお話を聞きに行く予定です」

 真夏が危険な事件に関わることを心配している女将。

「浅見先生に?」

「はい、怪人事件のことで確認したいことがあるそうです」

「そうかい、それならまぁ安心だね。…そういえば、しょうちゃんはまだ保護が続くのかい?この前のシュープリーム島で怪人になった人たちに監視は付いていないんだろう?」

「そう、ですね…。島の人達とは事情が異なるそうで、晶さんはまだ保護が続くみたいですね…」

 浅見晶は怪人化を操る者に直接狙われ、シュープリーム島の島民は真夏を消すために怪人化させられた。島民は再度利用される可能性は低いと判断されたが、晶の保護はまだ続けられることになった。

 真夏は心配させないように自分が狙われているという部分をぼかしながら説明する。

「晶さんはまだ悪い人に狙われる可能性があるみたいです…」

「そう…。残念だけど仕方ないね。晶ちゃんの安全が第一だ。真夏ちゃんもね、くれぐれも危ないことに首を突っ込むんじゃないよ」

「は、はい…。善処します」

 朝食を終えてホルスを見送り、入れ替わりで迎えに来た双連と共にパトカーで浅見三子のもとへ向かう。

 怪我の容体と護衛の観点から自宅での療養となっている浅見三子。

 浅見宅の前でエアドライブから降りてパトカーはスカーレットと共に上空で待機させる。護衛している警官に挨拶して身分証を提示すると家の中へ通される。

「あ、真夏ちゃん、と…。お友達?」

 迎えたきょうは訪れた真夏と双連を見て疑問を持つ。

「今日は公安の人が来る予定なんだけど」

 あどけなさが残る2人を見て想像していた人物と違い戸惑っている。

「初めまして、浅見皛さん。公安六課の西園寺です」

 身分証を見せる双連。

「西園寺…双連…。ってあの西園寺さん!?うわー、びっくりだわ。真夏ちゃんが公安で晶のパシリをしてるのは知ってたけど、西園寺さんと一緒に行動してたなんて」

「え?西園寺さん、有名人?」

「そりゃあね、あ、いつもお世話になってますー」

 にこやかに会釈する皛に双連は両手両挙手のおかしな敬礼で返す。

「いえ、私は一介の公僕に過ぎません。本日はお邪魔させていただきます」

 リビングに案内されれると車椅子に座る浅見三子がお茶の準備をしていた。

「あら、いらっしゃい。可愛い刑事さんね」

「お邪魔させていただきます」

「ええ、どうぞ座って待ってて。コーヒーと紅茶、どちらがいいかしら?」

「お気遣いなく、公務ですので」

 凛とした振る舞いで指定された席に座る双連。きょろきょろおどおどしながら双連の後に続く真夏。

「気遣わせなさいな。娘の恩人なのよ、直接お礼も言いたかったの」

 真夏を見つめてにっこりと笑う三子。

「え…?いえ、わ、私は自分に出来ることをしただけです…」

 てへへと笑う真夏。三子は怪人化を解除した浅見晶の母親だ。

「で、でも…。ドレスのことは…すみませんでした…」

「ドレス?…あぁ、いいのよ。そもそも古いドレスだもの。それがきっかけで晶に気付いてもらえたのなら、価値のある働きをしたといえるでしょ?気にしないで。感謝しているの、ありがとう、幸谷真夏さん」

 三子は丁寧に感謝を伝える。

「…あ、はい…。お役に立てて光栄です…」

(ドレスはきっと、魔法で修繕してお返しします)

 三子と皛がテーブルに3人分の紅茶とケーキを並べる。

「じゃ、私はちょっと出てきます」

 皛は席につかずに外出の準備をする。

「あれ?皛さん、外出ですか…?」

「うん、来てもらったついでで、晶に差し入れ持っていってもらおうかと」

「あ、はい。喜んでパシらせてもらいます」

 真夏に手を振って出て行く皛。

「では、早速ですが浅見信三氏のお話を聞かせてください」

 紅茶とケーキには手をつけずにデバイスで資料を表示させる双連。

「信三さんの…?…そう…。あの人の話をするのは久しぶりね…。当時、警察の人には色々とお話ししたけれど、あなた達はどんな話を聞きたいのかしら?」

(浅見信三、精神生命体の存在を示唆する浅見文書を残した人物。下戸げこであるにも拘らず、飲酒運転で事故を起こし、死亡。当時、浅見文書の存在を知った一部の人間が捜査をしたが、結果は芳しくなく忘れ去られていった…。浅見議員は文書のことを知らないはずだと課長は言っていたけど…私達は信三氏がどこでこの情報を手に入れたか、更なる情報が浅見家にないかを調べに来た…)

