幸せな午後
本編後のほのぼの。
思いを通わせ合ってから、エルザとルーフェンはより一層親密に過ごすようになった。
以前よりも近い距離で、以前よりも長い時間を、以前よりも熱い視線を交えて微笑み合う。そっと指先が触れれば握り合い、肩が触れれば身を寄せ合った。
その度にルーフェンは嬉しそうにしてくれた。はにかむような微笑みでエルザを見据え、躊躇なく愛の言葉を囁いてくれる。これ以上はないと思っていたのに、エルザはますます彼を愛しく思った。
その日も、グラーフェ邸内にある四阿で二人並んで座り、共に穏やかな時間を過ごす。刺繍をするエルザにルーフェンは、これは? それは? と道具や手順に興味を示した。
楽しそうに彼女の手元を覗き込むルーフェンだったが、次第に長い沈黙が流れ、エルザは不思議に思って顔を上げた。
「ルーフェン様?」
彼はいつの間にか瞼を伏せ、うたた寝をしているようだった。座ったままでは身体を悪くしそうだが、心地よさそうな寝顔を見ていると起こすのも忍びない。
「今日は気温もちょうどいいですものね」
しばらくしても目を覚まさないようであれば、声を掛けようか。
そう決めて一旦刺繍の道具を片付け、自身の肩からショールを外す。風邪を引かないよう、ルーフェンの肩にそっと掛けた。
滅多に見られない彼の寝顔に心惹かれ、まじまじと観察する。髪と同じ色の睫毛が光を反射しているようで、綺麗で羨ましくなってしまう。エルザは自身の黒い髪も決して嫌ってはないけれど、所謂ないものねだりというものだ。
立派な青年となった今も、寝顔は少々あどけない。こうして見ると、まだまだ可愛らしい少年の面影が残っているようだった。
何だか、出会ったばかりの頃が懐かしくなってしまう。あの頃のエルザは物の見事にルーフェンに嫌われていて、だからこそ初めて名前を呼んで笑いかけてくれたときは、これ以上なく嬉しかった。
そう変わりなかった身長には、いつしか大きな開きができ、隣に並ぶと見上げるようになっていた。精悍に成長していく彼に見惚れる反面、少し寂しくも感じていたことを思い出す。
今思えば、ルーフェンが魅力的になればなるほど、自分とは違う遠い存在になってしまうような気がしていたのかもしれない。
けれど実際は、今もこんなにも近くにいられる。彼はエルザを愛してくれていて、その想いを伝えてくれる。何という幸せだろう。エルザは今、世界一の幸せ者は自分だと、迷いなく断言できた。
「ん……」
見つめすぎてしまったのか、ルーフェンの瞼が震え、ゆっくりと目を開ける。起こしてしまったことを反省したが、それ以上に彼の瞳が自身の姿を捉えてくれることに喜びを感じた。
「ルーフェン様」
「あぁ、ごめん。寝てしまっていて、」
少し慌てたように、照れ臭そうにする仕草に、エルザはますます想いを募らせる。胸がいっぱいのまま口にした言葉は反射的なもので、だからこそ嘘偽りのない本心だった。
「あなたのことを、愛しています」
言葉を伝え合おう、と約束して、毎日のように彼は愛の言葉を口にしてくれた。エルザはいつもそれに応えるように、愛しています、と伝える。
だから、こんな風にエルザの方から、込み上げる気持ちのまま伝えるのは初めてだった。はしたなく思われないだろうか、と少し不安になる。
「え!?」
けれど、エルザの懸念に反し、ルーフェンは驚きの声を上げるとその頬を赤く染め上げた。
「ま、待って、待ってくれ」
そのまま片手で顔を覆って背けてしまう。エルザから見た彼はいつも穏やかで落ち着いていたから、そんな動揺しきった赤い顔など初めて見た。
「照れているんですか?」
驚きのあまり、エルザはあまりにも直截に尋ねた。ルーフェンは軽く唸ってから、観念したように口を開く。
「……照れるくらいするさ。僕は君が好きなんだから」
その言葉が示すのは、彼が感じてくれた喜びで。
恥ずかしいな、と呟いて口元を覆うルーフェンの表情に、愛しさが湧き上がる。子どものように素直で無防備な表情が、嬉しくて、幸せで、温かくて。
これからは、もっと自分からも愛を伝えよう、とエルザは固く決意した。




