聖獣の懺悔
ああほらね、やっぱりお前はディアマントを選んでしまった。
あの子を魔王にするつもりだということは伝えちゃいけないと言いつけていたのに。
ア・バオ・ア・クーを取り除いただけでは足りなかったのだ。もう決して己に逆らわぬよう誓わせ奪ったはずの心は、何百年とかけてじわじわ変質してしまった。
何があっても忘れないと言ったくせに、お前は今なおすべてを忘れたままでいる。
(オーバストはクーと再融合したか……)
盾の塔の様子を天からそっと窺いながら、ツエントルムは嘆息する。
この天上を創ってから一体どれほど嘆いてきたことか。
わたしに間違っていると言ったお前こそが、わたしに世界を守ってくれと頼んだのに。
(もういい)
大切に思っていた彼は、最初からあの亡びた国にしかいなかったのだ。
たくさんの友人に囲まれていつも幸せそうだったオーバスト。
わたしにはお前しかいなかったのに、お前にはわたし以外の大事なものがいつだって他にたくさんある。
それでもお前の頼みならばと聞いたわたしが愚かだったのか。
(もういい……)
あの頃の彼は確かにわたしを慕ってくれていたのだ。だったら過去の彼に守ってほしいと乞われたものを、これからも守り続けていくだけだ。
それが約束だったのだから。
******
魂が抜けた後、オーバストの肉体は泥のように溶けて消滅してしまった。ウェヌスはウェヌスでまったく目覚める気配がない。ゲシュタルトも、湿原に転がるただの黒焦げの塊でしかなくなった。
何がどうなっているのか少しも掴めないままなのに、更に異変は続く。アラインの腕で、ベルクの背中で、クラウディアの胸元で、三つの神具が急に輝き出したのである。
白く透明なオリハルコン。神の加護を取り戻したそれに皆一様に目を瞠った。苦々しげな舌打ちをしてみせたのは神鳥ラウダだ。彼は低い声で「先代勇者は消えたものと見なされたらしい」と唸った。
「……どういうことだ?」
アラインが問うと神鳥は多分に推測を交えて答える。「アンザーツは魔物化してしまったんだろう」と。
「魂が穢れて別の生き物になったから、勇者としての資格を完全に失ったんだ。ともかくこれで勇者は代替わりしてしまったことになる。今その娘が死ねば天変地異の魔法はすぐにも発動するぞ」
ラウダの視線がエーデルへ向けられる。もう周囲に敵らしき敵はいなかったけれど、皆の間に緊張が駆けた。
「どうしてアンザーツは魔王城に向かったんだ?」
次の問いにはバールが答えた。
「多分あのアホ、ファルシュと同化しに行ったんや。魔力を定着させんのに依代が必要やから……」
「魔王の力と叡智を手に入れ天界を滅ぼしに行くつもりだろうな。でなければ怒りがおさまるまい」
「天界だけで済んだらええけどな」
バールは無理矢理笑ったが、事態の深刻さは計り知れない。
折角何もかも上手くいきそうだったのに、どうしてこんなことになってしまったのだ。
アラインは歯痒い思いで唇を噛んだ。トルム神が天変地異の魔法を捨ててさえくれればここで笑って解散できたのに。
「どっちでもいい。僕を魔王城まで乗せてくれないか?」
何とかしてアンザーツを元に戻してあげないと。その思いだけでアラインは神鳥に尋ねる。だが神鳥たちは顔を見合わせ首を振り「先に盾の塔へ行こう」と提案した。
「オーバストがなんや話してくれるて言うてたやろ。どっちみち魔王城に行ったかてアンザーツがあれやったらなんもできひんわ」
「寧ろ決着は天界でつけることになるだろうな。こうなった以上、神とも対面しないわけにいくまい」
ごくりと息を飲み込んでアラインは頷いた。皆もそれでいいかと問いかけようとして、まだベルクが呆然としたままなのに気がつく。
「……まだ消えてない。きっと何とかなるよ。転移魔法で今から全員盾の塔へ連れて行くから、しっかり抱えてあげてろ」
喝を入れるようアラインはベルクの肩に拳を打った。腕の中の動かぬ聖女を見つめたまま、もうひとりの勇者はぐっと歯を食いしばる。
まさかこんなところで祖国に逆戻りするとは思わなかったなとアラインは奇妙な心地で魔法陣を組成した。