「…はい…。私達は今、信三氏の事故が他殺であった可能性も含めて捜査を進めています。信三氏の人柄や交友関係等些細なことで構わないので、お願いします」

「あの人の事故をあなた達が?…あなた達は怪人事件が担当だったんじゃないの?」

「関連している可能性が浮上してきました。…浅見議員を襲った暴走車両の運転手、竹迫元基。彼が自殺したことはご存じと思いますが、自殺前に公安の事情聴取では事故についての記憶がない等、否定的な態度をとっていたいました。そんな人間が態度を急変させて自殺した事件、信三氏のお酒が飲めないのに泥酔してエアドライブを運転した事件と通ずる部分があるように思います」

「…まるで思いのままに人を操れる存在が居るみたいね」

「はい、その存在こそ怪人事件の黒幕であるのではないかと思っています。…怪人は人間が変身させられたもの。黒幕は自分達に都合の悪い人間を怪人化させて始末していたと、しかし、知名度のある人物を人知れず始末してしまえば行方不明として大きく取り上げられてしまう。そこで有名人には本人や他人を操り事故に見せかけて始末している、といった仮説です」

(そして堀田ラインの件。精神生命体が存在した場合、それが怪人化に関与していることは明らかだ)

「…そう、私も晶も、信三さんも、目立ち過ぎたのね…。森永君も、あまり目立たないようにって言っていたわ…」

 小さなため息をついた三子。

「いいわ。お役に立てるかどうか分からないけど、あの人の事を話しましょう」



 20年前。森永卓也が国会議員に初当選した時の祝賀会。

 一足先に国会議員となっていた浅見信三は政治家に勧誘した学生時代からの友人森永の当選を心から喜んでいた。

「森永!国会議員にとって一番大事なものが何か分かるか!?」

 普段から酒など飲めず、あまりの嬉しさからその日2杯目を手にしている信三の顔は真っ赤になり既に焦点は定まっていない。

「金だろ?」

 終わりの挨拶を済ませ、支援者が帰路について静かになった事務所。その場に残る男3人が炬燵に足を突っ込み鍋を囲んでいる。

 信三の問いに答えた明智新六は入れたばかりの良い肉を自分の皿に確保する。

「お前、それまだ早くないか?」

 穏やかな口調でこの日の主役が心配している。

「いいんだよ、良い肉はこんくらいで」

「浅い!明智、お前は浅いなー!お前は政治家になっちゃいけない!そーゆー奴だ!」

「飲み過ぎだぞ、信三」

「聞いてるのか?先輩の話はしっかり聞けよぉ?」

 政治家として先輩風を吹かす信三。

「大丈夫かこれ?たった3年早く政治家になっただけで一生吹かすつもりだぞ」

 同じく学生時代からの友人明智は森永を茶化すように箸を向ける。

「それは面倒だね」

 あははと笑いながら、信三の問いを考える。

「…う~ん、やっぱり、誠実さかな?」

「ぬるい!森永、お前はぬるいなー!あはは…浅くてぬるい!お前達は客の来ない温泉か!?」

「あぁもう面倒臭い酔っ払いだ」

「これでまだ2杯目という事実よ」

 古い付き合いの者だけになり公の場では見せない素を見せる3人。そこへ三子が寒そうに手を擦りながらやって来て信三の隣に入る。

「はぁ…。あったかい…。あ、詩乃さんが遅くならないようにって…」

 森永の妻と子供を見送った三子は伝言を伝えると信三の顔を見て笑う。

「飲んでるの?もぉ、やめてよね飲ませるの」

「飲ませてないよ。自分で飲んだんだから」

 上機嫌で赤くなる信三からお酒を取り上げる三子。しゅんとなる信三を見て友人たちは笑う。

「学部次席のエリート政治家も尻に敷かれちゃ形無しだな」

 エルドランドを代表する大学の医学部を次席で卒業した信三は医者にはならず、在学中に弁護士資格を取得して卒業と同時に弁護士事務所に就職した。

「いやぁ、三子ちゃんくらい管理してくれる子の方が信三にはあってるんだよ」

 同じ学部を首席で卒業した森永。必死に勉学に励んだ学生時代、自分に迫る成績を残した信三が弁護士資格まで取得したことを尊敬し一目を置いていた。

「確かに、ふらふらしすぎなんだよな。医者になる為に医学部に入って、弁護士として卒業。で、政治家かよ」

「なんだよぉ~、いいじゃないか。…医者は向いてなかったんだよぉ」

 すでに眠そうな信三はふらふらしている。

「実技がなぁ、出来るかどうかじゃなくて、苦手って人はいるんだよ。その点経済学部はグロが無くて良いよな」

 庇うように話題を逸らす森永。

「他人のものって割り切りゃ平気だろうに。ま、俺はいい会社に入って出世するのが目標だったからな、卒業出来ればそれでよかったけど、医学部よりは楽だと思うよ経済は」

