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特別編『冒険者サヤカの野望と、迷宮密室殺モンスター事件』

 文化祭での「1-Sカオス・ダンジョン事件」から数日後。

 王立高等魔法学園の放課後、彼岸サヤカがマントを翻して声高に宣言した。


「フハハハ! 我が右腕が疼く! 今こそ我ら、冒険者ギルドに登録し、真の深淵ダンジョンへと足を踏み入れる時ぞ!」


 要するに「冒険者になりたい」らしい。中二病なら誰もが一度は憧れる王道ルートだ。

 しかし、チーム・カオスの集まりは最悪だった。


「ごめんサヤカ、今日はハルお兄ちゃんの夕食の買い出しがあるの!」


「私は日課のランニング(裏山越えハードコース)だ!」


「……ちょっと、新しい毒の薬効を試す場所を探しにいくわ」


「……ん。家より静かで暗い場所で、寝る」


 ヒヅキ、ヒマワリ、ミサキ、アオイの4人は、それぞれの日常の用事を理由に、即座に帰ってしまった。


「ええい、薄情者め! ならば我が眷属たちよ、出番だ!」


 サヤカが魔法陣を展開するが、ポンッと一枚の書置きだけが現れた。


『店長お疲れッス。俺ら今週、有給消化中なんでダンジョンには行けませーん』


「悪魔が労働基準法を盾にしてきただと……!?」


 結局、残ったのは俺(桜川ハル)と、「謎の匂いがするわ」と虫眼鏡を磨いていた雪音シズクの二人だけだった。


「……で、なんで俺までギルドに来てるんだ?」


 冒険者ギルド本部。俺は深いため息をついた。


「お願いします桜川ハル君!! 文化祭での『魔王あなた』の暴虐はギルド内でも語り草です! どうか、彼女たちがダンジョンを更地にしないよう、付き添い(ストッパー)をお願いしますぅぅ!」


 屈強なギルド職員が、涙目で俺の手にすがりついてきたのだ。俺の胃痛は今日も休まらない。


 ◇


 俺とサヤカとシズクの3人は、初級迷宮『ゴブリンの洞窟』へと足を踏み入れた。


「フハハ! 血に飢えた魔物どもよ、我が魔眼の前にひれ伏すがいい!」


 サヤカが意気揚々と先陣を切る。

 だが、洞窟の中は異様なほど静まり返っていた。ゴブリンはおろか、スライム一匹現れない。


「……おかしいわ。足跡一つない」


 シズクが虫眼鏡で地面を見つめる。

 不気味な静寂の中、俺たちはあっさりと最下層の『ボス部屋』に辿り着いた。

 重厚な石の扉が、固く閉ざされている。


「ついに来たか……! 扉の奥から、強大なプレッシャーを感じるぞ!」


 サヤカが身構え、俺が重い石の扉を両手で押し開けた。


 ギィィィ……。


 重い音を立てて扉が開く。

 だが、ボス部屋の真ん中にいたのは、雄叫びを上げる強大なモンスターではなかった。


「……え?」


 俺は絶句した。

 部屋の奥。壁にめり込むようにして、ボスの『巨大ミノタウロス』が、全身から血を流して凄惨な死体となっていたのだ。


「な、なんだこれは!? 我が魔眼が発動する前に、すでに絶命しているだと!?」


 サヤカがパニックになる。

 だが、ただ一人。シズクだけが瞳を輝かせ、現場(ボス部屋)へと飛び込んだ。


「……下がって、二人とも。現場保存よ」


「シズク? お前、まさか……」


「この部屋には窓がない。唯一の出入り口である石の扉は、外側から重いかんぬきが掛けられていて、今、ハルが開けるまで完全に密閉されていたわ」


 シズクがミノタウロスの死体を指差す。


「これは単なる討伐クエストじゃない。完全な密室で行われた、『殺モンスター事件』よ!!」


 シズクは虫眼鏡をクイッと押し上げた。


「つまり――犯人は“この場にいない”。……密室殺モンスターの基本よ」


「いや、ダンジョンって元々窓がねえし、扉が閉まるのもボス部屋の仕様だろ!!」


 俺のツッコミを華麗にスルーし、シズクは死体の検死を始めた。


「……死因は一つじゃないわ。頭部への異常な重力プレスによる一撃。さらに、全身には超高温で焼かれた痕跡と、水圧で壁に叩きつけられた跡、極めて悪質な『猛毒』……そして決定的なのはこの痕。床に“コタツの四角い跡”があるわ」


「それはもう犯人分かるだろ!」


 俺の背筋に、嫌な汗が伝う。その死因(痕跡)のフルコース。

 俺は、今日の放課後に「家の用事・・・」を理由に帰っていった厄災たちの顔を思い浮かべた。


『今日はハルお兄ちゃんの夕食の買い出しがあるの!』


『日課のランニング(裏山越えハードコース)だ!』


『新しい毒の薬効を試す場所を探しにいくわ』


『家より静かで暗い場所で、寝る』


(……あいつら、買い物の『近道』や『昼寝の場所』として、このダンジョンを蹂躙して通り抜けただけだ……!!)


 ふと視線を上げると、ボス部屋の奥の壁に、ぽっかりと外の光(隣町のスーパーマーケットの裏口の景色)が見える巨大なトンネルが開いている。

 だが、シズクは探偵特有のドライアイスの霧を過剰に焚きすぎており、虫眼鏡が完全に結露してしまっているせいで、そのあからさまな大穴に全く気づいていない。


「つまり、犯人の正体は……」


 シズクがビシッと、結露した虫眼鏡で虚空を指差した。


「……重力を操り、質量を持った毒液を放ち、高水圧と極大の炎を同時に操る、伝説の『四属性キメラモンスター』よ!!」


「んなキメラいるかポンコツ探偵!!」


「フッ……謎の超大型キメラか。ギルドに報告せねばなるまい!」


「ええ。私の推理が、迷宮の闇を暴いたわね」


 満足げに頷き合う二人を見ながら、俺は静かに証拠隠滅――壁の大穴を、春魔法『偽装工作ハルシネーション』の桜と蔦で“自然な景観”にカモフラージュする作業に入った。


 ……ギルド職員に、これ以上胃薬を飲ませるわけにはいかない。


 その頃、遠くのギルド本部で、屈強な職員が理由もなく胃を押さえて崩れ落ちた気がした。

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