勇者の盾の塔――まだイックスと名乗っていたアンザーツに黒い盾ごと置いて行かれ、最初の挫折を味わった場所だ。あの頃から自分は彼に憧れていた。強く優しい、あるべき勇者像を地で行く彼に。
(でもそれも違ったんだ、きっと……)
アンザーツはアンザーツで過去の自分から脱却しようともがいていたのだろう。彼は悔いていた。ゲシュタルトやムスケルに何も打ち明けてこなかったことを。
(僕の目指したいものも、もう『アンザーツのように』じゃない)
それがなんなのかまではわからないけれど、この旅が終われば見えてくるような気がする。
「……お待ちしていました」
転移魔法が完成し、盾の塔の最上階へ到着すると、聖獣ア・バオ・ア・クーの姿でオーバストが祭壇前に佇んでいた。青みを帯びた巨体を艶やかな羽毛が覆っている。黄金のくちばし、美しい両翼、長い首と頭部を飾る黒いたてがみ。記憶に残っている通りだった。
「ずっと正気やなかったんは魂が削り取られてたせいか」
バールの言にオーバストはこくりと頷く。そうして再度全員に頭を下げ、申し訳ありませんでしたと告げた。
「この塔に番人として封じられていたものは、私が神に対して持っていた猜疑心や不信感でした。だから私は長いことあの方に逆らえなかった。……もうずっと昔、わざと天変地異を引き起こして地上の文化の発展を妨げていると教えられたとき、私は酷く反発したんです。何故そんなことをしてたくさんの命を奪うのかと。そうしたら神は永久に世界を続けるためだと仰いました」
あの方がかつて地上の滅びる様を目の当たりにしたことはお話ししましたね、とオーバストは繋ぐ。パーティから離脱していたマハトだけ戸惑うような顔を見せた。後で教えてやるよと従者に耳打ちする。
「勇者の都がある場所には元々もっと大きな都があったんです。私を含め、天界に住まう神鳥たちはみなその都の生き残りです」
「生き残り?」
「はあ? なんやそんなん知らんぞ」
当の神鳥たちもオーバストの言葉には目を丸くした。知らなくても仕方ないのだと彼は答える。
「私たちは人の肉体を離れたとき、都で生きた記憶をすべて失くしてしまったんですよ。ツエントルムは今もその忘却を嘆いています。術者であった彼だけが当時のことを鮮明に覚えていて、他には誰も何も知らないんです」
オーバストにとっても随分後になってトルム神から聞かされた話で、覚えていたり思い出したりしたわけではないらしい。
当時の神はツエントルムと名乗る大魔導師で、人類史上他に類を見ない原始魔力の塊のような男だったそうだ。
「けれど当時は今よりずっと人口も多く、魔力を有する人間自体が珍しかったんです。魔法史は古く技術こそ発展していましたが、理解ある有識者はほんの僅かでした。幼い頃から才覚を発揮していたツエントルムは両親に気味悪がられ、五つにもならないうちに都の機関に預けられたそうです」
そのとき同じ魔法機関にいたのが自分だったとオーバストは言った。ツエントルムはひとりぼっちで特殊な訓練を受けていて、プライベートの彼に会えるのは自分だけ。たったひとりの友人として二十年来の付き合いをしてきたとのことだった。
「……でも私はそれを忘れてしまった。何度も思い出そうとして、何ひとつ思い出せなかった。そうやってツエントルムを失望させ続けたんです」
聖獣は青い体毛にくちばしを埋めた。伏せられた瞼の奥にはどんな思いがあるのだろう。声はまるで己を責めるように響く。
「国の最期は呆気ないものでした。戦争が起きて、至るところで人が死に、ツエントルムも毎日のよう前線で血を浴びました。そうしたら負けそうになった相手の国が絶対に使ってはいけないとされる禁呪を使ってしまったんです。大地を破壊し生命を奪い尽くすまで止まらない、破滅の魔法が発動しました。もう皆戦争どころではなくなって、北からぐるりと雪玉のように膨れて転がってくる赤黒い嵐を避けようと必死で。僅かに難を逃れた人を除けば生きていたのは都の人間だけでした。ツエントルムは持てる魔力を最大限まで使って天界の原型を作り、結界を張り、魔法の届いた人々だけは神鳥の姿に変えてそこへ連れて行きました。何百万といた人間に比べれば千にも満たない数でしたが……」
