弔いの炎と灰に誓う決意
剣を握っていた手の震えが止まらない。
ゼインは込み上げる吐き気を抑えきれず、胃液を何度も地面にぶちまけた。
指先に残るゴブリンの骨と肉を断った時の生々しい感触が、いつまでも消えない。
仲間を守る為とはいえ、初めて生き物の命を自らの手で奪ったという事実が、彼の精神を容赦なく削っていた。
「ッ、オエッ!」
地面に手をついて荒い呼吸を繰り返すゼイン。
そんな彼の視界の端に、使い込まれた革の水筒が差し出された。
顔をあげると、共にゴブリンと戦った仲間が無言で水筒を差し出していた。
そこに過剰な慰めの言葉はない。
「……すまん」
ゼインは震える手で水筒を受け取ると、口に含んで乱暴にゆすぎ地面へと吐き出した。
顔色はまだ青いが、それでも彼は差し伸べられそうになった仲間の手を制し、自分の足で立ち上がった。
その姿を見守っていたラグナは、今だ茫然と座り込んでいるハンスの方へ歩み寄る。
ハンスの目の前には、完全にひしゃげた馬車と、無残に引き裂かれた父親、そして貪られた愛馬の遺体が転がっていた。
それは、平和な学園生活を送っていた少年が直視するには、あまりにも残酷すぎる現実だった。
「このまま野ざらしには……出来ないよな。魔法で弔おうと思うけど、どうする?」
ラグナのその言葉に、ハンスはゆっくりと顔をあげて静かに頷いた。
「……お願いします。出来れば馬と並んで埋葬したいです。あいつは父にとって大切なパートナーだったので……」
「うん、わかった……火葬してもいい?」
「はい……父が魔物化されても困るのでお願いします」
ラグナはハンスの父の遺体と横たわる馬の遺体の周囲をそれぞれ土魔法で覆う。
まるで……あの時と同じように。
ラグナの魔法によって地面が隆起し、円筒状の土壁が形成されていく。
アオバ村が壊滅したあの日。
自分にとって家族同然だった村人たちを弔うために作った巨大な火葬炉に比べればはるかに小さいが、煙突効果を計算したロケットストーブのような作りになっている。
「今から火の魔法を使うから離れていて」
ラグナがそう声をかけると、周囲でその様子を見守っていた生徒たちは慌ててその場から離れた。
ハンスも含めて。
周囲が離れたのを確認した後、ラグナは見えないように備長炭をドームの中に設置。
着火剤ジェルを振りかけた後、火の魔法で着火。
風魔法で風を送って一気に火力をあげていく。
轟々と天へと向けて伸びる炎の音が、静まり返った森に響き渡っていた。
上部から勢いよく炎が噴き出していく光景を皆が黙って見上げる。
それはまるで薄暗い森の中で灯された、巨大な松明のようだった。
圧倒的な火力が全てを燃やし尽くしていく中、生徒たちはその凄まじい熱波を肌で感じながら、今までの常識が通用しない狂った世界へと変貌してしまった事を痛感していた。
あの日、世界の人々が聞いた謎の声。
『さぁ、世界に住む生命達よ!共に祈りましょう。この世が闇に包まれ混沌とした日々を送れますように。真の女神である我からの祝福を授けましょう。皆様、我に祈りを捧げるのです!』
あの日から、世界は確実に変わってしまったのだと。
ハンスは、父と愛馬が灰に還っていく熱を顔にうけながら、血まみれの許可書をただ強く握りしめていた。
火葬が終わるとラグナは土で穴を塞ぐ。
そしてハンスの父の墓標として、破壊された馬車の車輪が深く突き立てられた。隣の愛馬の墓標には馬具が掛けられた。
遺灰や形見が獣に漁られず、また簡単に盗まれないように、ラグナはガッチリと土魔法で基礎を固めた。
「……ここまでしてくれてありがとう」
ハンスはラグナに感謝を伝えると父の墓標に手を触れ、
「俺はこんな所で商会は終わらせねぇ……絶対に生き残って帰る。見守っててくれ」
ハンスのその力強い言葉は、傍らで見ていたゼインや他の生徒たちの心にも確かな熱を灯した。
誰もが黙って頷き、心に誓った。
「……行こう」
ゼインがハンスの肩を叩くと、改めて出発する準備を始めた。
積み切れなかった荷物については勿体ないが燃やす事になった。
「俺が荷物を燃やしてからいくよ。ダッシュバーード、先頭を任せてもいい?俺もすぐに追いかけるから」
「グゥ……グパ」
ラグナと離れたくないダッシュバーードは悩みつつも、主人の真剣な目を見て渋々頷いた。
「燃やすくらいの時間なら待ってるが……?」
「なるべくここから離れた方がいいと思う。それに日が暮れる前に野営の準備もしないと。時間はあまり無いよ」
「……わかった。すまん。俺達はもう出発するよ。お前のことだから大丈夫なんだろうけど……油断するなよ」
ゼインはそう忠告すると馬に跨り、疲労困憊の生徒たちを率いて先に進み始める。
先頭にはグパグパと声をあげながらダッシュバーードが音頭を取っていた。
皆が進んだことを見送ったラグナは、積み切れなかった分の積み荷を収納スキルで次々と回収していく。
ただ燃やしてしまうのは簡単だ。
だが、これらはハンスの父親が命懸けで運ぼうとした商会の財産である。
回収した積み荷については、王都に着いてからリオに相談し、こっそり持ち主であるハンスの父の商会に返却するつもりだ。
このまま残骸の馬車を燃やすと森に燃え広がる危険がある。手っ取り早く痕跡を消し去るため、ラグナは周囲の可燃物を遠ざけ、狙いを定めて詠唱を始めた。
「燃やせ、燃やせ、燃やし尽くせ!エクスプロージョン!!」
圧縮された火の玉が激しく光り、残された馬車の中央に着弾。
凄まじい轟音と共に大爆発を引き起こした。
爆裂魔法の熱波と爆風が周囲の木々を激しく揺らすが、延焼の危険はない。
着弾した場所には馬車の痕跡すら残っておらず、血の匂いも惨劇の跡も、すべてが吹き飛んでいた。
凄まじい爆風を受けても、強固に固定された2つの墓標だけは無事にそこに存在していた。
「よし。俺も進もう」
燃えカス一つ残らない更地を一瞥し、ラグナは地面を蹴る。身体強化による規格外の脚力で、彼はかなりの距離を高速で駆け抜けた。
なお、この常識外れな大爆発音が森に響き渡ったせいで、先行していた生徒たちの馬がパニックを起こし、ゼインたちが必死に手綱を引く羽目になったのは、言うまでもない。
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