番外編 カトリーナ・ダニングの奮闘 6
突然内容の合わない話が投稿されて混乱された方もおられるかもしれませんね(>_<)
実は拙作の1つ、『公爵令嬢に転生したけど、中身はオッサンです』の予約投稿する際、作品名を間違えるという痛恨のミスを犯しまして、題名違いで投稿してしまいました(´□`; 三 ;´□`)
お騒がせして大変申し訳ありませんでした!
2021.8.24 淡雪
正直、なんで教会に同伴してくれる気になったのかわからない。
口走ってしまったあと、ああ、これでもう二度と会ってもらえないのかと覚悟した。でも、レイフ様は数拍押し黙ってから、長居は出来ないがと付け加えた上で承諾してくれた。
嬉しい。
どうしよう。
嫌悪はされてないってことかな。
砂粒ほどはもう少し一緒に居てもいいと思ってくれたのかな。
ここから頑張ったら、また会ってくれるかな。
ドキドキそわそわしながら馬車に揺られてやって来たのは、貴族になる前まで暮らしていた孤児院だ。教会に併設されたここには、親を亡くしたり捨てられたりした子供たちがたくさんいる。
午前中は神父様やシスターに読み書きを習うので、正午を大幅に過ぎた今頃なら、子供たちは内職や院内の畑仕事を手伝っている時間帯だろう。
「あ! お姉ちゃんだ!」
「おかえりなさ~い!」
予想通り畑の世話をしていた年少の子達が、三日ぶりに訪れた私を見つけてわらわらと駆け寄ってくる。
「今日は泊まれるの? またいなくなっちゃう?」
「こらっ。無理言わないの! お姉ちゃんはもう平民でも孤児でもないから、ここには泊まれないんだよ」
「むずかしいこと言われてもわかんないよ……もう来れないってこと……?」
「いいえ。毎日だって来られるし、何日だって泊まれるわ」
そう言うと、年下の子達を窘めていた一番年長の女の子が、誰よりも真っ先に見開いた目を向けてきた。
「ほ、本当に? でも、お姉ちゃんが孤児院に来ると、お姉ちゃんを引き取った怖いおじさんが怒らない?」
「大丈夫。お姉ちゃんね、あのおじさんの弱点握ってるから、文句なんて言えないのよ」
「じゃ、じゃあ、今日泊まれる? 明日も? 明後日も?」
「勿論! 寂しい思いをさせてごめんね。シェニーだってまだまだ甘えたい年頃なのに、頑張って年下の子達の面倒見てくれてありがとう。ただいま、みんな!」
途端、シェニーは焦げ茶色の両目にぷっくりと涙を溜めて、うわあああん!と大声で泣き出した。
これまで自分達の面倒を見てくれていた、しっかり者のシェニーが大泣きしている事態に年少の子達がびっくりして固まっている。
「よしよし。頑張ったね。偉いぞシェニー」
抱き締めて頭を撫でていると、大泣きするシェニーに驚いていた年少の子達が、唐突に火が着いたように一緒に泣き始めた。
「あ~はいはい。みんなもびっくりしたね~。大丈夫よ~」
複数人が泣き喚く場面は、孤児院では日常茶飯事だ。だから必然的に年上の子が慰めたり宥めたり、仲介に入ったりと、役割は決まっていた。私もそうやって育ったし、面倒見てもらって、年下が増えれば面倒見るようになった。上の子からたくさんのことを学び、また自分も年下の子に教わったことを伝えてきた。誰もが家族で、兄弟だから。
傍から見たら収拾がつかないカオスな状況に見えるかもしれないけど、これも立派な同調なんだよね。
感情の共有。共感。分かち合い。
そうして兄弟の気持ちを理解しようとする。これも情操教育に必要な、大切な時間なのだ。
みんなまとめて抱擁していると、ふと見下ろしているレイフ様の視線に気づいた。
「ええと、何だか急に騒がしくてすみません」
「……いや、構わない」
構わないって顔じゃないんですけど。
その何とも言えない、形容の出来ない妙な表情は、何を考えてそうなったのかまったく読めないじゃない。
何を言えばいいのかわからない。正解が分からない!
そんな落ち着かない顔をしていたのか、私の様子に気づいたレイフ様は複雑そうな面持ちでこう続けた。
「君は、よくわからない人だ」
それもよく言われますが、今の私にとってあなたこそがよく分かりませんが。そっくりそのままその言葉をお返ししてもいいですか。
「君が学園でエメライン様に取っていた悪態の数々が、実は俺の被害妄想だったんじゃないかと思ってしまう程度には、ここでの君は別人だ」
「あ~……」
子供達に対してもアレだと、私ってただのガキ大将じゃない。それも年下で、物理的に押さえ込める相手に高圧的って。淑女以前に人として終わってる。
「君は俺に断罪の代行を望んだ。学園での姿だけなら、俺は簡単にそう出来ただろう。たとえ殿下やエメライン様に制止されたとしても、俺は私刑と理解した上で君を裁いたはずだ」
「はい。それこそが私が望んだ形です」
「ではなぜ俺をここへ連れてきた? 断罪を望むなら、学園でのあの姿こそが君の正体なのだと俺に思わせておく必要があったはずだ。本当にそう望むなら、君は俺をここへ連れてくるべきではなかった。いや、混乱こそが君の狙い通りなのだとしたら、俺は簡単に詭計に引っ掛かったということか」
後半はブツブツと独り言を口走っていたようだけど、私にはバッチリ聴こえましたからね?
