後編・対話
「う……ここは……?」
魔王軍四天王チグルダに一方的に倒された翌日、意識を失っていたフラストは清潔なベッドの上で目を覚ました。
前後の記憶があやふやな中、霞む視界であたりを見渡すと――
「……目が覚めたか」
「あ゛……ルクス……?」
フラストが寝かされていたベッドの側で、勇者ルクスが剣の手入れをしていた。
何故決別した勇者が自分の寝床の側にいるのか、そもそもここはどこなのかと混乱するフラスト。
その混乱を、ルクスは黙ってみていた。必要以上に言葉を交わすつもりはないと拒絶するかのように。
(たしか、俺は突然奇襲されて……そうだ。魔王軍の四天王とかいう奴に……!)
徐々にはっきりしてくる記憶の中に、薄れる意識で辛うじて拾った敵の声があった。
そう――不意打ち一撃であっさりとKOされ、無様に倒れ伏したという記憶が。
「……お前が、あいつを倒したのか?」
「あいつ、というのが魔王軍四天王を名乗る二足歩行する獣の魔物のことなら、そのとおりだ」
「……苦戦したのか?」
「安心してくれ。こちらには傷一つない」
「そうかよ……」
自分が手も足も出ずに一方的にやられた相手に、無傷で勝利。改めて『勇者』の実力を思い知らされ、フラストの心に傷を残す。
自分より弱い相手には強気に暴れて、自分より強い相手が出て来たら一撃ノックアウト。挙句、自分を切り捨てた相手に救われた。
その惨めさに、流石のフラストも項垂れるほかないのであった。
「どうした? どこか不調か? 回復魔法はかけたのだが……?」
「身体は、問題ねぇよ」
勇者はどこまでも勇者。いかなる苦境にあってもその心を強く保ち、絶望することがあってもあらゆる努力を行い速やかに立ち上がる。
だからこそ理解できないのだ。眼の前の男が『その内自分に助けを求めてくると思っていた奴に命を救われた』という惨めさに打ちのめされているということが。
仮に今のフラストの立場にルクスが立ったのならば、きっと彼は素直に感謝して次は自分が助ける番になるべく真摯に鍛錬を積むことしか考えないだろうから。
「あ……」
「なんだ?」
「そういや、なんでお前があんなところにいたんだ? やっぱり俺を追放したことを後悔して追い掛けてきたのか?」
一度惨めな思いをした人間は、どこまでも卑屈に自分を貶めるような下らない思考をしてしまう。
自分を守るために、自分を正当化するために、自分に都合のいいように物事をねじ曲げる。
フラストもその例に漏れず、状況を整理して都合よく考えたのだ。ルクスが自分を助けることができたのは、追放を後悔して自分に許しを請うために近づいてきたのではないだろうか、という都合のいい妄想を。
しかし、そんなフラストにルクスはどこか辛そうに答えたのだった。
「……残念だが、キミの追放は決定事項だ。そこは揺らがない」
「――ッ! じゃあ、なんであんなところに来たんだよ!」
真っ正面から幻想を否定されたフラストは声を荒げる。
弱い犬ほどよく吠える。そんな言葉を証明するかのように。
「……そう、だな。こうなったら、全て話そう。僕があそこにいたのは、キミを見守るためだ」
「見守る……?」
「僕はキミのチーム脱退を決定した。だけどそれは所詮僕の……勇者チームとしての決定でしかなく、魔王軍からすれば関係がない。僕たちと別れて単独行動していると知られれば襲われることも人質にされることも十分想定できることだ」
「……あ」
その可能性は全く考えていなかったと、フラストは間抜けな声を出した。
実際、ルクスの言うとおりだ。今となっては勇者チームとは無関係ですなど、魔王軍からすれば全く関係がない。各個撃破のチャンスだと襲われる恐れは十分にあり、交渉材料として利用されることもむしろ当然の発想と言える。
そんなことにも頭が回らずに『勇者が掃除した後なら危険な相手はいない』なんて楽観して危険地帯に単独特攻していたなんて、どこが判断力に優れたベテランなのかとフラストは自分で自分のことを罵ることしかできないのであった。
「僕は勇者だ。魔王を倒し、民を守ることが存在意義だ。だから、高確率で危険な目にあう民を放置するわけにもいかない」
「それで、後ろからこっそりついて来ていた……ってのか?」
「昨日一日、キミの後を付けさせてもらった。もちろん永久に守り続けることができるわけじゃないが、次の街へ旅立つまでの間くらいは僕の責任だと思ってね。……そういう意味では、怪我を負わせてしまったことは僕の未熟故のことだといえる。すまなかった」
ルクスは、そう言ってフラストに頭を下げた。