 同大学経済学部卒業の明智は既に目標を達成しつつあり、大企業の出世コースを歩んでいた。高価なスーツに袖を通し、豪華な装飾がされた腕時計を身につける。

「あとは結婚だな」

 ぽつりと呟いた森永の言葉に明智は鼻で笑うと浅見夫妻を見つめる。

「お前ら見てるとそれもどうかって思うよ」

「何よそれ?結婚が悪いって言ってるの?それとも私が悪いって言ってる?」

「違う違う、自由でいたいって言ってる」

 睨んでくる三子に怯む明智。

「それより明智君、お肉取り過ぎじゃない…?」

 凄んでくる三子に姿勢を正す明智。

「あ…はい、すみません…」

 三子の目を見ないように既に取ってしまった肉を粛々と口に入れる。

「にしても、党内野党やるぞって声かけられた時は耳を疑ったもんだよ。反発する前提で推薦もらって入党するんだから、こっちの身にもなってくれってんだよ」

「いいか森永!国政ってのは政治家一人で変えられるものじゃないんだ!この腐った時代を立て直すには仲間が居るんだ!…俺はぁ、この3年で思い知ったよ…。正義が必ず勝つ訳じゃない、勝った方が正義だ…。この国を支配する構図を崩すには供に戦う仲間がいる…。…今、ほとんどの政治家は国の為に政治をやってるんじゃないよ。自分が政治家でいるために政治をやってる連中ばかりだ…」

 うつらうつらと頭を揺らしながら語る信三は三子にもたれかかる。

 そんな信三を三子がゆっくりとその場に寝かせていると、隣の部屋から寝ていたはずの幼い皛がパタパタと駆け寄ってきて両親の間に入り込む。

「ママ抱っこぉ…」

 眠そうに目を擦る皛。

「ふふっ…。まだ眠いんでしょ?ほら、パパに抱っこしてもらいなさい」

 信三と同じように皛を寝かせると、安心したように再び眠りにつこうと瞼を閉じる。

「…俺は…。この子たちが…幸せに暮らしていける国を、残してあげたいんだよ…」

 皛よりも先に眠りに落ちた信三は娘をぎゅっと抱きしめる。

「……パ、パパくちゃ~い!?」

 父親の寝息にはっと目を見開きもがく皛。

 しかし信三は娘を優しくぎゅっと抱きしめたまま離さないのだった。

 


 皛から預かった差し入れを持って浅見宅を後にする真夏と双連。パトカーに乗り込みスカーレットを膝の上に置く。

《もどりました~》

《おかえりにゃ~》

 特に何もしていない真夏だが緊張がほぐれて力が抜ける。

「お疲れだね。ケーキ食べてきただけだけど」

「そ、そうですね。何故か緊張しますよね、人の家って…」

 同意を求めるが双連は賛同したりしない。

「さて、浅見信三氏の人となりは少し分かったね…。浅見議員が言う通りの人なら、飲酒運転事故は確かに納得できない」

「誠実な人、ですよね」

「そうだね。誠実な人だったんだろうね。収穫もあった…。明智議員と交友関係があったのは知らなかったよ。それにイメージも結構違うかな」

「浅見信三さん、三子さん、森永さんと明智さん…。みんな政治家さんですね」

「うん、浅見家と森永先生が親しいことは知ってたけど、にこにこ政治おじさんこと明智議員とも友達だったとは」

「にこにこ政治おじさん…」

 以前伊月パンにて上級国民価格でサンドウィッチを買わされていた政治家。

「でも浅見文書に関する話はなかったですね…」

 頷きながら双連は時間を確認する。

「今からならまだ主任の方、国会議事堂の爆破予告時間に間に合いそうだけど、どうしよっか?」

 真夏に問いかけるが、答えを聞くより早く舞杏に連絡している双連。

『もしもーし、どうした?話は聞けたかい?』

「そうですね、参考程度には。そっちはどうです?今からなら時間までには行けそうですけど」

『いや、その必要はなさそうだね。こっちはえらい警備状況だよ」

 国会議事堂、周囲には30機のバトルフレームに500人の防衛省、警察機動隊を公安三課が仕切っていた。

「無人機が周辺を探索中。国会議事堂は昨日から立ち入り禁止で無人。爆発物の有無も確認済み、周辺の退避も完了。これでのこのこ出てきたらアホだよ、革命家さんは」

『そですか、油断して爆発に巻き込まれないでくださいね。それじゃあ、私達は少しパシってから先に戻ってますね』

 双連との通信が切れる。

「…さてさて、理想なき革命家の狙いはなんだろうね…」

 緊張感が高まる現場で舞杏は独り落ち着いて状況を見ていた。



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