Act5 深淵 の聖域 2
瑞穂学園の校門。高級外車から降り立った加納 朔夜は、嫌悪感を隠そうともせずに、学園を見上げた。
(ふん、一般人の掃きだめか……龍輝がこんなゴミダメで幸せを噛みしめているなんて、哀れなものだね)
彼は事務的な「編入の挨拶」を口実に、龍輝を精神的に揺さぶろうと、わざと放課後の騒がしい時間帯を選んで現れたのだ。
生徒会室へ向かう廊下。龍輝は希と共に樹道場へ帰る途中で、偶然を装い現れたのだった。
「いやあ、兄さん、こんなところで何してんの?いや、『龍輝』と呼び捨ての方がお前に合っているかな?」
朔夜の薄笑い。その声を聞いた瞬間、龍輝の身体はあの「昔の記憶」の支配され、呼吸が止まる。
指先が震え、思わず膝をつきそうになったその時__。
「……ちょっと、何やってんのよ?龍輝!」
隣にいた希が、龍輝の腕をガシッと掴んだ。彼女は朔夜のことなどまるで道端の石ころのように一瞥すると、龍輝を力ずくで引きずるように歩き出した。
「見れば分かるよ、龍輝。……どうせろくでもない昔の知り合いでしょ?早く行こうよ!じいちゃん怖いんだよ?遅れたら、あんたまた練習時間延ばされるよ?」
希は朔夜の存在を完全に無視し、龍輝を「過去の呪い」から物理的に引きはがした。龍輝にとって希の醸し出す「圧倒的に健康な日常」の引力は、加納家のあの呪いよりも強かったのだ。
二人は、驚く朔夜の横をあたかも誰もいないような態度で、さっと彼の横を通り過ぎていった。
(……ちっ、何なんだ。あの女……)
希たちが去り、戸惑う朔夜の背後に影が落ちる。
薫と航聖だ。二人は、朔夜に不気味に笑いかけている。
「加納 朔夜君……かな?……ようこそ、瑞穂学園に」
「な……っ、君たち誰だ?……僕はあの加納家の……」
「知っているわよ。紹介はいらないわ」
薫が意味ありげな笑みを浮かべる。
航聖がタブレットを操作しながら感情の欠片もない声で話す。
「加納君、ここのオーナーは誰か知っているのか?姫神 正雄氏だ。君の行動は全て承知済みってこと。君がこの学園で無駄な動きをするたびに、僕たちは彼に……そして家督争いをする加納家に逐一報告することになるだろうね」
薫はその美しく、冷たい笑みで朔夜に微笑みかけている。
「大人しく学園生活を楽しむことね。姫神会を動かさないで欲しいものだわ。お父様は、自分の領地を荒らすネズミを駆除するのに、慈悲なんて持ち合わせていないもの」
「なっ……何なんだ君たちはっ!兄さん(龍輝)の仲間なのか⁈」
震えながら叫ぶ朔夜に対して、航聖は冷たく言い放つ。
「仲間?僕たちは仲間を増やしてただ楽しんでいるわけじゃないな……そんな仲間とか友情とか関係ないな」
航聖はメガネの奥の過去も私情も見えない瞳で朔夜を見下ろした。
「僕たちにあるのは管理と依存さ。……僕たちは互いの欠落を埋めるために嚙み合っている機械的な部品に過ぎない。君のような安っぽい特権意識を持ち合わせた人間が入れる隙間など、このシステムには存在しないんだよ」
「話は終わりよ。……何か起こそうとすれば、こちらからも動くのでお好きにどうぞ。……行きましょ、航聖」
__航聖?
朔夜は思わず、声を上げる。
「……玉木……航聖?……センセ……嘘だろ?」
「?……何?……航聖、センセって」
薫が不思議そうに尋ねた。
「……中学時代、ちょいと遊んでやった……かな。加納家の坊ちゃん」
「あら、あなたたち知り合いだったのね。ごめんなさい、ちっとも知らなくて」
言葉とは裏腹に、突き放したような言い方をする薫。そんなことはどうでもいいというような態度だ。
「君のデータはもういいよ。僕は君の兄貴(龍輝)のデータに興味があるのだからね」
そう言うと、航聖は薫の後をついてさっさと行ってしまった。
朔夜は、この瑞穂学園が、自分のテリトリーではなく、檻であることをここで初めて知ることになったのであった。
書きおろしなので、どこかでキレイに纏めたいなぁ……と思うこの頃。




