8-1 夜明けの後に
陽が昇り始めると空は厚い雲に覆われ始め、しとしとと降った雨が石造りの街を湿らせた。アルシオン王の指示により、騎士や兵士、土木業を営む市民が協力して門や建物の修復作業を行い、損傷を受けた箇所はひとまずの体裁を取り戻す。大破した建物が無かったのは、モルに対抗した面々のお陰だろう。とはいえ、蝶番から吹き飛ばされた巨大な門扉とその外側の鉄格子は戻らず、北門の周囲には常に兵士が警戒に当たることとなった。
タケルたちもそれに協力していたが、途中からアルシオン王に情報を提供することにした。ユージー家当主セドリックが突然の変貌を遂げたこと、黒い影の存在──全てに最も関わることとなったタケルは、外套も装備も取り外して作業に当たっていたアルシオンに軽く事情を話す。すると一行は、教会に移動して情報の整理をすることとなった。
「──……成程。黒い靄を纏い、自己を制御できなくなる、か……」
暁光院と宵月院の境目に設けられた医務室。そこにはセドリックが未だベッドに横たわっていた。あれから一度も目覚めていないが、呼吸や心臓は安定しているらしい。医師はアリアベルの部屋に運ばれたレオも診察し、そちらも問題は無いと話した。ただ、貴族とラ・カーヴァの幹部を同じ部屋で診ることは出来ず、彼は未だアリアベルが自室で経過を観察しているようだ。
診察台の近くに設けられたテーブルセットに腰掛けたアルシオン王は、眠るセドリックを一瞥して顎を摘んだ。
「……何度か報告されていた症状だ。異変の影響なのだろうか?」
「異変後の症例ならばそう捉えるのが自然でしょう。……僕らも、同じような症状が出た人物を何人か見ています。いずれも、黒い靄を纏っていましたね。──モルと同じように」
アルシオン王の向かいに座ったタケルの背後、彼の椅子の背もたれに片手をついたハロディが情報を補足する。アルシオン王は喉の奥で小さく唸った。
「大穴から噴出したというのも、同様のものだったな。だが、モルの存在は大穴が出現する前から報告されていた。……つまりは、異変の影響が強まっている、ということか」
「人への影響は大穴出現前からありましたが……大穴の靄が噴出してから確実にモルの数は増えています。人にも同じように、影響の拡大があってもおかしくはありませんね」
「──そうか。……この異変は、病のようなものなのだろうか。文献には、詳しい生態などの記載はあまり残されていないようだったが」
ハロディとアルシオン王が中心となって話が進められるなか、タケルは混乱の最中に遭遇した黒い影のことを思い出していた。その人物の言動は、まるで昨夜の惨事を引き起こした張本人だと告げるようなものだった。タケルは頭の中で、その時の状況をどう話そうか整理する。
タケルの隣に座るカレンはハロディたちの話に真摯に耳を傾け、その背後にはヴァルターが控えている。ガウリーとアルトは相変わらず離れた位置の壁に各々寄り掛かり、黙って話を聞いていた。
「されてませんが、海裂災期に見られた不可解な人体への現象が、”病”として記録されている文献は存在します。……ですがまぁ、一から調査と検証は進めるべきでしょうね。なにせ、数百年前の話ですから」
ハロディとアルシオン王は視線を交わし、同時に小さく溜息を吐く。会話が途切れると、王はカレンに向き直った。
「それで……此度の二つの事象は、別件ということで間違いないのだな?」
「ええ。わたくしたちはその……アリアベル様の件で動いておりました。その途中で、このような事態となり……お話すると長くなってしまうのですが」
「ユージー卿の件がひと段落ついた後、モルの出現が偶然重なったという経緯です」
眉尻を下げ、何から話せばいいのかと言葉を詰まらせるカレンにヴァルターが補填を加える。アルシオン王は腕を組み、再び小さく唸った。
「ここだけの話にして欲しいんですが……僕らは僕らで依頼を受けていましてね」
ハロディはそう前置きし、レオの依頼について、その後のセドリックとアリアベルを含めた三人を絡める作戦について一から大まかな経緯を話した。作戦の発案者であるカレンは小さく謝罪を述べたが、アルシオン王は特段、咎めることはなかった。
