百年の時を越えて
城をも揺るがす轟音に宮廷魔導師長ノルムは弾かれたよう階段を下り始めた。彼女に続いてベルクたちも地上へ駆ける。都が攻撃を受けたのに間違いなかった。
一階まで下りるとウングリュクが兵士たちに指示を出し、街へ送り出しているところだった。
「陛下! 俺たちも加勢するぜ!!」
叫んでベルクは城門を飛び出す。ノーティッツとウェヌスも後に続いた。
隊列を組んで急ぐ王国軍の横を駆け抜けながら、空に翼を広げた無数の魔物たちを睨みつける。飛べるタイプがあれだけいるということは、地上や地下にもそこそこの数がいるはずだ。魔界中の魔物を掻き集めてきたのではないかと思うほど都を囲む敵は多い。
「結界が破られたらヤバイどころじゃないぞあれ」
口調こそ飄々としていたが、ノーティッツの顔は青ざめていた。女神であるウェヌスでさえ。
「おい、大丈夫か?」
心配になって彼女に声をかけると女神は両手で口元を覆った。敵に取り囲まれた恐怖で吐きそうになっているのだろうか。
(くそ! お前がそんなデリケートな女かよ!)
そう毒づくベルク自身徐々に表情が強張ってくる。一匹一匹は強敵と言うほどではないかもしれないが、数が暴力的だった。そのうえ前方の兵士が「結界の一部が損傷している!! 魔物たちが入りこんでるぞ!!!」などと叫び出す。
さっき城で聞いたもしも話が完全に現実となり始めていた。せめてアラインたちもいてくれれば助かったのだが、いないものに頼るわけにいかない。
「あ! そういえば戦士の兄ちゃんは!?」
「マハトさんなら武器がどうのって言ってたから、裏門側の商業地か魔法研究施設辺りにいると思うけど……」
「あの煙が出てるの裏門じゃねえのかよ!?」
舌打ちしたい気分でベルクは速度を上げた。
別れずに城まで同行してもらえば良かった。マハトに何かあったらアラインに申し訳が立たない。
「……もう駄目ですベルク……っ!」
「ああ!? ど、どうしたウェヌス?」
額を真っ青にしてウェヌスが滅多にない弱音を吐く。涙を溜めた目で見上げてくるのに驚いて、ベルクとノーティッツは立ち止まった。
「口をきくなと言われていたので息を止めていたのですけれど……! もう限界ですわ!!」
はあはあと息を吸い込むウェヌスにベルクは無言で渾身のツッコミを入れた。ノーティッツも止めなかった。
「これから戦いに行くっつうのにホンット余裕綽々だなお前はーーーー!!!!!!」
自分たちに今ひとつ緊迫感が足りないのは絶対にこの女のせいだと思う。これで緊迫感を持てという方が無理だと思う。
ウェヌスは「あなたが私にそうしろと命じたのでしょう!?」と怒っていたが、もはや叱る気も起きなかった。
「はは、いつも通りだ」
再び走り出したノーティッツが笑う。まったくこの女神様はとぼやきながら、ベルクも肩の力が抜けるのを感じた。
巨大な火柱が噴き上がったのは直後のことだ。
「うわあああ!!!! 結界が破壊されたぞーーーー!!!!!」
そんな悲鳴が耳に届いた。見上げると街を包んでいた結界の五分の一ほどが跡形もなく消し飛び、開いた口から吸い込まれるよう魔物たちが侵入を開始したところだった。
――近辺は数分と待たず魔物の気配に満たされた。数合わせで連れて来られたのだろうなという雑魚もいれば、一撃では死なない骨のある奴もいた。切っては捨て、切っては捨てを繰り返すも一向に数は減らない。水牛の群れにでも放り込まれた気分だった。
「ノーティッツ! あんまウェヌスから離れんなよ!!」
「わかってるよ!!」
回復役である女神を守りながら襲いかかってくる魔獣や魔虫を薙ぎ倒す。辺境の兵士たちも善戦していたが、多勢に無勢、こちらの劣勢は明らかだった。支給品の傷薬はあっという間に消費され尽くした。にっちもさっちも行かなくなった兵士から順にベルクの周囲へ退避してくる。彼らを励ましつつベルクはひたすら剣を振るった。
「大丈夫ですか、みなさん!!」
と、そのときうねる炎が魔物たちの第一線を退けた。さっき置いてきた部隊が追いついたのだ。
「おお、ノルム様だ!! 魔法隊が来たぞ!!!」
