第百話 特別な条件
時の魔法は、今までの魔法に比べて段違いに難しいもののようだった。
実践授業のさなか、わたしの元へミムマムがやってくる。
二人は口を尖らせながら言う。
「むつかしいです~。ミオンさん、どうやるんですかぁー?」
わたしは二人に遅延魔法のやり方を説明しようとする。
「あのね、とにかくうんと魔力を練ってね……」
「うわぁ! すごい。ミオンさんの砂時計、ものすごくゆっくり落ちてる! みんな見て見てー!」
わたしは固まる。
この二人、人の話、全然聞いてない……。
「おお、ミオンさんまた成功ですね。すばらしい」
教卓の前で先生が言う。
おおーという歓声が上がり、わたしがうつむいて照れていると、うしろの方で不機嫌そうな声がする。
「ふん、こんな手品ができたところで……」
もちろんケインだ。
「何の役にも立たないさ」
「そんなことないわ、とても有用な魔法よ。あなたも文句を言ってる暇があったら練習したら?」
セレーナに言われ、
「ふん」
とケインは鼻を鳴らし、そっぽを向く。
するとにゃあ介のつぶやきが聞こえる。
(イソップ寓話の狐のようだニャ)
「イソップ寓話?」
(あの葡萄はすっぱい、と言った狐の話を知らないのかニャ)
「葡萄かあ~、葡萄も時の魔法を使えばいつでもおいしく食べられるもんね!」
(…………)
そんな風に、いつもどおりと言えばいつもどおり、時の魔法の授業は進んだ。
結局、今日もまた誰も砂時計をとめられないまま、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
教室内のそこかしこで呪文を唱えていた声が止み、生徒たちは皆自分の席で居ずまいを正す。
「……かつて、加速魔法というものがありました」
授業の終わりに先生は言った。
「対象の動きを遅くする遅延魔法とは違い、自分自身を加速する魔法です」
教壇の上の本に手を置きながら、先生は続ける。
「これなら、相手が低級だろうと高級だろうと関係ない。非常に有用な魔法であったはずです」
え! なにそれすごい。チート級じゃん!
わたしは興奮して鼻息が荒くなる。
……それ早く!
「ところが……」
そこで先生の声は沈んだ。
「あるときを境に、わたしたちは加速魔法を使うことができなくなってしまいました」
「ええ!?」
おもわず声が漏れ、口を押さえる。
でも、なんでなんで?
「おそらくは、契約が解除されてしまったのでしょうが、詳細な原因はわかりません」
もったいない! そんなにすごい魔法なのに!
「もちろん、過去には再度契約を結ぼうとした人々もいます。しかしそれは困難を極め――とにかく」
先生は、こう結んだ。
「この世から加速魔法は消滅してしまったのです」
◆
授業が終わり、ユナユナ先生は去った。
生徒たちのガヤガヤと言う声が教室に満ちる。
「むずかしいねー」
「私、全然できなかったー」
そんなみんなの声を聞きながら、わたしはしばらくじっと考えこんでいたが、
「うん、決めた!」
そう言って、ばっと跳ね起きるように立ち上がった。
もう一段、強さの階段を上がるには、やっぱり絶対必要だ。こうしちゃいられない。
「待ってミオン、どこへ?」
セレーナが後ろから訊ねる。
「ユナユナ先生のところ! 訊きたいことがあるの!」
わたしはそれだけ言い残すと、教室を飛び出した。
◆
本館へ向かう廊下の途中で、ユナユナ先生を捕まえた。
「先生! ユナユナ先生!」
「おや、どうしました? ミオンさん。――さきほどの遅延魔法は、お見事でした」
にっこり笑いながら、先生はパチパチと手を叩く。
実践授業において、わたしはクラスで唯一、砂時計を遅延させることに成功した。それを褒めてくれているのだ。
「あ、ありがとうございます」
わたしは、ちょっと赤くなってぺこり、とおじぎをしてから、胸に手を当てて息を整える。
それから、質問を切り出す。
「……あ、あの、訊きたいことがあるんですけど」
「なんなりと」
背の高いユナユナ先生は、首をかしげて興味深そうにわたしの目をのぞきこんでいる。
ちょっと躊躇したが、思い切ってわたしはズバリ訊くことにした。
「加速魔法の契約ってどうやるんですか?」
「えっ?」
驚きで、先生の目が丸くなる。
「あの、ええと……さっきの授業で、契約は困難を極め、っておっしゃっていたので、気になって……」
しばらくわたしを見つめていた先生は、
「なるほど……。そうですか」
コホン、と小さく咳をするとこう言った。
「時の魔法の契約。それには、どうやら特別な条件があるらしいのです」
「特別な条件?」
「通常の魔法契約とは、違うなにか。時の魔法にだけ必要な、条件があったようです」
「……それ、詳しくはわかりませんか?」
わたしが訊ねると、ユナユナ先生はこう言った。
「時の魔法については、現存する書物が少なく――ここルミナスの図書館でさえ、その数は多くありません」
がーん。あんなに本があるのに?
「では、どこにも情報は残っていないのでしょうか」
わたしは諦めきれずに訊ねた。
「そうですね……」
先生は腕を組んで、
「詳しく知りたければ――グランパレスの王立図書館に、時の魔術に関する文献が所蔵されているそうです」
「グランパレス……王立図書館……」
「時間があれば、私もいつか王都グランパレスで調べてみようと思いながら、授業が忙しくて先延ばしになっています」
先生は肩をすくめながら、
「加速魔法……使えたら素晴らしいですね。私もつねづね加速魔法の復活を願っているのですが」
と、遠くを見つめた。
「わたしもそう思います。……ありがとうございました。ユナユナ先生」
わたしはそうお礼を言って、その場を後にした。