「言い合いしてたと思ったら、突然苦しみ出して……暴れたんだ。止めようと思ったけどすごい動きで、なんだかそのまま獣になるんじゃないかって思うほどだった」
「──その暴走も、其方が止めたのか?」
「矢は撃ったけど……それが原因で戻ったのかは分かんない、です。アリアベルさんの、光の魔法? も、あったから……」
「……セドリックの異変、アリアベルの魔力の覚醒、モルの暴走──」
アルシオン王はタケルへ意味深な眼差しを向けたが、そっと視線を外して呟く。そして逡巡の後、再び口を開いた。
「──それと、黒い影、か」
再びタケルに視線を戻すと、アルシオン王は目で説明を促す。タケルは唾を飲み込み、一つ深呼吸をしてそれに従った。
「カレンたちが見たってのと同じ奴だと思います。全身黒い格好で、顔とか服とかは全然見えなかった。声は若そうで、”ボク”って言ってたから、多分男……だと思う」
「何か言われたのか?」
そう問われ、タケルの鼓動が軋む。思い返せば、あの言葉は意味深だった。言い知れない緊張と戦慄。声は歌うように軽いのに、心臓には重い言葉、
「…………”キミはボクらの勇者”だ、って。あと、あの襲ってきたモルが、”贈り物”とも言ってた」
言ってからタケルは少し後悔した。黒い影がモルを自分への贈り物だと言ったならば、あの出来事は自分が原因で起こったこととも考えられる。それを指摘されれば、「違う」と反論しきれない。相手の言葉の真意が見えないからだ。だがアルシオン王は「ふむ」と独りごちただけだった。
「つまり、昨夜のモルはその者が手引きした可能性があるということか? リューデを襲ったモルと同じ個体だったという話だが、あの一件も奇妙な前触れがあったと報告を受けている」
「ボク”ら”ってことは、組織ではありそうですね。規模は分かりませんが……」
ハロディも推測を述べ、二人が同時に唸る。会話が止まったところでふとした沈黙が生まれるが、不意に医務室のドアがノックされた。
「──あの、入ってもよろしいでしょうか? アリアベルです」
タケルたちが視線を交わす。アルシオン王はドア付近に佇むアルトに目配せを送った。
「ああ、構わない」
アルトがドアを開く。静かな足取りでアリアベルが入室するが、彼女の背後に続く者があった。
「この度は、ご迷惑をおかけいたしました……アルシオン王」
「……本来はここに姿を現すべきじゃないが……俺からも詫びを言わせて欲しい。上層に足を踏み入れた罰を受ける覚悟もある」
両手を組んで目を閉じるアリアベルの隣に立ったのは、レオだった。剣によって裂かれ、血で汚れたコートやシャツを替え、確かな足取りで入室する。曇天とはいえ、朝の明るさが灯る室内で白いシャツを纏った彼は、何故だか別人のように見える。ロワーサイドや夜の印象が削がれると、彼はただの青年だった。
「いや、事情はこの者らから聞いたところだ。私としては個人間の問題だと考えるが……君がラ・カーヴァの人間である限り、何かしらの犠牲は発生してしまうだろう。此度の件の責は問わない。まずは、ロドベルクに話をすることだ」
「──……恩に、着る」
小さく首を垂れるレオを、アリアベルが支える。あれだけの傷を受けながら今こうして立っていられるのは、彼女の能力によるものだろう。二人は詫び終えると、奥のベッドに横たわるセドリックを見やった。
「お父様は、まだお目覚めにならないのですね……」
「心配せずともいい。同じような症例の者も、無傷であっても目覚めには時間がかかったという。体内に何かしらの負担が残っていて、眠りがそれを解消させているのだろう」
「そうなのですね……。でも、どうしてお父様は急にあのようなことに──?」
ベッドに近づき、アリアベルが屈み込んで父親の顔を覗き込む。アルシオン王の言う通り、呼吸は安定していて眠っているだけだ。物憂げなアリアベルの問いかけに答えたのはハロディだった。
「……それは、今ははっきりとは分からないって感じかな。ただ、昨今の異変が関係してるのは間違いない。どんなきっかけで、何が要因でそうなってしまうかは、これから検証の余地がある」