そんな姿を見て、フラストの気は晴れる――わけがない。確かに勇者に頭を下げさせ非礼の詫びをもらいたいとは思っていたが、それはこんな謝罪ではない。
何故ならば――
(なんで、こいつが頭を下げてんだ? 今までだったら、剣士なのにあっさりやられるなって説教してきたのに……)
勇者の仲間ならばと、ルクスは自分にも仲間にも厳しかった。間違っても『守れなくてすまない』なんて頭を下げることはなかった。
自分と共に戦う以上、守られる側ではなく守る側。自分達が一人倒れれば救えたはずの民が万人犠牲になるのだと、常に強くあれと説いていた。
それが勇者ルクスであり、強くなっていく仲間達に置いて行かれたフラストにいつもきつく当たっていた姿だったはずだ。
そんなルクスがこんなことで頭を下げた。その意味は、すまわち――
(俺はもう、守られる側の弱者だって、ことか……)
ルクスは弱き民の守護者たる勇者。その仲間は、勇者を助け支える存在。
その枠から外れたから、フラストのこともルクスは当然のように守ったのだ。共に肩を並べる仲間ではないのだから。
(クソ……なんだよ、この気持ちは……)
フラストの中に渦巻く感情は、追放を言い渡された瞬間の比ではない。
いや、ある意味で同じことなのかもしれない。ただ、フラストはハッキリと理解したのだ。自分はもう、勇者にとって仲間ではないのだ、と……。
「ハハハ……笑えるぜ。俺はまだ、事の重大さを理解できていなかったってことか」
追放を言い渡されたときは実感がなかった。その内詫びを入れに来るだろう、なんてお気楽なことを考えてしまう程度にしか事態の重大性を理解していなかった。
だからこそショックを受けているのだ。言葉での宣言なんて軽いものではなく、行動で示された『もう仲間ではない』という明確な意思表示に。
「どうした……?」
「……なぁ。なんで、俺は追放されたのか聞いてもいいか?」
突然乾いた笑いをこぼしたフラストを不思議そうに見つめるルクスだったが、そんな勇者にフラストは更なる問いを投げかけた。
「うん……? それは以前も言ったとおり、実力不足が理由だが?」
「そうだよな。だけどさ……俺、確かに戦士としては足手まといかもしれないけど、それなりにチームの役には立っていたと思うんだけど……それはどうなんだ?」
その問いは、以前はあまりにも惨めで口にすることができなかった内心の反論だった。
そう、フラストは雑務を熟しているとか、知識を提供しているとか、そんなことを『内心』で思っていたが、それを口に出してルクス達に伝えたことはない。
本来、本気でそう思っていたのならば口に出してアピールすべきことだ。俺の献身に気がつかないで~なんて負け惜しみを心の中で呟くのではなく、仲間への説得材料としてきちんと議論すべきことなのだ。
それができなかったのは、まだ剣士としてのプライドが残っていたから。剣士として役に立たないけど雑用係として頑張っていました、なんて剣士としての自分を自ら否定することができなかったからだ。
それなのにここで口にしてしまったということは……つまり、フラストの中で剣士としてのプライドが完全にへし折れてしまったということなのだろう。
「……確かに、キミは旅のベテランとして色々とサポートしてくれていたし、それは素直に有り難かった。でも、それだけなら別に僕らにだってできる。料理だったら僕だってそれなりにできるし、他のメンバーだって皆修業時代に自分の世話くらい一通りできるように仕込まれているからな」
「え……料理とか、できたの?」
「そりゃそうだろう? 誰だって戦闘訓練を受けるんなら、サバイバル演習くらい経験あるはずだ。まあ、いつもキミが率先してやってくれるから腕前を披露する機会はなかったが」
「じゃ、じゃあいつも俺がやってきた消耗品の補充とかは……?」
「いや、それこそ自分でやるというか、やってきたぞ? キミが補充してきたもろもろの消耗品のダブルチェックを誰がやって来たと思っているんだ?」
「チェック、なんてやってたのか……」
「むしろ知らなかったのか……? いざという時自分の命を預けることになる道具がちゃんと揃っているかなんて、確認しない方が少数派だと思うが」
フラストは何を当たり前のことをと言われ、唖然とする。
確かに、フラストは勇者チームに選抜された際『どうせどいつも包丁も満足に握ったことのないお坊ちゃまとお嬢様だろ』と決めつけてその手のことは全て自分で引き受けた。当時は実力者ポジションだったこともあり、頼れる兄貴風を吹かせたかったとも言う。
