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「勇者への道 三日月大陸冒険譚」  作者: けっき
第七話 聖獣ハルピュイアの診断
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勇者ランキング

 何をどうやっても神鳥の剣は鞘から抜けず、またその尊い光も戻らなかった。輝きはせずとも使えればいいと思っていたベルクは「俺たちの労力はなんだったんだ!! 貴重な青春の時間を返せ!!」と憤ったが、それ以上にウェヌスの落ち込み様が激しく、今ではろくにその話題に触れることさえできなかった。

 意気消沈する女神を引き摺る形で水門の街に到着したのが今日。イックスなら剣の故障について何か知っているのではないかという淡い期待を抱いて、ベルク一行は街門を叩いた。原因の一端でも判明すれば、ウェヌスも少しは元気を取り戻してくれるだろうか。

「はあぁぁー……。はぁぁぁぁぁぁー……」

 このところ女神は口からエクトプラズムを吐き出してばかりいる。いつ見ても燃え尽きた灰のように真っ白で、非常に危なっかしい。だがこれでもかなり落ち着いた方だった。話しかければかろうじて人間の言語を取り戻しているのが確認できる。

 ウェヌスはベルクがオリハルコンを振りかざし「勇者参上!」と雄々しくポーズを決めるのを楽しみにしていたらしかった。そんな恥ずかしい真似はたとえ鞘から剣が抜けてもやらなかったと思うのだが。

 女神の価値観では勇者がすべてとなっているため一体どれほど沈んでいるのか見当もつかない。輝きを失くすどころか神具が武器としても使えないなんて、ベルクは勇者でないのかも――と、もしかするとそんな風に不安になっているのかもしれない。

 ベルク自身は剣が使い物にならないことを気に病んではいなかった。使えないものは使えないのだから仕方がない。すっぱり諦めるしかないだろう。神様の加護がなければ魔界に行けないわけでもなし、よくよく考えれば何も困ることはないのだ。

 しかしこうして目の前でずっと塞ぎ込んでいられるのには腹が立った。女神にとって意味があるのは勇者としてのベルクだけなのだろうが、勇者でなくとも己は己だし、性格や信念が変わるわけでもないのに馬鹿馬鹿しかった。

「とりあえずこの先はちょっと別行動だね。宿と酒場を中心にイックスって男が来てないか聞いて回らないと」

「そうだな。おい、聞いてたか? ウェヌス?」

「はひ……? ふへっ……?」

「駄目だこりゃ……」

「あの、ベルク殿、ノーティッツ殿。ウェヌス様だけでも宿でお待ちいただくのは……」

「まあこんなん状態じゃしゃあねえわな」

「迷子になられても困るしね。うん、そうしましょう」

 そんなわけでベルクたちはさっさと宿にウェヌスを預けてしまうことにした。繁盛していそうなところを適当に見繕い中へ入る。カウンターで受け付けを済ませようとして、ベルクはそのまま回れ右した。否、しようとしてオーバストにぶつかった。

「いらっしゃいませお客様。四名様でしょうかっ!?」

「……いや、無かったことにしてくれ。他を当たることにした」

「えええ!? そんな、酷いじゃないですか!! 泊まってって下さいよベルクさん~!!!」

 隣の幼馴染を見れば彼もかなり引き攣った笑みを浮かべている。

 どうしてお前がここにいるんだヴルム。そして何故こじゃれた宿など経営しているんだ。

「俺たち心を入れ替えて真っ当な商売を始めたんですって!! この心意気を見てってくださいよ!!!」

「ええい放せ、鬱陶しい!! どうせまた客室を薔薇とかレースとかぬいぐるみとかで飾ってるんだろーが!! そんなところに泊まれるか!!」

「ああ、流石ですベルクの兄貴!! やっぱり兄貴には俺たちのことがすっかりわかってるんですね!!! 兄貴たちには特別デコりにデコった部屋をご用意いたしますんガフッ!!!」

「馬鹿か!!! さぶいぼ出たわ!!! いい加減その乙女趣味から脱却しろ!! そっちから先に足を洗え!!!!」

 元盗賊団頭領ヴルムと攻防を繰り返すベルクの肩をノーティッツがちょんちょんとつつく。目を合わせると幼馴染は無言で首を横に振った。どうやらベルクたちが騒いでいるうちにオーバストが部屋へウェヌスを運んで行ったらしい。女神は人間としての慣れない旅の疲れがどっと出て、今しがた静かに崩れ落ちたそうだ。

