番外編 カトリーナ・ダニングの奮闘 5
「あの時は私にも諸事情がございまして、とか言っちゃうと、言い訳や責任回避になっちゃいますから言いません。私の事情はあくまで私だけの問題です。そこにエメライン様のお立場や心情は考慮されていません。だから、きちんと罰を受けなくちゃと思っていたんです」
裁かれないまま何事もなく、寧ろ以前より快適性の増した環境を与えられて、のうのうと暮らしているのは駄目だと思うのよ。
「下手するとあの方、今までのあれやこれやを笑顔でなかったことに出来そう……というか、最初から歯牙にもかけてませんでしたよね」
寛大なのか、鈍いのか、恍けているのか、謀っているのか、結局最後まで読めなかった。今も全然読めないけど、そのまま鈍い天然ご令嬢が正解なんじゃないかと密かに当たりをつけている。
じゃなければ、完璧に研磨された水晶玉のように、枯れ葉に擬態する虫のように、弱みとなる一切の感情を殺してしまえるということになる。
もし本当にそれが出来ていたなら、私はエメライン様が心底恐ろしい。
長年王妃教育を受けてきたであろうエメライン様の心の内は、そう簡単に読み取ることなんて出来っこない、はず。付け焼き刃程度の淑女教育しか受けていない私が、しかも下級貴族の教育水準ですら会得出来ていない、根っからの庶民である私が、高等教育を極めたエメライン様を簡単に看破できるはずがないのだけど。
出来ると勘違いした時点で、彼女のこれまでの刻苦勉励を侮辱したことになる。
でも勘だけど、今までのエメライン様が偽りだったとは、どうしても思えないのよね。
「――エメライン様は、お人柄が純粋で、堅固なお心を持った、淑女の鑑と云われる御方だ」
それまで沈黙していたレイフ様が、眉間にくっきりと深い縦皺を刻んだままぽつりと溢した。
「故に、あの方のお心を揺さぶるのは、決して容易なことではない」
「確かに。すごくポジティブな方ですよね」
「君の認識通り、君が何を仕掛けようとも、当時のエメライン様は歯牙にもかけておられなかった」
「はい。最高峰の淑女教育ってすごいです」
「王太子殿下も、エメライン様ご本人も、君を罰してはおられない」
「はい」
「その罰を与えるのが、この俺だと?」
「そうです」
決して責めたりしないエメライン様の代わりに、レイフ様から断罪してもらおうなんて勝手な話だし、これはただの私の自己満足であって、断罪がエメライン様の望む形であるとは限らない。それはレイフ様にも言えることで、エメライン様の代弁者なんて役割を押し付けているだけだ。
単純に私が、懺悔して楽になりたいだけ。
心を軽くしたい。肩の荷を下ろしたい。
どこまでも自分勝手な理由。レイフ様は、それに付き合わされているだけ。
はっきり言って、このやり取りでさえ茶番劇だ。
「……………なるほど。案外頭は悪くない、か」
「え?」
「いや、失礼した。ご令嬢に向けるべき言葉ではなかった」
「ああ、いえ。構いません。学園での私を見てよく知っているのは、一番の被害者であるエメライン様のお側近くに控えていた、アーミテイジ様だと思いますから。他人事のように自分で言うのもなんですが、頭のネジが何本か飛んでいるような危険人物でしたからね、私」
「ねじ?」
「あー、えっと、頭がおかしいって意味です」
「ああ」
「〝ああ〟って」
言う資格ないけど、納得するって酷くない?
ちょっぴりムッとしていると、レイフ様の赤い双眸が柔らかくなった。
「……………笑った……」
ああ! せっかく緩んだ表情がまた厳つくなっちゃった!
でもどっちも麗しい!
このタイミングで微笑むとか私を殺す気ですかそうですかこれが罰なんですねありがとうございます!
「……………君はいろいろとおかしい」
「よく言われます」
「俺の知っているご令嬢とは、言動の何もかもがかけ離れている」
「通常運転です」
「まず礼儀がなっていない」
「それもよく注意されます」
「異性との距離感がおかしい」
「え? そうですか?」
確かに、ユリエル殿下の腕に抱きついたりとかしていた頃は、さすがにそれは駄目だろうと今ならわかるけど、でも現在進行形で言われてる?
レイフ様と呼んで失敗しちゃったけど、他の男性のファーストネームは呼んでいないし、ボディタッチもこっちでは娼婦がやることだと指摘されて改めた。
ちゃんと改善はされていると思ってたけど、いったいどこにまだ問題が?
本気でわからなくて小首を傾げていると、レイフ様が心底呆れた様子で追加指摘したきた。
「それだ。相手の目を見て会話するのはマナーの基本だが、君のそれは男に媚びているように映る」
ええぇぇぇ~……それってどれ。
媚びる? 目を見て会話が基本なのに? 媚びるってなんだっけ。
難解過ぎて途方に暮れる私を見て、レイフ様がうんざりしたように嘆息した。
ちっ、違うの!
教えてもらえれば直すことは出来るから!
これでもちょっとはマシになってるんだから!
いろいろカバー出来ていない部分は、伸び代だと思ってほしい!
焦った私は、唐突に脈略のない、きっとあったはずの手順とかまるっとすっ飛ばして、主語のない願望だけを口走っていた。
「きょ、教会に一緒に行きませんか!」
ああ、また失敗した。




