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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第七章 想いの証

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7-2 値札のない取引



 タケルたちは夕刻頃、開店前の木組の宵灯亭を訪れた。度々鉄扉を抜け、ロワーサイドとセントラルを行き来する貴族然としたカレンやヴァルターを見て、門番のバイロンからは、いちいち意味深な視線を向けられた。しかし、すっかり慣れてしまったタケルたちにとって、そんなものは些細なことだった。


 途中、アパート前で自室のテラスに向かい、ハロディは声をかけた。すると古びた柵からアルトが顔を覗かせ、そのまま手招きに従って路地へと降りてくる。ガウリーは鍛冶場にいるらしく、今回の護衛はハロディとアルトのみとなった。


 酒場の窓は鎧戸に遮られ、入り口の扉も閉じていた。周囲には、仕事終わりの一杯のために開店を待つ者が屯する。他にも、路上に寝転ぶ者や壁際に座り込む者など、相変わらず景色は物騒だ。


 タケルがそんな光景を見渡しているうちに、ハロディによって店の扉が叩かれる。目的の人物を呼びつける声は、わずかに緊張の糸が張っているようだった。


「リリー! ちょっと時間貰えるかな?」


 ハロディの背後で両手を組み、カレンが成り行きを見守る。彼女の眼差しもどこか力が入っており、武者震いしているようにも見える。その傍には、ヴァルターが難しい顔つきで控えている。


 アルトは店から一歩引いた位置で腕を組み、周囲に意識を散りばめているようだった。タケルはふと、アルトが女性に対し、恐怖症にも似た反応を示すことを思い出す。常に武人の距離を保っている彼女だが、未だにカレンに対して過剰反応を示すことがある。リリーのような女性は、さぞかし警戒の対象であることだろう。


「ハロ? ──何よ、また何かあるの?」


 扉が開き、中から鬱陶しそうな表情を隠さないリリーが顔を覗かせた。身支度は整えられているようだが、まだプライベートの顔つきだ。ハロディは片手を上げて笑顔で返すと、首を縦に振った。


 リリーはハロディの背後に佇む四人を順に見やると、目蓋を半分落として溜息を吐いた。タケルとカレンは一様に肩を竦ませたが、意外にも小言が吐き出されることはなく、リリーは渋々ながらも一行を店内に招き入れた。


「あ、……こんばんは」


 木造の店内は、リムでパゴニが営んでいた酒場と雰囲気が似ていた。小さなカウンターに、テーブル代わりの樽、椅子代わりの木箱。そんなものが普通のテーブル席に混じって置かれている。出入り口の目の前にはカウンターがあり、その奥で準備をしていたネリが、開店前の珍客たちに挨拶を送る。その手つきは慣れたもので、リリーは既に付きっきりで作業を見守るのを止めているようだった。


「ネリ、お酒の確認が終わったら開店まで休んでいいわよ」

「わかった」


 タケルたちがそれぞれネリと挨拶を交わし終えると、リリーは彼女を二階へと促す。素直にそれに従い、ネリは手を振って奥の階段へと消えた。


「適当に座っていいわよ。何か飲みたいなら言ってくれれば出すけど、お代はちゃんと払ってね」

「いや、開店前で時間も無いだろうし、今回は遠慮するよ」

「”今回は”、ねぇ……ハロ、アナタが客になった日なんて、今まであったかしら?」

「揚げ足取らないでくれよ」


 カウンター席に促され、並んでスツールに座っていく。アルトは相変わらず、少し離れた壁際に寄りかかる。全員が落ち着いたのを見計らってリリーがカウンターにメニューを差し出すも、それはハロディによって返された。


