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「勇者への道 三日月大陸冒険譚」  作者: けっき
第十三話 辺境の攻防 前編
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戦闘開始

 首飾りの塔の最上階。地下から昇ってくる人の気配を感じ取ってヒルンヒルトは顔を上げた。

 三つの塔と魔王城、勇者の都は強い魔力で結ばれている。前回の古代神殿ではゲシュタルトの邪魔が入って失敗に終わったため、ここから魔王城と交信できないか試しに来たのだ。侵入者を拒む強力な結界さえなければ、転移魔法で直接赴くこともできたのだが。

 百年前と違い、魔王ファルシュは一切の自我を失くしている。彼が己の肉体を分け与えた者――即ちイデアールに、早々にこれまでの経緯を打ち明け協力を仰がねばならない。肉体が滅びれば魂もいずれ消滅する。もしイデアールが人間に挑み、殺されることになれば、今までやってきたことのすべてが水泡に帰してしまう。

(ファルシュが息子に事情を説明しておいてくれれば助かったのだがな……)

 そういうわけにもいかなかったようだ。魔王城で話し合った時点でおそらくギリギリだったのだろう。生まれてきたイデアールは父の苦悩など何も知らずに育ったわけだ。だからこそ彼は父を亡霊にした人間を苛烈に憎んでいる。

(イデアールに退けと諭すより、勇者候補らに彼を倒してはいけないと諭す方が早いか?)

 ヒルンヒルトは書を閉じて祭壇から背後を振り返った。魔法陣の輝きがこの最上階まで届いている。もう誰か到着するようだ。


「あ、あれ……!?」


 依代とした賢者の知人が先客に目を丸くした。最初に現れたのはアラインという名の少年。彼は自分の血を受け継ぐ人間でもある。

「あーっ! ヒルンヒルト!! ジブンこないだはよぉやってくれたなあ!!」

 と、その傍らから神鳥バールが猛然と向かってきた。先日ラウダに頼まれて風を起こしたのを根に持っているらしい。

「やはり追いかけてきたか。だから逆効果だと言ったのに、ラウダも素直じゃないからな」

「何を知った顔で言うとんねん!! っちゅーかラウダ! あのアホどこや!?」

「彼はアンザーツと都へ向かったよ。魔物たちの様子がおかしいので気になると言ってね」

 アンザーツの名を出すとバールはピタリとくちばしでつつくのを止めた。アラインの方も神妙な面持ちでこちらを見つめている。

「……やっぱりイックスがそうやったんか?」

「ああそうだ。百年前に私が彼を封じた。目覚めてからは別の名を名乗るように言い添えて」

 答える間にも次々と彼らの仲間が上がってくる。知った者もいれば知らない者もいた。中には非常に興味深い者も。

「ハルムロースの身体は無事なのか?」

 アラインの問いにヒルンヒルトは頷いた。定着はほぼ完了し、今は見た目もヒルンヒルトそのものになっている。眼鏡はつけておらず、髪は薄紫、目は水色だ。憑依を解けばすぐに元に戻るだろうが、暫く先になるだろう。自分には肉体が必要だし、あまりこの男に動き回られても困る。

「心配してやる必要はない。知らないようだから教えてやるが、ハルムロースは魔王城で暮らす高位魔族だ。魔王の座を狙う一環として君に近づいた。自分が禁呪を受けたことにも気がつかなかったか?」

「え……?」

 ふわ、とアラインの間近まで飛ぶと、ヒルンヒルトは人差し指を少年の心臓に突きつけた。

「無理に力を抉じ開けられて損傷しかけている。魔法を浴び過ぎると立っていられないほどの激痛が襲うぞ」

 魔剣士との一戦を思い出してかアラインは息を詰める。彼を庇うよう再び神鳥が羽ばたいて、ヒルンヒルトは半歩下がった。

 フロアには五人の若者が並んでいた。名前がわかったのは三人。アライン、クラウディア、オーバスト。新参者はふたりだった。きらめかしい黄金の髪の青年と、褐色の肌と魔物の眼を持つ少女。

 成程な、とヒルンヒルトは薄く笑った。魔王城との交信は結局できそうにもないが、他に大きな収穫が得られた。

「なにわろとんねん!! ジブンら何を始める気ィしとんのや!!」

 わからないことだらけでバールは憤慨し通しだった。顔を真っ赤にしてヒルンヒルトを睨んでくる。

「別に悪企みをしているわけではないさ。だが天から使者まで遣わすとは、我々の所業に神とやらも相当焦らされているようだな」

「せやからそれを説明せえっちゅうねん!」

「まあ待て」

 ヒルンヒルトは最上階から見える空の一角を示す。青空に浮かぶ黒ずんだ塊を。

「ゆっくり話して聞かせてやりたいところだが、そうも言っていられないようだ。見えるか? あの魔物の大群が。――方角は南だ。辺境の都へ向かっている」

「……!?」

「何あれ、全部魔物なの……!?」

「来る気があるなら転移魔法の連れにしてやるが、どうする?」

「……! 都にはベルクたちがいる。僕らも加勢に行かないと……!」

 提案にアラインは緊張したまま頷いた。やや頼りなげな面はあるが、いつも真っ直ぐ進もうとする健気な若者だった。

 ゲシュタルトの娘を引き取り、やがて己の妻とした後、こんな人間に血が繋がるとは思いもしなかった。自分自身は最後まで世界や人類のためになど生きられなかったのに。




 ******




 爆発が起きたのは魔道具店で新しい斧を購入した直後のことだった。

 粉塵舞い踊る大通りをマハトは駆ける。手には真新しいバトルアックスを持って。

 購入理由は簡単だった。魔法耐性があり、そう簡単に壊れないと言われて即決したのだ。今まで使っていたものよりひと回りほど大きく多少扱い難くはなるが、倍以上の威力を発揮できるのも魅力だった。

(結界があるって聞いたがどうなってんだ!?)

