第十五話 お金を稼ぐぞ
「ん、『シズの止まり木』ほどじゃないけど、まあよしとしよう」
わたしは冒険者ギルドにほど近い宿にいた。
明るいオーク材の床に、整えられたベッドとサイドテーブル。簡素な部屋ではあるが、清潔感があって悪くない。
「はー今日はスライムたくさん倒して疲れちゃった」
わたしはベッドにポフッと倒れ込む。
「それじゃあ、おやすみなさーい」
わたしが目を閉じかけたそのとき、にゃあ介が話し始めた。
(ミオン、さっきの話ニャんだが……)
「さっきの話?」
(おまえの力についてだ)
「……うん」
(気づいていると思うが、お前には、以前になかった力が備わっている)
「……」
起きあがってベッドに腰掛ける。
わたしに、以前になかった力。
わたしは洞窟での戦いを思い起こしてみた。
「うん。何か普通じゃないって感じてたかも」
あれは前の世界じゃ、出来ない動きだった。
「何で? 何でなのにゃあ介。その力は一体どこから……」
にゃあ介は、自分も考えながら、といった口調で、ゆっくり話し始めた。
(ミオンとワガハイがこちらの世界へ転生させられたとき、ワガハイの魂は、お前の中に宿った)
「うん、それで?」
(そのとき、ワガハイは身体を失った……そう思っていた。だが)
「にゃあ介の身体……完全に失われた訳じゃなかった?」
(うむ。どうやらワガハイの身体はミオンの身体と混ざり合い――)
「混ざり合う……?」
(まったく新しい身体として転生したらしい)
「…………」
(頭に生えたネコの耳や、尻尾が、その証拠。我々は融合して、完全に別の種となった)
別の種。その言葉が強く頭に残った。
「……そっか。わたし、もう人間じゃなくなっちゃたんだね」
(悲しいか?)
「ううん、全然」
それからちょっと考えて、
「ウソ。ちょっとは悲しいかも」
わたしはペロッと舌を出し、
「でも、それ以上に、よかったって思う。だって、今この世界を生き抜くには、ネコの力、必要だもの」
(そうか)
「うん、そう」
(話はそれだけだ。明日に備えて早く寝よう)
にゃあ介は言った。
「わかった。教えてくれてありがと、にゃあ介」
(……礼には及ばんニャ)
わたしは、またベッドにゴロンと寝転がると、天井を見上げて考えた。
ネコの力か……。
通りで、身体能力が高まるはずだ。スライムとの戦い、前までのわたしの力じゃ無理だった。
そう、わたしだけの力ではない。
わたしだけの身体では。
「ねえ、にゃあ介?」
わたしは仰向けのまま、ふと思い立ってにゃあ介に訊ねてみた。
「やっぱりにゃあ介も、自由な自分の身体、欲しい?」
聞いていなかったのか、眠ってしまったのか。
にゃあ介はその質問に答えなかった。
◆
「スライムなら、3個で銀貨一枚よ」
「わかりました。それでお願いします」
サマンサさんに聞くと、ギルドでは魔石の買い取りもやっているとのことなので、昨日集めたスライムをお金に変えてもらうことにした。
「ずいぶん集めたねえ……じゃあ銀貨7枚ね」
「ありがとうございます」
これで大分身軽になった。安い魔石はかさばるから、お金に変えた方がいいみたい。
「さあて、どうするか……」
「スライム」は「ゴブリン」よりも安いらしい。
舟に乗るなら船賃がかかるだろうし、それに西の大陸へ渡った後のことも考えると、今の手持ちでは、少々心もとない。
「やっぱり、もうちょっと稼いだほうがいいよね」
スライムを倒せることはわかった。
昨日の戦いで、何だか自信がついたみたいだ。
でも不思議。わたしの身体能力って、とび箱四段で尻もちつくくらいだったのに。
やっぱり、にゃあ介がわたしの中にいることが関係しているの?
とりあえずわたしは、また、初心者の洞窟に足を向けることにした。
「よし、今日は、洞窟の最深部を目指しちゃおう!」
ちょっと調子に乗ってます。
ナザーロの洞窟、通称:初心者の洞窟に到着。
「ちょっとおみやげ屋さん見てこう」
洞窟の入り口にあるおみやげ屋さんを物色する。
スライムを模した可愛らしい人形や、髪飾りなんかが売っている。
「買っちゃおうかな」
(ニャにしに来たんだお前は。無駄遣いするな)
「そうか、そうだよね、がまんがまん」
「おや、お嬢ちゃん、前にも来たね」
おみやげ屋さんのおじいさんがわたしに気づいて話しかけてきた。
「はい、今日はもうちょっと奥まで行ってみようと思って」
「へえ、こいつは儂の予想が外れたな。てっきりこないだであきらめて帰っちまったと思ってたが」
失礼な! そりゃ最初は猛スピードで洞窟から逃げ出してきたけど。わたしは頬を膨らませてむくれる。
「おっと、そう怒らんでくれ。この初心者の洞窟は訪れる者が多いんじゃが、9割方は二度と潜らずに故郷に帰っちまう。記念に挑戦してみるだけというやつが大半なのさ」
「そうなんだ。アトラクション感覚なのかな?」
「アトラ……? まあ、大方肝試し気分でやってくるんじゃろうが、実際はそんなに生易しいもんじゃないでの。お嬢ちゃんもその口かと思ったが、意外と骨があるのう」
おじいさんは顎ひげをなでながら言う。
「さて、奥まで行くんならケイブワームに気をつけな」
「ケイブワーム?」
「ミミズのバケモンみたいなもんさ。洞窟の奥に棲んでる」
「ミミズの……。うえ~」
なるべく会いたくないな……。そう思いながらわたしは洞窟へと足を踏み入れた。
入ってすぐ、例によってスライムが襲いかかってきた。
体を反転させて躱しながら短剣で突くと、一発で倒すことができた。
「やっぱり、わたし、何か動き速くなってる」
わたしはそうつぶやきながら、奥へ進んだ。
「あ、あれ何だろう」
道の先の方、地面に穴が空いているように見える。
近づいていくと、それは下階へ降りる階段だった。
「ゲームとかだと、下へ行くほど強い敵が出るんだよね……」
ちょっと腰が引けながらも、わたしは階段を降り始めた。
地下1階のスライムは、色が違った。上階は水色だったが、ここのスライムは赤い。そしてやはり上よりも幾分手強かった。俊敏で、当たりが強い。
だけどまだまだこれくらいなら大丈夫。大分戦いに慣れてきていた。
「また階段だ……」
わたしはいくつか階段を降りた。その度に、少しずつ敵の手応えが強くなっていく。
それでも、対応することができた。慎重に戦えば大丈夫だ。今のわたしなら、攻撃が見えてさえいればかわせる。
何度目かの階段を降りたところで、例のモンスターに出くわした。