「──まあいいわ。じゃ、さっさと本題に入ってちょうだい」

「そうするよ。……実は、ある情報が欲しくてさ」


 気のおけないやり取りも程々に、ハロディが用件を切り出す。すると、カウンターの中で腕を組んだリリーは小さく肩を竦めた。


「そんなことだろうと思ったわよ。知ってるでしょうけど、モノによっては高いわよ? 払ってもらえる保証はあるのかしら?」


 リリーはすっかり呆れ顔だ。話通りの守銭奴ならば、舞い込む仕事には飛びつくだろうと想像していたタケルは、その意外な反応に目を瞠る。だが、隣でヴァルターが重苦しい溜息を吐くのでそちらを振り向けば、ハロディの横顔に半ば軽蔑の眼差しを向けている。どうやらハロディの信頼値が低いことを嘆いているようだった。


 徐に、ハロディがカレンへと流し目を向けた。カレンは緊張の面持ちでそれを受け止め、居住まいを正す。そして、座したまま小さく身を乗り出した。


「あの、お、おいくらなのか……金額を教えてはいただけませんか? ”情報料”、というものは、お支払いしたことがございませんの」


 控えめな声にリリーの片眉が持ち上がる。そのまま彼女は目を細め、再びハロディを流し見た。


「アナタまさか……この子に支払わせるつもりなんじゃないでしょうね?」

「この子の依頼だからね」


 平然とした返答に、溜息が漏らされる。眉間を押さえて首を横に振るリリーに向けて、ヴァルターが口を開いた。


「……ファーブラー自治区という場所に起きたことか、もしくは他の土地に住む自治区出身者の情報があれば欲しい。如何程になる?」

「ファーブラー自治区ですって?」

「森の民と呼ばれる種族と友好関係を築いていたが、破綻したのだと聞いた。我々はその種族とやらに用があるのだが……森は深く閉ざされてしまったとのことだった。打開策として、何が起こったのか仔細を知りたくてな。──”お嬢様”、これでよろしかったでしょうか?」

「ええ、ヴァルター。ありがとう」


 リリーの瞳が鋭く光る。カレンとヴァルターを観察するように見つめ、腕を組む。


「──”お嬢様”?」


 すっと目を細め、呟くような声をリリーが溢す。ヴァルターは咳払いをして口を噤み、カレンが誤魔化すように苦笑する。


「…………そうねぇ」


 組んでいた腕をひとつ持ち上げ、顎を摘んでリリーは逡巡した。そして、不敵に口角を持ち上げる。ハロディが気まずそうに視線を逸らし、タケルは黙って成り行きを見守る。


「最初に言っておくわ。アタシはさっき言ってた情報を、両方持ってる。とは言っても、ファーブラー自治区に起きたことに関しては表面的な事しか教えてあげられない。明確に知ってるのは、自治区関係者の方ね」


 そう言って不敵に笑う。その視線の標的はカレンに固定されていた。


「ただ、どちらも──誰もが知ってる情報じゃないわ。前者は三万ヴァルク、後者は五万ヴァルクってとこかしらね」


 提示された金額に、カレンやヴァルターが閉口した。タケルはその金額がどれだけのものなのか、頭の中で計算する。ヴァルターから教わった金の種類、単位、武具や日用品の料金、彼が最初に古物屋に売った眼鏡の代金……諸々を頭に浮かべ、それがいかに高額かを実感した。──しかも、単なる情報で、だ。


「合わせたら八万か……」

「本当は十万でもいいかなって思ったけど、自治区の情報だけちょっと負けといたのよ」


 ハロディが口元をひくつかせながら呟くと、当然のように譲歩したとまで主張するリリー。山育ちで金勘定に疎いタケルですら、この地で暮らす中でようやく身についてきた金銭感覚が破綻しそうになるような感覚に囚われた。