「他の宿を探すわけにいかなくなったみたいだぜ。とりあえずウェヌスをゆっくりさせてあげよう」

「チッ……! 宿の亭主がコメツブほども気に入らねえが仕方ねーな」

「おお、お泊まりいただけるんですね!? それでは早速お部屋へピンクローズティーをお持ちしマッ!!!」

「いいか! 一番シンプルな部屋、一番シンプルな料理、一番シンプルな接客!! これ以外俺は一切受け付けねえぞ!!!」

 歯を剥いて怒鳴り飛ばすといつぞやの恐怖が甦ったかヴルムはしゅんとして頷いた。

 案内されたのはツインの角部屋で、ここだけは改装前らしく普通の宿と同じような調度品が置かれている。枕に三重レースが編み込まれているとか、歩く度に「ニャン、ニャン」とふざけた音のする備え付けスリッパがあるとかいうこともなく、一応普通に寛げそうだった。

「さて、そんじゃイックスを探しに行くか」

「すぐ見つかるといいけどねえ」

 ベルクがノーティッツを連れ部屋を出て行こうとした矢先、「イックス?」と怪訝な声が廊下に響いた。

「イックスってあのべらぼうに強い剣士のことですかい?綺麗な青い鳥連れた、黒髪の」

 さっさと仕事に戻ればいいものを、好奇心たっぷりにヴルムが尋ねてくる。あまり会話を盛り上げたい相手ではないのだが、ぐっと堪えてベルクは問い返した。

「知ってんのか?」

「知ってるも何も、ちょいとした時の人ですよ。実はこの街の水門と関係ある話なんですがね……」

 ヴルムによれば「水門の街」とは名ばかりで、今は常時開門したままの状態らしい。隣国の国家機能が麻痺して以来、魔物が岸を越えて大量に渡ってくるようになり、苦肉の策として川を増水させっぱなしにしているそうだ。泳ぎの不得意な魔物はそれで大半諦めてくれるらしい。辺境の村との交流や川で採れる魚に資源、その他諸々諦めなければならないことは多々あったが、町民の命には代えられないという町長判断らしかった。

 おいおいとベルクは脳内で突っ込んだ。対岸の村の暮らしや辺境からの避難者はどうでもいいと言うのか。それに交易で成り立つ町が旅人の足まで封じてどうする。そんなものじわじわ死に絶えていくだけではないか。

「で、そこで剣士イックスですよ。どうしても辺境の国に行きたいから水門を閉じてくれって、奴は町長に掛け合ったんです。ここらには足止めされてる勇者免許保持者が何人もいますが、直談判に行ったのはあいつくらいでさあ。みんな町長の臆病加減にはほとほと困り果ててたんですがね」

「で? 結果はどうなったんだ?」

「いやー、それが見事なもんでした! ベルクの兄貴もお強いが、あの剣士もなかなかどうして! 町長の護衛をしてるゴロツキどもをばったばったと薙ぎ倒し、剣先を突きつけて『魔物が減れば水門を閉じる?』とこうですよ! いやー天晴れでした!! そして町長は魔物の死体五千匹分で手を打つと」

「は、はあ!?」

「ご、五千!!?」

 途方もない数字に一瞬目が眩む。まさかイックスはそんな約束を受け入れたというのだろうか。

「それが一週間前のことでさあ。町の連中、喜々として数えてますけどもう四百匹ぐらいになりそうだって話でしたぜ。他の奴らも手伝ってるらしいですがね、実質はイックスひとりの働きに近いって噂ですよ」

「……!!」

「……!!」

 恐れ入ったと言わざるを得なかった。ベルクたちも小銭稼ぎに毎日三十匹程度の魔物退治を続けたことはあるが、何をどうすればたかが一週間で四百匹もの魔物を討伐できると言うのだろう。更に辺境に接するこの地域でとなれば、魔物のレベルもかなり違う。