未だぐすぐすと泣き止まない子供達を畑へ送り出してから、私はレイフ様を真っ直ぐに見上げた。
「だって、好きになってもらいたかったから」
「―――――は?」
色っぽい真っ赤な双眸が、ゆっくりと驚きに見開かれる。その様子に満足げに微笑んで、さらに言葉を重ねた。
どうか、意識して。僅かでもいいから、私を見て。
「断罪してほしいのは本当。ちゃんとけじめをつけたい。本音を言えばエメライン様本人から平手打ちくらいはしてほしかったけど、あの方はそんな野蛮な真似は絶対しないだろうから」
「それは当然だ。そのように長年教育を受けてこられたのだ」
「はい。エメライン様の激情を私が引き出すことは、たぶん不可能なんだと思います。でもずっと間近に見続けてきたアーミテイジ様なら、そのフラストレーションが溜まりに溜まりまくっているだろうから、断罪の代行を簡単に引き受けてくれそうだと思ったんです」
「随分と安く踏まれたものだが、確かにまんまと引っ掛かったからな。その点は何も言えまい」
「それは、ごめんなさい。そんなつもりでお願いした訳じゃないんですけど、今さら何を言ったところで言い訳にしか聴こえませんよね」
「まあ、そうだな」
「でも、私にとって断罪は、区切りとしてどうしても必要なものなんです。それを叶えてくれる方が、ずっと憧れていた、大好きなレイフ・アーミテイジ様ならこんな幸せなことはありません」
また、固まった。
私に好意を寄せられると、困るのかな。
それとも、断罪しにくくなる?
じっと見つめれば、苦り切った表情で顔を背けられた。
「あなたが好きです。レイフ様」
「っ! だから、ファーストネームは」
「これっきりです。愛を告げるのに、ファミリーネーム呼びだと味気ないでしょう?」
「……………」
「好きです。ずっと好き。これからもレイフ様だけを愛しています」
「やめてくれ」
やめてくれと、もう一度口にする。
「俺には婚約者がいる」
「知ってます。でもお亡くなりになったと」
「ああ。確かに儚くなって数年経つ。それでも俺には彼女以外の女性を伴侶には選べない」
やっぱり駄目か。分かってたけど、はっきり断言されるとキツイなぁ……。
「……………」
……うん?
選べない?
選びたくないとか、考えられないとかじゃなく?
「選べないって、どういう意味ですか?」
聞いた刹那、レイフ様の表情が口が滑ったと言わんばかりに強張った。
え。
え?
えっ。
「今も婚約者を愛しているから他の女性を選べない、ではなく、別の理由で選べない?」
「君には関係のないことだ」
「否定しないんですか。亡くなった婚約者に想いを残しているわけじゃないなら、遠慮はしません」
「たとえそうでも、俺が君を選ぶことはない」
「否定しないんですね。それでもいいです。私が勝手にあなたを愛して、あなたを口説くだけですから」
苦虫を噛み潰したような顔をしたって、もう遠慮なんてしないんだから!
絶対諦めたりしないわ!
そう意気込んでいた、露の間。
畑へ送り出した子供達の方から、子供特有の甲高い悲鳴が上がった。
ああ、そういえば野良犬が紛れ込むイベントがあったっけ――そんな、どこか気の抜けた緩慢な視線を向けた私は、あり得ない光景に体が震えた。
その場にいるのは野良犬だったはず。
なのに、どうして王都に、無防備な子供達がいるこの孤児院に、辺境の地に稀に現れるという魔物がいるのか。
真っ黒い靄に包まれた、大きな猪に似た魔物が咆哮を上げる。恐怖に固まった子供達へ、魔物が鋭い牙を向けた瞬間、私は喉から信じられないほど響く金切り声を発した。
「―――――やめて!!」
その刹那、血液が沸騰するような、爆発的な奔流が全身を駆け巡った。
辺り一面を、キンと冷えた冷気が漂う。
今にも襲い掛からんとする躍動感そのままに、巨猪はその場で氷の彫像と化していた。
「氷の……魔力、だと」
レイフ様の、うつけたような呟きが耳朶を打った。
氷の魔力……?
そんなはずは……だって、ヒロインに氷の魔力はなかった。
稀少な氷属性を持っていたのは、ヒロインじゃなくて、悪役令嬢の。
―――――エメライン・エラ・アークライト。