援軍の到着にわあっと歓声が起こった。
魔法使いたちの放った炎が敵を焼く。氷が魔物の足を縫い止め、雷が行く手を阻んだ。背中を狙われそうになれば、土魔法で形成された壁が兵士たちを守った。癒しの魔法は風に乗り、広範囲の味方を治癒する。
ベルクはヒュウ、と口笛を鳴らした。辺境の軍隊は役割分担がはっきりしていて統率が取れている。素直に心強い。
「撤退の準備をお願いします!! 結界の損壊を受け、陛下は籠城作戦をご決断なさいました!! 繰り返します!! 撤退の準備をお願いします!!!」
魔法を放ち、魔物たちを圧倒しながらノルムが叫んだ。その命令に兵士たちは即座に三人組を作って退却を始める。兵士ふたりに対し魔法使いひとりの編成が緊急時の基本らしい。ますます訓練が行き届いているなと感心した。
「ベルクさま、ノーティッツさま、ウェヌスさま、あなたがたも一度ご退却を!」
ベルクたちの姿を見つけた魔導師が駆け寄ってきてそう告げた。
「籠城して策はあるのか?」
じわじわ消耗するだけじゃないのかと尋ねるとノルムは「大丈夫です」と自信ありげに笑った。魔物とは戦い慣れているのだろう、彼女に怯んだ様子は見受けられなかった。
「ベルク、危ない!」
「っとぉ!!」
ノーティッツの射た矢がベルクの背後に迫っていたヴォルフを貫いた。このところノーティッツは剣だけでなく槍やら弓やら投石機やら、様々な武器を扱う。曰く、凡人は臨機応変にやらなければ生き残れないそうだ。
「道を開けます! 城までお急ぎを!!」
ノルムの翳した杖の先から真空の刃が乱れ飛ぶ。群れを成していたヴォルフたちはキャウンキャウンと鳴き声を上げ逃げ出した。
が、今度はまた新手に囲まれる。赤紫色の毒々しい毛並みをした巨猿がベルクたちに飛びかかってきた。
「おいベルク、お前の親戚だろ! なんとかしろよ!!」
「親戚じゃねえぇぇ!!!」
ノーティッツが呪符を投げ、巨猿の肩に炎を撒く。丸太並に太い腕をベルクが斬り落とすと巨猿は毛を逆立てて暴れ狂った。間髪入れずその頭にバスタードソードを叩きつける。
一匹ずつ戦闘不能にしていくが、本当にキリがない。城まで無事に退却できるかどうかもわからなくなってしまう。
「ウェヌス、離れんじゃねえ馬鹿!!」
女神の腕を掴み自分の側に引き寄せると、彼女を狙って拳を振り上げていた巨猿の鳩尾に蹴りを入れた。ノルムの雷撃が魔物を打ち、ぷすぷすと煙が上がる。
魔物は更に数と種類を増やした。空から戦況を見つめていた連中も大半が都に降りたようだった。
(水門の街の五千匹だって何週間かかったかわからないのに、何匹倒せっつうんだよ!?)
動けるうちは動くつもりだが最後まで立っていられるのだろうか。
くそ、と眉をしかめたとき、ウウウウーという高い音が都中にこだました。
「伏せてください!!!」
ノルムの声に反応したのは頭というより本能だった。
ベルクはウェヌスを抱え込むと地面すれすれまで身を伏せる。敵前ではあまりにも無防備な体勢だ。たがその判断は間違っていなかった。
空から地上を見下ろす者があったとしたら、さぞかし見物だったろう。
五角形の街の頂点に据えられた巨大魔法石、それが同時に光線を発射した。ちょうど五芒星を描くように。
ドオオオオオオオオンと地面を揺らし凄まじい音が轟いた。そうして光が通りすぎて行ったと思ったら、建物も魔物もすべて消し炭と化していた。五つの大魔法石と、中央に聳える城だけを残して。
「……」
見渡せばあれだけいた魔物たちの大半が死に絶えている。生き残った者も瀕死に近い。瓦礫の下からノーティッツが這い出てきて「うわっ!」と叫んだ。
この国とだけは何があっても戦争はしない。ベルクはひそかに心に誓った。
「参りましょう、ベルクさま。あれは何発も撃てるような代物ではありません。城が落ちれば我々は終わりです……!!」
******
灰と粉塵、瓦礫にまみれた都を見渡しアラインは呆然と立ち尽くした。
滅茶苦茶だ。人も魔物も無事な姿の者がいない。マハトやベルクたちは生きているのだろうか?