タケルは彼の声を聞きながら、アンスールまでの道中で会った行商のアーデンや、カラの楽器を盗んだという人物のことを思い出す。それに、森で襲ってきた人の影のような敵。アーデンが苦しみ出した時は、その影のような敵に襲われているさなかだった。カレンが襲われそうになっていたので矢を放ったが、それによって彼は正気を取り戻していた。
だがその人の影のような敵や楽器を奪った人物は、姿こそ多少の違いがあったとはいえ、同じような雰囲気を纏っていた。あのままアーデンが正気に戻らなければ、彼は楽器を奪った人物のようにだんだんと正気を失い、果てには黒い影のような存在になってしまうのだろうか。タケルはそう思い、頭を振った。
すると再び医務室のドアが叩かれた。全員が振り返ると、落ち着いた声が扉越しに届く。
「ギルバート・アレクシス・ユージーです。入室をお許しいただけますか」
その声にアリアベルが立ち上がる。アルシオン王の許しを得て入室したのは、アリアベルと双子のように瓜二つの青年だった。タケルは思わず二人の顔を何度も見比べる。
「──お兄様!」
「……アリアか。父上の様子はどうだ」
アルシオン王に敬礼し、アリアベルに向き直ったギルバートと名乗る青年は、静かな表情と足取りでベッドへと歩みを進める。途中、アリアベルの背後に控えていたレオを一瞥するが、特別何かを発言することはなかった。
「眠っているだけのようです。いつ目覚めるかは、何とも……」
「──そうか。何があったのかはあらかた修道士から聞いたのだが……心労が祟ったのかもしれないな」
ギルバートの言葉を受け、アリアベルが肩を落として俯く。同じく視線を逸らしたレオが、そんな彼女の肩に手を乗せる。落ち込んだ二人の様子を見て、ギルバートは小さく首を横に振った。
「お前のこともあるが……母上の容体のこともあってな。最近は、昼から酒を口にすることも多くなっていたんだ。リアム殿に異国の酒を送らせているようだったので、私としても体調が気がかりだったんだが……」
ギルバートはそう言うと、アリアベルに視線を合わせてわずかに口角を上げた。
「私から告げることではないかもしれないが……父上がお前の身を案じていたのは確かだ。お前が、母上と同じ運命を辿らぬようにと」
「……お母様と?」
「そうだ。母上は下街の出でな。……身を引こうとしていた母上を籍に入れたのは父上だったらしい。だがしだいに母上は心労に倒れてしまい、父上はそれをご自分の身勝手の結果だとお考えだったようだ。だから私たちの行く末には、ひどく心を悩ませていた」
話を聞いていたカレンがタケルの隣で小さく声を漏らす。彼女はそれを話し合うきっかけを作ろうとしたのだが、上手くいかずに異変に阻まれる結果となってしまった。アリアベルに本心があったように、セドリックにも本心があった。それを知り、感嘆の声が漏れたのだろう。
タケルも、身分については多少であれば故郷のものと置き換えて考えることが出来るようになってきた。恋愛については理解が追いつかないが、町中の女性が突然士族の元で生活するとなると、病に倒れてしまうのも頷ける気がする。士族と大三宝の間には、それほどの壁があるのだ。
「父上は私たちに、真っ当な道を用意しようとしていた。──お前の周囲に貴族以外の男の影があると知れば、それはさぞ気がかりだったことだろう」
ギルバートは顔を上げ、レオに静謐な眼差しを向ける。レオとアリアベルは顔を見合わせ、気まずそうに黙り込む。タケルたちはそんな三人を静かに見守った。
「……しかも、その相手がロワーサイドのラ・カーヴァだったとは」
「──ひとつ、言わせてくれ」
ギルバートの表情は変わらない。声は終始落ち着いており、感情が読み取れない。レオはそんな彼に真摯な瞳を返すと、低い声で言葉を切り出した。
「……俺は、いっそ俺が居なくなっちまえば話が円滑に進むと思ってた。でもそれはさっきまでの話だ。俺らの関係には障害しか無いが、二人で話し合ってどう乗り越えるか、ひとつずつ答えを出したいと思い直した。──意識を失う前、諦めた自分に後悔したから」