「うーん、ちょっと厳しいかな?」

「──ええ、残念ながら。以前にも申し上げました通り、わたくしたちは今、船の修繕費でほとんど資金が尽きてしまっています。他を当たるしかありませんわね」


 苦笑混じりに問いかけるハロディを見やり、カレンが気落ちした声で答える。タケルは腹のあたりを押さえ、そのやり取りを緊張の眼差しでじっと見つめた。


「ちょっと待って、船の修繕費ですって? アナタもしかして──イスの貴族令嬢? コルニクス家の?」


 小さな情報を拾い上げ、リリーは目を瞠った。カレンは口元を押さえて視線を泳がせた後、窺うような視線をハロディに向ける。ハロディは乾いた笑いを漏らして天を仰いだ。


「誤魔化せないわよ。コルニクス家の御令嬢が、新事業を掲げてエレヴァンにやって来たっていう情報はもう手に入れてるの。船が襲われて大破寸前になって、アーミル家のドックに預けているんでしょう?」


 追い詰めるように持っている情報を開示するリリー。まるで自身の情報収集能力を誇示する意図もあるかのように、試すような眼差しをカレンたちに向けている。そしてそれは実際、正しかった。


 カレンとヴァルターは顔を見合わせた。否定しないということは、無言の肯定になる。事情に気づいたリリーは肩を竦めた。


「ま、確かにそれなら払えないっていうのも納得出来るわ。──じゃあ今回は……」

「待った、リリー。ちょっとひとつ、提案させてくれないか?」


 話を終わらせようとしたリリーをハロディが止める。彼はカウンターに両肘をつき、リリーと同じような挑戦的な瞳を向けた。


「……何よ?」

「コルニクス家って言ったら、イス帝国の筆頭貴族じゃないか。恩を売っておくって意味でも、多少誠意を見せた方がいいって気もするけど?」

「……」


 その言葉に、リリーは歯噛みするように口元を僅かに歪める。ハロディは更に続けた。


「君がさらなる新天地を目指したくなったときのためにも、良い交友関係は築いておくべきだと思うよ」

「リリー様、わたくしたちはどうしても、自治区のことをお聞きしたいのです。もし助けていただけましたら──コルニクス家の長女として、ご恩をお返しするためにも、貴方にお力添え出来ることがあるかもしれませんわ。……事業が安定してからになってしまうかとは思いますが」

「お嬢様は義理堅いお方だ。いただいた分のご恩は必ずお返しする。──正規料金か後の返礼か、どちらを選ぶかはそちら次第だが、もし助けて貰えるならありがたい」


 カレンとヴァルターも続き、リリーの眉間が寄せられる。タケルはカウンターの下で拳を握りしめ、固唾を飲んでリリーを見上げた。


「…………そうね。悪くない話ではあるけど……アタシ、後々の約束って好きじゃないの。だから、助けてもらえるなら今、そうしてほしいわ」

「──どういうことですの?」


 余裕ある表情に戻ったリリーから出た不可解な言葉にカレンが小首を傾げる。リリーは含み笑いを湛え、ハロディに向き直った。


「アタシね、今、受けようかどうか迷ってる頼み事があるのよ。それを、アナタたちのギルドで引き受けて解決してくれるなら、そのお礼として情報をあげてもいいわ」

「ほ、本当ですか?」


 カレンの表情が晴れる。反対に、ハロディは怪訝な視線でリリーを見返す。


「君が迷うってことは、どうせ面倒な依頼なんだろう?」

「まあね。どこにも流せないかなって思ってたんだけど、ちょうどいいわ」


 リリーはそう言って、腕を組み直して胸を張った。


「──ただし、情報は成功報酬よ。それでも良いなら、情報料は取らないわ」

「……その、依頼っていうのは?」


 渋い顔を隠さずに肩を落とし、吐息混じりにハロディが問いかける。リリーはゆっくりと瞬きをした後、返答した。


「うちの、オーナーの依頼よ」


 誰のことを言われたのか理解できず、一瞬時が止まった。


「「「オーナー?」」」


 タケルとカレン、ヴァルターが声を揃え、顔を見合わせる。その横でハロディだけが額を押さえ、深く項垂れた。


「……ライオネルの依頼だって? ファミリーの?」


 彼が感じているだろう”嫌な予感”が存分に含まれた低い声だった。カウンターに落とされたその声は跳ね返り、拾い上げたリリーは、肩を竦めて首肯した。



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