「多分都の人たちは、お城か魔法石の塔のどれかに避難してるわ」
唯一の現地人であるエーデルがそう教えてくれなければ辺境の都は滅びたものと思い込んだかもしれない。
「城周辺に砲撃の難を逃れた魔物が溜まっているようです。あそこにもまだ大きいのが」
オーバストが上空から裏門方向を指差した。ちらりとそちらを向いたヒルンヒルトが「百年前の再来だな」と呟き風に身を浮かべる。
「ヒュドラか……。あちらには私が回ろう」
言うが早く、賢者は凄まじいスピードで崩れかけた外壁を駆け跳ねていった。あっという間に姿が見えなくなり、正門にはアラインたちだけが取り残される。
「よくわからんが強い敵が襲ってきているのだな? となれば大物は城にいると決まっている。私は先に行くぞ!」
黄金の粒でできた翼を広げるとディアマントもパーティから離脱した。「おひとりでなんて危険です!!」とオーバストが必死に彼を追いかけていく。
勝手な行動を取らないでくれと叫ぼうとして、アラインはハッとその場から飛び退った。地中に潜んでいた何かがボコボコと顔を覗かせたのだ。
それはハンババと呼ばれる、獅子の牙、野牛の肉体、ハゲタカの爪、蛇の尾を持つ強大な怪物だった。
アライン、エーデル、クラウディアがそれぞれ身構える。ハンババは先程の砲撃でたてがみを燃やされており、甚くご立腹のようだった。
都全体を貫いた白い光はあらゆるものを塵にした。崩落した建物の重みで潰された魔物もいる。辺境の人間は警告音を耳にした時点で身体を伏せ無事なようだったが、それにしても凄まじい威力だった。
だがその光を受けたはずのヒュドラは脚に穴が開いたというのに依然炎を吐き続けている。
「くそ……ッ!」
マハトは斧を握り直して赤竜の腹に斬りつけた。皮膚は固いが鋼鉄というわけではない。ただ切り裂くことはできるのにダメージらしいダメージを与えられず、こちらが消耗するばかりだった。
アンザーツは器用に竜の身体を蹴りながら剣で頭を狙っていた。首を落とせばとりあえず炎は吹けなくなる。頭が八つもあるため追い詰めるまで時間はかかるが、着実に弱らせようという算段らしかった。
地面には既に三つ、動かなくなった頭部が転がっている。他の兵士や魔法使いたちがほとんど力を使い果たして蹲る中、アンザーツはひとり衰えなかった。
剣速はマハトの眼でも追うのがやっとだ。抉った部分が浅ければそこに風を送って引き裂く。ひとつひとつの判断が早く的確だった。魔王を倒した勇者なのだと納得するしかなかった。
彼は時折マハトに回復魔法をかけてもくれた。こちらを振り返らない頼もしい背中にアラインを重ねてしまい、酷く複雑な気分になる。主人はまだこの男ほどの強さはないけれど。
(いつか置いて行かれる……)
女の言葉は暗示のようだった。こんな非常時だというのに、マハトの思考にまとわりついて離れてくれない。
グオオオオというくぐもった叫びとともにヒュドラの四つめの頭が落ちた。と同時に、外壁を伝って薄紫の長い髪の男が駆けてくる。男は胸の前に指を突き出し円を描くと、離れたところからヒュドラの腹を爆発させた。
(魔法使いか? けど兵士たちと着てるものが……)
整い過ぎなほど整った顔立ちの魔術師はフードつきの色褪せたローブをまとっていた。胸元にぶら下がる魔法石の首飾りも、辺境の部隊とは異なる装備品である。
「アンザーツ! 無事か!?」
「ヒルト!」
問いかけに応えてアンザーツが男の名を呼んだ。マハトはぴくりと肩を揺らし、再び男の顔を凝視する。
どことなくハルムロースに似ていた。しかもヒルトという呼び名。あれが賢者を乗っ取ったという大賢者なのか。
「――来たわねアンザーツ、ヒルンヒルト」
ぞっと全身に悪寒が走った。
誰もいなかったはずの背後に気配を感じる。冷たい氷のような、燃え盛る炎のような、冷酷な憤怒の気配。
「……ッ」
恐る恐るマハトが振り向くと兵士の都で会った女がそこにいた。
「ゲシュタルト……!」
アンザーツが女を見つけて剣を止める。
足首まで隠す漆黒のドレスに身を包んだ元聖女は薄笑いを浮かべ、ヒュドラに回復魔法をかけた。たちまち四つの頭が復活し、赤竜の傷が元通り癒える。
漲る力に狂喜してヒュドラは八方に灼熱の炎を吹いた。
ヒルンヒルトがアンザーツを庇い、ゲシュタルトがマハトを結界に包み込む。
手に負えないと断じたか、残っていた兵たちは足を引き摺り退散した。
「懐かしい顔ぶれが揃ったじゃない。……ねえムスケル?」
ゲシュタルトはマハトにそう呼びかける。昔話をしましょうか、と長い杖を振り翳して。
ヒュドラはアンザーツとヒルンヒルトだけに襲いかかった。何の魔法を使ったのか、今度は切っても切っても傷口が塞がり再生してしまう。
彼らに味方しなくてはと思うのに、足が彼女の側を離れなかった。
昔話?ムスケル?一体何のことだ?
バールは自分を先祖の生まれ変わりだと言っていたが、それと関係あるのだろうか?
でもどうして。前世のことなど自分は何も覚えていないのに。
覚えていないはずなのに――。