 外壁を破壊されるなどということは市民たちもあまり想定していなかったようで、人々は悲鳴の中を逃げ惑っている。その波を掻き分け、ともかくマハトは現場へ急いだ。

「落ち着いて! 市民の皆さんは所定の避難場所へ急いでください!!」

 そこへやって来たのは甲冑に身を包んだ兵士と長い杖を持った魔法使いたちだった。彼らの姿を見るや、さっきまでパニック状態だった人々が落ち着きを取り戻す。押し合いへしあいしていたのが規律を守って進むようになり、巨大な魔法石の据えられた建物の中へ足早に逃げ込んでいった。

「俺は旅の者なんだが、良ければ協力するぜ」

 そう申し出ると兵士は「おお、もしや勇者殿の? ありがたい、では一緒に来てくれ!」と隊列にマハトを混ぜてくれた。

 緊迫した様子で部隊の者は空を見上げている。同じように頭上へ目を向け、マハトは愕然と目を見開いた。

 雨雲が出たのかと思うほど暗い。その理由は空を埋め尽くす魔物の軍団にあった。結界に空路を塞がれ街に入ってくる者はないが、絶望的なほどの数で王都を取り囲んでいる。

「大変です! 敵の中に結界に干渉してくる魔族がいます!! 何匹か街の中に魔物が――!!!」

 先遣隊の報告にぞわりと背筋が凍らされた。




 駆けつけた裏門のすぐ側には抉じ開けられた穴が見えた。侵入したという魔物たちは魔法部隊によって既に撃破されているようだ。だが穴の向こうで結界を崩そうとしている男には仕掛けた攻撃をことごとく跳ね返されているようだった。

 立っていたのはドラゴンの耳を持ち、紅い髪と金の眼をした魔族の青年。ひと目見た瞬間、マハトはエーデルを思い出した。似ている。あの紅髪の少女と。

「あの男を倒せ!! これ以上結界の穴を広げてはならん!!!」

 怒号が響き、何十という兵士たちが一斉に男へ向かう。その第一波に、穴から顔を覗かせた火吹き蜥蜴が炎の息を吐きかけた。

(危ない!)

 だが炎は彼らに届く前に凍りつき、さらさらと砂のごとく流れる。魔法部隊による後方支援のおかげだった。

 やはり魔法国家を名乗るだけはあるなとマハトは感嘆の息を漏らす。穴はまだマハトの背丈くらいの直径にしか達しておらず、大きな魔物は一、二匹ずつしか侵入できない。狙い撃ちにされるとわかると敵も尻込みし始めた。

 魔法部隊の面々は各々の杖に炎を灯し、火の属性がない者は風か雷を宿らせた。結界の穴に向けて全員で魔法を放ち、男を葬り去ろうと言うのだ。

 対抗して、あちらからもヴォルフの群れが飛び出した。小型だが俊敏な動きをする狼タイプの魔物である。何人かが襲われ、堪え切れず杖の先の魔法をぶつけた。

 マハトは兵士たちに混ざり、魔導師の防護に務める。魔法が発動するまでの間、入り込んできた魔獣たちを懸命に追い払った。

「一斉放射用意!!撃てええええッ!!!!」

 司令官の合図で穴が炎に包まれる。風と雷で威力を増したそれは、結界に綻びを作り出している男に直撃したようだった。

(どうだ?やったか?)

 煙の奥にマハトは目を凝らす。斧でヴォルフの胴体をかっ捌きながら、穴が塞がっていることを願った。こんな広い都で市街戦など考えたくもない。

 だが敢えて避けなかっただけあって、魔族の男は平然とその場に立ち続けていた。

「……この程度か。やはり人間は脆弱だな」

 鼻で笑うと男は掌をぐっと結界に押しつけた。まるで穴を開けるコツがわかってきたとでも言うように、触れたところから次々と大小の爆発を引き起こす。

「さあ、これでどうだ?」

 強烈な光と熱が全身を包んだ。伏せた身を起こしマハトが前方に目をやると、裏門周辺の結界は外壁の一角と共に綺麗に消し飛んでいた。あれよと思う間もなく魔物たちがなだれ込んでくる。辺りは騒然となった。

 兵士や魔法使いたちが応戦するが、形勢はたちまち逆転した。あまりにも敵の数が多すぎた。マハトも必死で武器を振り回すが、どれくらい持ち堪えられるかはわからなかった。

「さて、それでは私は王城へ向かう。この辺りは任せるぞ」

 軽やかな仕草で男は地面を蹴る。王城へ向かうとの言葉通り、翼を広げて一直線に街の中心へ消えていく。あまりの速さに誰も追うことができなかった。

「グオオオオオオオオオ!!!!!」

 更に地中から巨大な竜が姿を現す。炎のような赤い身体と八つの頭を持つそれは、明らかに他の魔物とは一線を画していた。

 大気を震わす吼え声と灼熱の炎が浴びせかけられる。氷魔法が放たれたが、溶かされたのはこちらの攻撃の方だった。

(やっべえ……ッ!!!)

 そのときだ。強い風が吹き、迫りくる炎を押し戻した。


「ヒュドラか。あれはかなり手強いぞ」


 間近に響いたのは聞き覚えのある声。

 マハトがすぐ横を覗くとイックス――否、アンザーツと呼ぶべき青年が剣を構えるところだった。




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