第二十話 港町ポートルルンガ
船が着いたのは、昼頃だった。
港には、赤を基調とした屋根の建物が並び、コバルトブルーの海との対比が鮮やかで目を奪われる。
「ここが、港町ポートルルンガ……」
港は人で溢れかえっていた。
「おぉー、すごい人」
船から降りて、わたしが感心していると、船長さんが横へ来て言った。
「ああ、俺らが来た東とは人口が十倍も違うからな」
「十倍! そんなに……」
「ここ以外にも、大きな街がいくつもあってそこにはもっと人もいるぜ」
「へえぇ……」
「それはそうと……嬢ちゃん、ここでお別れだな」
「……そうですね。あの、本当にありがとうございました」
わたしは深々と頭を下げる。船長さんが乗せてくれなかったら、わたしはまだサンエルモントでじりじりとしながら船を探していたかも知れない。
「こちらこそさ。料理、うまかったぜ」
「ありがとうございます」
わたしは改めて深々とおじぎをする。
「それじゃ、わたし、行きます」
「おお」
そのときだった。甲板に、次々と人が出てきた。
「嬢ちゃん、行っちまうのかい」
「寂しくなるな」
「楽しかったぜ!」
「また来いよ!」
船乗りのみんなが、手を振って送り出してくれる。
(なかなか気のいい連中だったにゃ)
「うん、お土産ももらっちゃったし」
手の中にあるラポスの葉っぱを見て言う。
わたしは大きく手を振って、港をあとにした。
◆
ポートルルンガのギルドは、街の真ん中にあった。
サンエルモントのギルドよりも、一回り大きい。ここで見ている間にも、何人かの人が出入りしている。さすがに人口が多い分、冒険者も多いらしい。
「よし、わたしも行こう」
中へ入ろうとすると、正面にある受け付けにいた大柄な男の人が、わたしを見て言った。
「何だ、お前。ここは、冒険者のギルドだ。子供は出て行け」
随分乱暴な言い草だな、と思ったけれど、子供じゃないわたしは、大人の対応を心がけた。
「あの、わたし、冒険者です」
「お前が? そうは見えんがね」
わたしはまたむっとしたが、黙ってサマンサさんから貰った冒険者のランクバッジを見せた。
「Fランクか。じゃあ、まあ、入ってよし」
言われなくても入りますよーだ。
中は、サンエルモントのギルドと同じように酒場になっていた。ちょっと暗めの照明の下で、冒険者と思われる恰好をした、何人もの人たちがたむろしている。
がやがやと、話し声が反響している。いくつものテーブルが並んだ酒場は、サンエルモントの酒場と似ているが、あそこよりも少し規模が大きいようだ。
わたしはそれらを見渡し、そして、一番近いテーブルへ向かった。
そこでは鎧を着た男性が椅子に座り、兜をテーブルに置いて、頬杖を突いていた。
「すみません、聞きたいことがあるんですけど……」
「嬢ちゃん嬢ちゃん、ちょっと待った」
その人は、頬杖のまま、もう片方の手を振るとわたしのことをたしなめた。
「はい?」
「ここじゃ、人に話を聞くときは、酒を奢ることになってる。情報はただじゃないんだ」
そうか、なるほど。確かに情報は貴重なものだ。ただで教えてもらおうなんて、ムシがよすぎたかもしれない。
だけど……。
「じゃ、魔法学校のこと知ってます? 情報を持ってるんなら、奢らせて貰います」
わたしは言った。
だって、お酒飲んでから知りません、じゃ、奢り損だもんね。
「……はははっ! こりゃ、しっかりしたお嬢ちゃんだ。よし、魔法学校だな。情報を約束しよう」
お酒を飲みながら、その人は、魔法学校について教えてくれた。
「ルミナス魔法学校は、ここから、北西に行った内陸部にある」
「ルミナス魔法学校……北西か……」
「乗合馬車で丸一日といったところかな。話じゃ、山に囲まれたいいところらしいが……嬢ちゃん、一体何の用で行くんだ?」
「もちろん、入学するためです!」
わたしは胸を張って答えた。
「そうかい。入学してどうする」
そんなの決まってるじゃない。何でこんなこと聞くんだろう?
「魔法を覚えるんです」
「そうか。魔法を覚えて、それから?」
「強いモンスターを倒しまくるんです!」
わたしが言った途端、その人は大声で笑い始めた。
「何がおかしいんですか」
わたしがふくれると、その人は、
「いや、すまんすまん。しかし、魔法でモンスターを狩るつもりとはねえ……」
「?」
何がおかしいんだろう。魔法でモンスター狩らないで、一体どうするっていうの?
「いいか、魔法ってのはな、嬢ちゃんが思ってるほどいいもんじゃねえ。魔法はな……」
その人はテーブルに両腕を突き、身を乗り出して言った。
「弱いんだよ」
「……えっ?」
理解できずに聞き返す。男の人は言った。
「弱いの、魔法は。とてもモンスターを倒せるような力はない」
「うそぉ……」
「本当だ。魔法は攻撃用途には使えない。ただ、火をつけたり、冷やしたり、傷をいやしたり、物を運んだりと、便利なことには違いない。だから魔法を学ぼうという者は多いんだがな」
信じられない。魔法が攻撃に使えないなんて。何か幻滅……。
「かつて、大魔導士と呼ばれた人は、ドラゴンをも倒す魔力を持っていたというが……」
「!」
「それも伝説にすぎん。おそらくは後世の人間が都合のいいようにでっちあげた嘘だろう」
「そんなことない!」
わたしは立ち上がった。
「どうしたんだ、嬢ちゃん。急に」
「その伝説、きっと、嘘じゃない」
「……そうかねえ。……オイ、みんな聞いてくれ!」
その人は、酒場のみんなに呼びかける。周りの人がこちらを振り向く。
「このお嬢ちゃん、魔法でドラゴンを倒すんだとよ!」
次の瞬間、酒場は爆笑の渦に包まれた。
「魔法でドラゴンを?」
「ケッサクだ」
「こりゃいいや。おい、聞いたかよ」
わたしを指さし、肩をたたき合って、笑っている。
何よ、この人たち! わたし、ここのギルド、キライ!
わたしは顔を真っ赤にしながらも、大声で叫んだ。
「わたし、絶対に、大魔導士になってみせます!」




