Act9 演算室陥落 嵐の後のただの日常 その2
航聖の聖域(生徒会室横)に新しい定位置が出来上がりつつある。
航聖がモニターに向かって高速でタイピングを続けていると、すぐ側のカウチから静かにページをめくる音が聞こえる。希だ。
彼女は今日も、またもや厳三郎の部屋から持ち出してきた骨太な格闘マンガ__『絶拳』に夢中だ。女子高生にはあまりにも似つかわしくない読み物であった。
航聖はメインモニターに映る数式の羅列から視線を外さず、けれどその眉間には明らかな不快感のしわが刻まれている。
「……希。君は此処が自分の部屋だと勘違いしていないか?そこは僕の思考領域んなんだが」
「いいじゃん、ちょっとぐらい……減るもんじゃないし。航聖も読む?面白いよ、これ」
「いらんっ!」
希は航聖の抗議を簡単に受け流し、相変わらずの態度でカウチに堂々と寝そべっている。
航聖が椅子を回転させ、もう一言文句を言おうとしたが、彼の眼が、希の手に残る青あざを捉えてしまった。
「……」
彼はそれ以上彼女に話すことなく、再びPCに向かった。
以前なら怒鳴りつけて、彼女を追いだしていたかもしれない。しかし、希のその痣だらけの手を見つけると、航聖は何も言わず席を立った。
「希……ほら」
「?__え⁈これ?」
航聖は、コーヒーの入ったカップを希に差し出した。部屋の片隅には(持ち込み禁止であろうはずの)コーヒーメーカーが置いてある。
「わあ__いいにおいだね、あ、航聖、あたしブラック呑めないから、食堂で牛乳買ってくるよ。……砂糖はどっかでかっぱらってくるとして……」
「……は?」
希はウキウキと嬉しそうに部屋を出ていった。
再び静かになった演算室に、今度は龍輝が入ってきた。
耀心が乱入してから、「立ち入り禁止」の札の効力がすっかりなくなっているようにも思える。
「……龍輝も希も立札の漢字が読めんのかっ!」
航聖の怒りもモノともせず、龍輝はタブレットを差し出した。
「なあ、航聖、これ……」
差し出したタブレットには『ビブリオバトル』の連絡が書かれていた。瑞穂学園もご多聞に漏れず、連絡はタブレットで一斉配信されている。
「読書感想文なんだけどさ、国語科の山科(先生)から『加納、お前だけだ!クラスルームにログしていない馬鹿な奴はッ!』って切れられてさ__」
「……」
「……マンガしか読んだことねえっていったら、『夏目漱石のこころ』ってあいつから指定されちまってさ」
「……本の後ろの解説でも写しとけよ」
「それ、山科(先生)に釘さされたぜ。加納……やらかすなよって」
「……お前の思考パターンは読まれてるってか……ふむ」
「航聖なら簡単に書けるだろうって……思ってさ」
「……なんでお前の宿題を、僕がやらなきゃならんのだっ⁈」
「……んじゃ、あのうるさい山科(先生)の国語科に拉致られることになるから、暫く特訓は無理だな」
「……」
「希は、一人で体育館の壁を殴り始めるだろうな……きっと」
「分かった……かせ」
航聖は画面に新しいテキストエディターを立ち上げ凄まじい速度で『エゴイズムと事己処罰の論理構成』
を打ち込み始める。
この後の山科先生の大激怒は……言うまでもない。
自分、国語の教師とはそりが合わず成績最低でした(笑)




