第百一話 寝不足
「加速魔法が欲しい!」
はじめは漠然とそう感じた。それが次第に、
「わたしには加速魔法が必要だ!」
と、確信に変わっていった。寝ても覚めても考えるのは、加速魔法のことばかり。
けれど、ユナユナ先生の言ったとおり、加速魔法は消滅してしまった。
今はもう、誰も使えないんだ。
それなら、再契約を結べばいいじゃないか! そうも考えた。
しかし、特別な条件というのがわからないし、調べようにも、学校へ通いながらグランパレスまで行くのは不可能だ。
……じゃあ、卒業まで待つ?
――ううん、今すぐ欲しい!
……それじゃあ、学校休む? それとも……学校やめる?
――それはあり得ない! 絶対、ない!
わたしがこのルミナス魔法学校を出て行くことは、天地がひっくり返ったってあるはずがなかった。
念願の魔法学校。夢にまで見た魔法の授業。ようやく入学できたっていうのに、出て行くなんて、とんでもない!
それならば、とりあえずは、あきらめるしかない。
でも、でも……加速魔法……。
どんなに言い聞かせても、ちょっと気を抜くと顔を出す。わたしの心が、欲していた。
加速魔法が、要る……!
レッサー・ドラゴンを倒すため、そして大魔導士になるため、それは必要なことなのだ……!
加速魔法に恋焦がれる悶々とした日々が過ぎた。
◆
加速魔法のことを考えすぎて眠れない夜が続き、完全に睡眠不足だった。
ハッと目を開けると、薬草学の授業が終わっているのに気づいた。
「え、ウソ……」
教卓のところに、エオル先生はもういない。
わたしは魔法学校へ来て、初めて居眠りをしてしまったのだ。
「いやー……まいったな……」
ぽりぽりと頭を掻く。
我ながら、魔法にかける情熱はすごい。
でも、魔法の授業を受けてる間に眠っちゃったら本末転倒よね。
そんな風に考えながら周りを見回すと、教室内の雰囲気がおかしい。
「…………?」
なんだか、みんなが遠巻きにわたしを見守っているような気がする。
その視線は心なしか、奇妙なものでも見るような――。
「なんだろ? いびきでもかいてたかな?」
だとしたら、恥ずかしいなあ。
わたしは確認しようとセレーナに話しかける。
「ねえ、セレーナ」
「…………!」
え、どういうこと?
セレーナの様子がおかしい。あきらかにわたしに話しかけられてびくっとしている。
「な、なに、ミオン?」
ぎこちないセレーナの対応を見て、どんどん怖くなる。
いったいどんな寝相してたんだ、わたしは。
いや、それとも。
「セレーナ、わたし、何かやらかした?」
「……あ、あの、あのね」
セレーナはすごく言いにくそうに、こう訊ねてきた。
「あの……お、おしり」
「おし……? え?」
顔がクエスチョン・マークになるわたし。
セレーナは下を向いて黙っている。
なんだなんだ。何が起きているんだ。
そのとき、ミムマムが走ってきて大声で叫んだ。
「ミオンさんー、おしりの匂いを嗅がせろってどういう意味ですかー?」
「……へ?」
一瞬わけがわからない。
教室中の生徒がわたしを見ている。
セレーナは隣で赤くなっている。
そしてわたしは気づいた。
「!」
顔から火を噴く思いだった。
「ジョ、ジョークよジョーク! いま若いおじさんたちの間で流行ってるの」
わたしは意味不明な言い訳でなんとかごまかそうとする。
「へー、あんまり面白くないですー」
「あはは。ちょ、ちょっと失礼」
あいつのせいだ。まちがいない。
わたしはみんなの視線を受けながらスタスタと教室から出ると、小声で叫んだ。
「ちょっとにゃあ介!」
(何だ? マーキングはしてニャいぞ)
にゃあ介の眠そうな声が返ってきた。
「当たり前でしょ! おしりの匂い確認も禁止!」
(うるさいにゃあ~。代わりにコミュニャケーションをとってやってたのに)
「はあぁー……」
盛大にため息をつきながら、わたしは二度と居眠りはしまいと誓うのだった。