誰の引き起こした魔法だったのか、何がどうなってこうなったのか、散り散りに残された人々には何もわからなかったという。けれど生きていかなくてはならないので、地上の人間は少しずつ集まり出し、数を増やし、また街や国らしきものを作り始めた。ツエントルムはいつか再び同じことが起きるに違いないと案じ、彼らの国づくりに干渉した――。
「破滅の魔法の影響を引き摺り未だ魔力の放出がやまない場所には辺境の国を、魔力を抑え込むためにツエントルムが陣を敷いた地には勇者の国を作らせました。それでもまだ人間を信じられない彼は、勇者の国が強大になりすぎないよう国土の三分の一を兵士の国にさせました。更に人間が強くなりすぎないように、辺境の国の北側に彼らを脅かす生命を栄えさせました。湧き出る魔力と獣の身体を利用して、人間を憎む魔物たちを……」
双方の数が増えすぎたときは大地震を起こして数減らしをしていたらしい。そうする中で、やがて勇者と魔王というシステムを思いついたのだとオーバストは語った。
「ツエントルムは地上に降り、勇者の始祖となりました。かつての敵城と自国の都、今なお残る三つの魔法の塔を用いて巨大な魔法陣を拵え、百年ごとに半分殺せば永遠に現状維持できる、永久に世界を守れるだろうと言いました。どうだ、妙案だろうと私に」
疑念を呈したオーバストにツエントルムは酷くショックを受けたという。
どうしてお前がそんな反論をするのだと。天界だってお前のために創ったのにと。
荒れ狂った神はオーバストを盾の塔に落とした。忘れてしまいさえしなければお前だってきっと喜んだのにと嘆きながら。
けれど結局別離は数年だけだった。寂しいと言ってツエントルムがオーバストを呼び戻したのだ。
「お前が側にいてくれないと、わたしはわたしがツエントルムだと忘れてしまいそうになる。……彼はそう言い、私の精神は彼の手によって引き裂かれました。天界へ戻ると私の翼は片方だけになっていました。何百年かわかりませんがずっと鳥籠の中に入れられて、その間にツエントルムは徐々に輪郭を失っていきました。肉体と同じ形をしていた精神体も今は青い発光体でしかありません。私は鳥籠に囚われながら、ずっと人間だった時代を思い出そうとしていましたが、やはり何も思い出せませんでした」
地上に落とされた神鳥に仮初の身体が与えられるのは、そうしておかないと魂を保てず死んでしまうからだと言う。天界という特殊な結界に守られた空間でなければ我々は生きていけないのだと。
「地上を覗くなっちゅー掟はそれでやってんな……」
ぼやいたバールの横でラウダも頷いた。
「なら神殿に立ち入ってはならないという掟は誰もお前に会わせないためか」
「……」
オーバストは聖獣の頭をもたげてどこか苦しげに目を閉じる。分かたれていた心が混ざり合い、今度は彼の内部で引き裂かれているようだった。オーバストの口ぶりは決して神を擁護するものではなかったが、かといって非難するものでもなかった。多くの勇者と魔王を、そして地上を苦しめてきた男なのに。
「……私が彼から離れてしまうのをツエントルムは最も恐れていました。だから何度も、何度も私を試そうとした。私が彼を手伝って、本当に天変地異を起こす一助となるかどうか」
結局私は神に従い切れなかったけれどとオーバストが顔を上げる。その黒い双眸はディアマントにそっと向けられた。
「あなたが次の魔王候補だと教えることは禁じられていました。でも私にはあなたが勇者に滅ぼされる未来がどうしても受け入れられなかった。……あの闇魔法の中であなたが私の記憶に触れてくださったので、目が覚めたらきっとお話ししようと思っていたのに、こんなことになってしまって……」
右の翼に目をやりながらオーバストは申し訳ありませんでしたと詫びる。
「お前の右腕を使ってゲシュタルトを撃ったのは、やはりあの人なのだな」
ディアマントの問いに聖獣は頷いた。己の借り受けていた器こそがツエントルムの肉体だったと。