「……ん、待てよ。ということはイックスは確実にこの町で宿を取ってるはずだよな? ヴルム、彼が町の拠点にしているところってわかる?」

「いやぁよくぞ聞いて下さいましたノーティッツの兄貴!」

「……まさかこことか言わないよな?」

「惜しいッ!! 非常に惜しいですベルクの兄貴!!!」

 ヴルムはバンバンと己の膝を叩くと窓から見える正面の老舗宿を指差した。

「あれがうちの宿を蹴ったイックスの寝床です!!!」




 老舗宿で待たせてもらうこと数時間、俄かに通りが騒がしくなり、目当ての人物が町へ帰ってきたことがわかった。

 若い女の黄色い声や子供の歓声に混じって男たちの吼える声がする。今日は何匹狩ったとか、町長が擦り寄ってきてへいこらしだしたぞとか、そんな笑い声が酒場の方へ通り過ぎていき、やがて宿の玄関がギイと音を立てた。

「……そろそろ来てると思ったよ。剣の塔はどうだった?」

 にこりと笑いかけてきた青年にベルクは無言で神鳥の剣を放り投げた。挨拶らしい挨拶をしなかったのは少なからず警戒心があったからだ。自分より腕の立つ男相手に無防備に近寄って行くほど呑気な気分にはなれない。

 鞘から剣を抜こうとして、イックスは「成程」と真剣な面持ちを見せた。この男にもオリハルコンの刀身を取り出すことはできないようだ。

 ベルクとノーティッツは注意深く彼を観察する。イックスはおそらく最初から勇者の剣が不完全であると知っていたのだ。けれどどこがどう不完全であるかは知らなかった。だからこちらに剣の状態だけ教えてほしいと頼んだのであろう。

 怪しい、怪しすぎる。イックスはどこでオリハルコンの異常を知ったのだ?

「塔は君たちを受け入れたのに、神具は力を失っている。……神様は勇者を決めかねているのかな?」

「どういう意味だよ? あんた何を知ってんだ?」

「そのままの意味だよ。ぼくが手にした神鳥の盾は真っ黒に染まった。勇者に相応しい者であれば完全な形でオリハルコンを得られるはずなんだけどね。ぼくも君も、勇者になるには何かが欠けているのかな」

 えっと思わず声を零す。この男もまた試練の塔を上ったのか。それなら事情通であるのも頷ける。

「真っ黒に染まったってのはなんだ? あんた、勇者の盾を持ってんのか?」

 詰め寄るような口調で問うと「ぼくには必要なかったし置いてきちゃった」とイックスは答えた。「必要なかった」のは盾が神具として意味を成していなかったからだろうか。何の未練もなさそうに神鳥の剣を放り返してくる辺り、剣士は本当に神具の状態だけを知りたかったのだろうと感じる。

「一応だけど、君の方がぼくより神様の望む勇者像に近いんじゃないかと思うよ」

 特別複雑そうな顔も見せずイックスが言った。勇者に一番近い人間が完全な神具を手に入れるのだとしたら、それは確かに納得のいく仮説である。盾は黒く染まったらしいが剣はただ輝きを失っただけだ。完全性で言えばまだこちらに分がありそうである。

「オリハルコンのこと、ぼくも大して知ってるわけじゃないんだ。……そんなことよりこの先辺境の国へ向かうつもりなら、他に考えなきゃいけない問題があると思うんだけど」

 イックスはにこりとベルクに水を向けた。辺境の国と聞けば何を言われるかは大体想像がつく。

「流石に五千匹は骨が折れるから、手伝ってくれるとありがたいんだけどなあ」

 やや苦笑いに変わったイックスの表情は、やっと彼を普通の青年らしく見せてくれた。

 我ながら妙な感覚に囚われていると思う。目の前の男はどう見ても己と同じ人間なのに、何か違うぞと第六感がしきりに訴えかけてくる。生気がないとか死んだようとか、そういうのとはまた違って。

「じゃあ、明日からよろしく」

 差し出された右手を握り返せばそこには生きた温もりがあった。

 幽鬼のようだと、何故そんな風に恐れるのだろう。

(強い奴が増えるのは助かる。勇者大歓迎だって思ってたはずなんだがなあ……)

 小心者になったつもりはない。とすると心のどこかでウェヌスを気にしているのかもしれなかった。勇者候補の最下位ではないらしいということで、あの女が納得してくれればいいけれど。




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