第十三話 真価※挿絵あり
「わっ」
(大きく避けるな。大きく避ければ隙が生まれる。そして、相手に攻撃を避ける時間を与えてしまう)
「ていっ」
(攻撃に移ることを考えろ。避ける動きが攻撃へ移行する一連の流れとなれば最高だ。
常に次の一手をイメージしながら動くんだ)
「難しいよ! もっと噛み砕いて、もっとゆっくりしゃべって!」
(ワガハイの言うことをよく聞け。ミオン。すべて頭に叩き込め。
しかる後に、全て忘れよ)
「もー、訳わかんないってば!」
わたしは、それでも必死でにゃあ介の言うことを理解しようとした。
大きく避けず……。避ける動きが攻撃への一連の流れ……。
よく聞いて……しかる後に全て忘れる!
「!」
攻撃が当たった。確かな手ごたえがあった。敵が壁へ吹っ飛んでいき、べしゃっと音を立てる。一匹仕留めた。
(いいぞ、ミオン!)
そのときだった。わたしは驚きのあまり、金切り声をあげた。
「きゃあーっ」
先の枝道から、スライムの群がわらわらと現れたのだ。その数、十はくだらない。一匹でもあっぷあっぷなのに、こんなの絶対無理!
(待てミオン、逃げるな)
「だって……!」
(戦え、ミオン。お前ならできる)
「できないよ! できるわけないでしょう?」
わたしはきびすを返して逃げ出そうとした。
(ミオン、ミオン、聞け。やれる。ワガハイを信じろ)
「信じろって言ったって……」
そのとき、脳裏に、ある光景が浮かんだ。何年も前、我が家にふらりと現れたにゃあ介の姿。にゃあ介はお腹を空かして、ガリガリだった。警戒しながらも、わたしの手からごはんを食べるにゃあ介。
あれから何年経ったんだっけ? にゃあ介とわたしの間に、いつしか絆のようなものが生まれた。そう感じていたのはわたしだけ? いや。
あの、トラックに轢かれる最後の瞬間まで、にゃあ介はお腹を見せて心を許してくれた。わたしのことを信じ切って、そのせいで、一緒に転生するはめになったんだ。
そのにゃあ介が信じろ、と言っている。
わたしは、くるりと振り返り、スライムたちに向き直った。
「もう! 来るなら来い!」
開き直ったわたしは、目を凝らすと必死でスライムたちの動きを観察した。暗いけれど、目が慣れてきたのか、一匹一匹の動きがよく見えた。集中力が研ぎ澄まされている気がした。
スライムたちの動き……たしかに、にゃあ介の言うとおり、単調だ。見切ってかわすのはそれほど難しくない。しかし、それは相手が一匹だけだった場合。この、十匹からいるスライムの動き、すべてを見切るのは、至難の業――。
(ミオン、深く考えなくていい。身体が動くのに任せろ)
にゃあ介の言葉が終わらないうちに、スライムたちが一斉に飛びかかってくる。
わたしは、腰を低く落とし、身構えた。
スライムの動きを見て、避ける。
見て、避ける。
見て、避ける。
ただただ、それだけを続ける。
どれくらいの間こうしているのか。
時間の感覚が無くなる。
見て、避ける。
戦いの最中だということすら忘れている。
見て、避ける。
体が勝手にスライムの攻撃を避け続ける。
気がついたら頭の中が空っぽで、体だけは勝手に動いていた。
「にゃあ介、にゃあ介がやってるの?」
(ちがう。ミオン、お前自身の力だ)
嘘でしょ。わたし、こんなにたくさんの攻撃を避けてる?
信じられなかった。敵の動きがはっきりと見えた。背後からの攻撃も、気配と予測で、避けることができた。
次々と襲い来る敵が、何だかすごくゆっくりに感じた。
(さあ、ミオン。攻撃に移れ)
わたしは短剣を抜いた。
目の前の一匹目に突き刺す。
そしてそのまま横に払い、二、三、四匹目を切る。
あとは、順にとどめを刺していった。自分の姿を遠くから眺めている感じがした。リズムに乗って、踊っているみたい、そんな風に思った。
しばらく後、
(ミオン)
にゃあ介の声で我に返ったわたしは、長い間呆けたように突っ立っていたことに気づいた。