「あの方はアンザーツという新しい身体を手に入れて一層力を増したはずです。勇者の魂が魔物となった今、肉体と精神には何の繋がりもありません。天界は魂が物質化される特殊な場所。もしアンザーツがそこへ行って神に挑めば、魂ごと壊されて生まれ変わることすらできなくなるかもしれません」
ごく、と唾を飲み込んでアラインは拳を握った。マハトが怒りを抑えようと震えているのが目に入る。
許せない、そんなことはさせるものか。
アラインも拳を強く握り締めた。
「けどアンザーツは魔王ファルシュを取り込んだんだろ? エーデルが死なない限りはファルシュも死なないんだから……」
ノーティッツの言葉にはオーバストが首を振る。
「魂が物質化するということは、それ単独の死も起こり得るということです。ファルシュが先に消える可能性は十分にあります」
「……」
ともかく急がなきゃいけないってことか。アラインは舌打ちして唇を噛む。
ファルシュと融合してしまったアンザーツを助け出し、ツエントルムから天変地異の魔法を取り上げる――それが最後の大仕事だ。
「ウェヌスはどうなる?」
悪いが今はそこにしか関心がねえよとばかりにベルクが聞いた。初めて本当に仲間を失いそうになっていて、彼らしくもなく周りを見ている余裕もないらしい。
「すみません。わからないんです、ベルク殿」
オーバストはディアマントに秘密を打ち明けたせいで身体から弾かれたのだという。ウェヌスやディアマントたち天界人は皆ツエントルムと何らかの形で言動の制約をかわしているらしい。神の子として増幅されている分の力はそれを破れば消えてなくなってしまうのだそうだ。
「ウェヌス様の場合、ご自身がご自身に架した言葉を反故にされたので、もう消滅していてもおかしくないのですが……」
「約束はふたつあったってこと?」
ノーティッツの問いにオーバストが「ええ」と肯定の意を返す。
「どういうこった?」
すぐに理解できない焦りでベルクの表情は歪んでいた。側に行って肩を支えてやりたかったが、それより早くノーティッツが説明し始める。
「ウェヌスが神様とした約束を破るとウェヌスは女神じゃなくなる。ウェヌスが女神として自分で立てた誓いを破ると消滅するってこと。まだ消えてないってことは、ウェヌスは時間が停止してる間に神様との約束を破ったんじゃないか? ぼくらと言葉を交わしたあの闇魔法の中で」
「可能性はありますね」
オーバストはノーティッツに頷いて己の推測を話し始めた。
「それならウェヌス様の契約者であるツエントルムがいなくなれば、目を覚まされるかもしれません」
そう仮説を立てながらもオーバストは苦しげだった。神がもう消えるべきであることはわかっていても、同情心を捨て切れないのだ。
それでも聖獣はディアマントから目を逸らさなかった。天の子でありウェヌスの兄である彼の言葉をじっと待っていた。
「……この阿呆を起こすためなら仕方あるまい。死ぬとわかっていて魔王になってやるつもりもないしな」
ぱあっと目を輝かせたのはエーデルだ。
「じゃああたしたちの味方になってくれるってこと?」
「貴様らが天まで神を討ちに行くと言うならな」
ふん、とディアマントは鼻息を荒げる。白いコートを背中から掴んでエーデルが「良かった!」と安堵の様子を見せた。
希望の光が差してきたからか、ベルクも元気が出てきたようだ。
「ってことはツエントルムをしばき倒せばこいつを助けられんだな?」
そう言って背中の剣を――今までずっと鞘から抜けることのなかった神鳥の剣を手に取った。眩いばかりの白い輝きにアラインは思わず見とれる。やはりベルクには剣が似合う。
「神様に逆らうのに神様から貰った武器装備してて大丈夫か?」
「多分大丈夫だと思います」
オーバストは神具が元々ツエントルムに作られたものでないことを明かした。ずっと昔から守られてきた神聖な魔道具なのだと。
「確かに今は彼の術がかかっていますが、勇者の傀儡化は血に縛られた魔法です。勇者の血を引かないベルク殿やアライン殿がそれを使っても精神を支配されることはありません。あ、でもディアマント様は絶対に持たないでくださいね! 危ないですからね!」