沈黙が漂う。ギルバートはすぐには返事をしなかった。すると耐え兼ねたのか、カレンが立ち上がった。
「あの、わたくしは……セドリック様がお目覚めになったらお話し合いをされるべきかと思いますわ。セドリック様の行動が、アリアベル様のためを思ってのものだったのであれば、きっとアリアベル様の声も届くはずです」
「ですが、ハイフォールドとロワーサイドの関係は異質です。ハイフォールドとラ・カーヴァの繋がりは、互いにあってはならないこと。二人が手を取り合うと決めたとて、公には認められぬ関係となるでしょう。父上がお許しになるかどうか──」
返答を受けたカレンが俯いて着席する。タケルは思わずアルシオン王を見やった。だがアルシオン王は静かに話を聞くだけで口を出さない。芯のある真っ直ぐな瞳をひたと向ける姿を見ると、タケルも口を噤むしかない。
「──ただ私個人としては、あなたの意見に同意します、カレンドラ殿。あとは三人で話し合い、ラ・カーヴァとの話を付けるべきかと」
「……ですが、お兄様。私ばかりが勝手をしてしまい、お兄様が……」
アリアベルが胸元を握りしめる。ギルバートはそんな彼女の肩に手を当て、瞳に静かな笑みを宿らせた。
「私のことはいいんだ。私にはお前のように、譲れぬものが……無いからな。この先の未来で、それが見つかるといいんだが」
そう言って踵を返すと、ギルバートはアルシオン王に向き直る。左手を腹の前に、右手を背中に構えて拳を握り、小さく首を垂れた。
「──街の修繕に関しまして、ユージー家にて完全修復の指揮をとらせていただきます。石材などはこちらで一度買い取り、いくらか安値で加工店に流すことで負担軽減を試みます。北門には先のことを考慮し、南門を含め強固に改築する案を提出しようと考えております。運搬についても一時的に城へ資材を優先するよう、各所に伝達いたします」
「……分かった。今はリューデから避難した者もいるからな。……後ほど書面を通してくれ」
「承知いたしました。父が復帰するまでは、私の方で指示を預かります。──では、失礼いたします」
ギルバートは短く報告を終えると、淡々とその場を後にした。レオがほっと息を吐き、その隣でアリアベルが未だ目覚めないセドリックを見下ろす。問題は解決したように見えて山積みだ。二人の試練は、二人が手を取り合うと心に決めた今この瞬間から始まったのだ。
「……ロワーサイドへは、私から何か言い含めることは出来ん。君たちで話しあい、答えを出すことだとしか言えないが」
「おっしゃる通りでございます、アルシオン王。後のことは、私たちだけで決断いたします」
「これ以上のことは避けるつもりだ。……今後、こんなことにならないように」
アルシオン王の言葉に、意志を固めた二人が強く答える。すると、ハロディがひとつ手を叩いた。
「じゃ、いったん解散ということでいいですかね? あちらのお二人のことはユージー卿が目覚めなければ始まりませんし、ユージー卿や黒い影や、異変の影響のこともこの場で話してても進展しませんし」
「……そうだな。其方らは確か、イルダリアを目指すのだったか」
「ええ。ですがその前にファーブラー自治区です。旅の途中で何かわかることがあれば、何かしらの手段を使ってすぐご報告しますよ」
謁見の間では畏っていたハロディだが、こうした閉じた空間では王相手でも悠然としている。未だに緊張してしまう自分と違って大人の余裕が窺え、タケルは肩を竦めるのだった。
外に出ると雨は止み、街には日差しが戻りつつあった。すっかり回復したレオは、タケルたちと共にセントラルへ下りる。ロワーサイドとは出で立ちの違う彼にハロディが、「今は”アッシュ”って呼んだほうがいいか」と笑みを含める。レオは苦笑すると、大きく体を伸ばした。
「”アッシュ”の時は結構変装してたんだ。だから誰も今の俺を”アッシュ”だとは思わねぇよ。──それより、夕方になったら宵灯亭に来てくれ。依頼の報酬を渡す」
レオの言葉に、タケルとカレンは目を見合わせた。色々あって失念していたが、今回の報酬は情報ではなかったかと小首を傾げる。確か、報酬をリリーに渡すことでリリーから情報を得ることが自分たちの報酬だったはずだ。