「それじゃこのまま盾を僕が、剣をベルクが、首飾りをクラウディアが持った状態で行けばいいね」
アラインが言うと皆頷いた。だがひとりだけ「おい」と言いかけ口を閉じる。
「どうなさったんです?」
何か言葉を紡ぎかけたディアマントに微笑んだのはクラウディアだった。
いつもこの僧侶には突っかかり気味のディアマントだが、最終決戦を前にして流石に空気を呼んだのか「なんでもない……」と黙り込む。
ふたりのやりとりを見守りながらオーバストは次に天界のある場所について話し始めた。ディアマントが神を討つと言った時点で覚悟は出来上がったものらしい。
「天は空にあるのではありません。あの内海の底、霧に包まれた海底火山がそうです」
「えええ!?」
またも瞠目したのは神鳥たちだった。「せやけど空が!」「雲が!」としどろもどろになっている。
なんでもオーバストによれば、自然エネルギーを利用し転移の陣、保護の陣、幻視の陣など多重に多種類の魔法をかけて天の楽園に見せかけているのだそうだ。
「……ツエントルムは長いことひとりぼっちでした。きっとそれが彼をあんなに歪めてしまったのでしょう。あの方はやはり間違っています」
オーバストはきっぱり言い切った。今度こそお止めしなければとも。
「アンザーツも今は神への憎しみで我を忘れてしまっています。ファルシュを取り込み玉座から魔王を引き剥がしたら、すぐにも天界を目指すはずです」
アラインは全員と目配せし合い頷き合った。成すべきことははっきりしている。後は準備を万全にして挑むだけだ。
「天界へ行く前に試したいことがある。少しだけ時間が欲しいんだけど、いいかな?」
塔の麓のヒルンヒルトの家へ行きたいと要望を告げるとクラウディアが即座に「案内します」と応えてくれた。
「家があるなら助かるな。ぼくらもウェヌスを休ませてあげる場所が欲しいしね」
「ああ、戦闘終わったばっかだしな。ちょっとは英気を養っとこうぜ」
ベルクとノーティッツも、一刻も早くウェヌスを目覚めさせたいだろうにすんなり了承してくれる。
オーバストは支度が終わったらまた最上階へ戻ってきてくださいと言った。天界へは彼が連れて行ってくれるとのことだった。
「皆さんの準備が整うまで、アンザーツが天界へのゲートを通過しないかどうか私が見張っておきます」
最上階から地下まで降りる魔法陣へとアラインたちは次々に飛び込んだ。魔力の回復を考慮すると、やはり一晩はじっとしておきたい。自分はそこまで疲弊していないけれど、ハルムロースと死闘を繰り広げていた面々はそうもいかないだろう。
「アライン様、試したいことって何です?」
「……上手く行ったら教えるよ」
マハトの問いには曖昧に返した。上手くいけばいいなと思ってはいるが、期待がかかると失敗したときの失望が大きい。
「この期に及んでまだ俺に隠し事します!?」
「わかったわかった! お前の目の前でやってやるから!!」
両足が地面に着くとアラインはマハトを連れて大急ぎで賢者の隠れ家へ向かった。
魔法陣に触れてもいない人間がいたことにはまったく気づいていなかった。
地上へ降りて行ったアラインたちを見送り、最後に残ったのはディアマントだった。
あの記憶を垣間見たのだから当然思うところは多々あろう。
どう呼びかければいいか逡巡し、結局いつものように「ディアマント様」と呼ぶ。
こちらを見上げた顔は掴めない距離間に張り詰めていた。だが眼差しは見たこともないほど真摯で、たちまち胸が締めつけられる。
「一度くらい父親らしく振る舞えばどうだ」
そんな風に命じる時点で齟齬があるのに、おかしなもので酷く嬉しがる自分がいる。
ずっと話したかった。どれだけ自分が彼を愛しているか。
「もう人の身体がありません」
首を振るとディアマントの方から近づいてきて、聖獣の首元に寄りかかった。翼でその背を優しく包み、オーバストは「さあ行ってください」と囁く。
「あなたは長男なんですから、妹も弟も守ってあげないといけませんよ」