あの場に居らず、事情を知らないガウリー以外の面々が各々不思議そうな反応を示すのを見て、レオは察したように肩を竦めた。
「リリーにはもう渡してあるんだよ。お前らがアリアにアレを渡せば良いだけの話だったからな。失敗したらしたで”じゃあいつか渡してくれ”って押し付けるつもりだった」
「……本当かい? その割には”依頼は無かったことにしろ”とか言ってたけど」
「そりゃそうだろ。そこにいる世間知らずのお嬢ちゃんが、ズカズカこっちの事情に踏み込んで来たわけだからなぁ?」
「──貴様、カレン様を侮辱するのか?」
「ったく、すぐ牙を剥く従者なんて主人の足枷にしかならないぜ、お利口さん?」
「……ぐっ」
緩やかな坂を下りながら、先頭を歩くレオが背後から噛みつこうとするヴァルターを鼻で笑ってあしらう。心のモヤが吹っ切れて、すっかり調子を取り戻したようだ。悔しげに歯噛みするヴァルターを抑えながら、カレンは小さく笑った。
「じゃ、俺はとっとと巣に帰るぜ。──また後でな」
噴水広場に差し掛かると、レオは振り返って片手を上げた。夜の闇の中で怪しげにも見えた赤い瞳が、日差しに照らされて光る。タケルは思わず、片方の口角を持ち上げてニヤリと笑うレオを引き止めた。
「あのさ、……あんたこれから、どうすんだ?」
レオは眉を持ち上げた。上げていた手を下ろし、顎を撫でる。そして、自嘲するように笑った。
「……ま、互いの親と話つけることだけ考えて、後のことはそれからだな。如才なくやるよ」
そう言うと、今度こそ片手を振って踵を返す。レオの背中を見送りながら、タケルたちは一件落着の空気に肩の力を抜いた。
「──じゃ、昼食でも食べるかい? ペール爺さんのところで……いや、そういえば聞こえてたけど、タケル君にサービスしてくれるって店があるんだっけ?」
「おい貴様、他人の恩恵に預かるつもりか? 卑しい奴め」
「冗談冗談! まったく君はお利口なんだから」
「馬鹿にしているのか!」
レオの言葉を借りてヴァルターを揶揄ったハロディは、両手を後頭部で組んで朗らかに笑う。側から見ていたタケルは、このどこまで本気なのか分からない男に目を細める。だが揶揄われたヴァルターの反応が笑いを誘い、堪えるように喉を詰まらせた。
「三つ星亭へ参りましょう。アルト様もガウリー様も、いらっしゃいますわよね? 料金は宿代と一緒にこちらでお支払いしますので」
くすくすと笑いながら、カレンが二人を振り向く。珍しく黙って着いて来ていた二人は各々目を瞠り、一拍置いて頷いた。
三つ星亭へ向かうために北門の方へ道を折れる時、通りがかった銀朱の群鳥をハロディが振り返る。
「そういえば、あれだけの騒ぎがあったっていうのに……あのロイが姿を現さないなんてね」
その言葉を聞いたカレンとヴァルターが視線を交わす。タケルも、あの過剰なほど正義感に溢れたような人物があの場に居なかったことを今更になって訝しむ。その答えは、意外にもすぐに提示された。
「実は、ヴェラ様からお聞きしたのですが……ロイ様はあれ以来、自室から一歩も出なかったらしいのです。ですが昨夜の件でヴェラ様が無理矢理部屋を訪ねると、もぬけの殻だったらしく……」
「ハイフォールドにも戻っていないようだ。……アイゼンシュタット家は、彼についてはギルドに任せるという返答らしくてな」
「え、じゃあ行方知れずってことかい?」
「──探しに行ったほうがいいんじゃないか?」
カレンやヴァルターからの情報にハロディが意外そうに眉を跳ね上げ、タケルが捜索を申し出る。ロイが部屋に引き籠った原因は自分だと考えているタケルは、少なからず責任を感じていた。
「……いや、付き合いの無い僕らよりギルドの仲間に任せたほうがいいよ。僕らはファーブラー自治区に行くのが目的だろう? もし道中見かけたら声かけるぐらいでいいんじゃないかい?」
「そ、そっか……そうだよな……」
平然と返されたタケルは、口籠もりつつ頷く。尾を引くような反応に苦笑しながら、ハロディは「そうだよ」と念を押す。そうこうしているうちに、仮修復された街道から路地に入り、一行は三つ星亭へと到着した。