しかし、よく考えれば当たり前の話なのだが、何かあれば勇者として世界を巡ることを想定していたルクスはもちろん、街から街への移動となれば何日もかけるのが当たり前の世界で最低限自分の面倒を見るくらいは必須技能だ。まして、馬車に乗って安全な街道を行くのではなく、魔物との戦いを想定して訓練する戦士となればむしろ一通りの家事技術は必須項目であるといえた。
素人に毛が生えたような未熟者ならばともかく、勇者チームに選ばれるような若手の精鋭ならば自分が使う食事や道具の準備くらいできない方がおかしい話である。剣の持ち方や魔法の使い方の前に仕込まれる基礎項目といっても過言では無い。
お遊びではなく命が懸っているのだからどれだけ神経質になっても足りない話であり、フラストがやらないからといって誰もやりませんなんて絶対にあり得ない話であった。
「もしかして、俺のチームへの献身って……余計なお世話だったか?」
「……いや、実際雑務を専用で熟してくれる者がいるというのはありがたい話ではある。料理している時間を他の鍛錬や作戦を練ることに使えるからな。……しかし、それは本来の仕事を投げ出していい理由にはならない」
「本来の……?」
「……キミは、僕たち勇者チームの『剣士』として契約したはずだ。なのにその剣士としての仕事が満足に熟せない状況でなお鍛錬ではなく料理と掃除、備品管理に没頭されても、リーダーとして評価対象にすることはできない。もちろん、旅を始めた直後は他の皆の修行時間を作るために雑務を引き受けてくれているのだと素直に感謝していたんだけどね……」
ルクスからすれば、実力が足りないのなら必死になって鍛錬して欲しかった。
旅の最初の内はフラストの実力がチーム内で上位であり、雑務を引き受けるのは他のメンバーの成長に貢献してくれているのだと素直に高評価できた。
だが、力関係が逆転した後は話が別だ。勇者チームは国の命令で、国の資金で運営される組織。となれば、契約内容を果たせないのに契約外のことでいくら役に立ってますアピールされてもそれは評価対象外としか言いようがないのである。
何せ、料理に没頭している間も『剣士』としての給金が発生しているのだから。
「なら、そう言ってくれれば――」
「……? いつもいつも言っていたつもりなのだが? 剣士を名乗るからには、もっと鍛錬を積んでくれ、と」
「……そういや言ってたな。あれ、料理している暇があるなら修行しろってことだったのか……」
ルクスはフラストが実力不足になってきたころから、口を酸っぱくして『鍛錬を積め』と言ってきた。
フラストはそれを嫌味としてしか受け取らず、剣士としての才能に限界を感じていたこともありますます雑務で貢献しようとかしていたのだが……命をかけて世界のために戦う剣士としての給料を受け取っておきながら雑用係しかやりませんでは誰だって怒るだろう。
同じ立場で雇われている同僚が仕事をしないせいで他のメンバーの負担が増えているというのに、仕事を放り出した当人は『俺は仕事とかできないけど、代わりにお茶くみとか掃除頑張るから他の奴と同じ給料くれ』なんてほざいている奴、首にならない方がおかしいという話であった。殺されていないだけ穏便な対応とすら言える。
「はぁ……そっか。結局、俺がしていたのは全部言い訳だったってことか……」
自分はチームを影から支える屋台骨。縁の下の力持ち。いなくなったら困る存在。
そんな風に美化して、目を背けてきた。どんどん強くなる仲間達から、そして――出会ったときから一生敵わないと認めてしまった勇者から。
(別に、俺だって自分が世界最強だと自惚れていたわけじゃない。だけど、それなりに強いってプライドはあった。……思えば、俺は二年前のあの日、最初から折れちまっていたんだろうな)
自分の中で必死に見ないようにしていた現実を全て見せつけられたフラストは、一周回って穏やかな気分で過去の自分を思い出す。
二年前、勇者チームの一員として選ばれたときのフラストにあったのは、自身の技量への圧倒的自信であった。
同じく集められた勇者チームのメンバー候補達も、まだまだ未熟な者ばかり。端的に言って、フラストより格下しかいなかった。自分のことを世界最強とまではいわないが、世界屈指くらいには名乗ってもいいと思っていたフラストは調子に乗っていたのだ。
そんな虚構の自信を、集められたメンバー候補達と自分の潜在能力の差も計れないような未熟者の慢心を打ち砕いたのは、時間通りに現われた勇者ルクスその人。別に剣を交えたわけでもなく、ただ顔合わせをした程度の時間でフラストはそこに至るまでに積み重ねた自信と慢心を木っ端微塵にされた。
どう足掻いても勝てないと、見ただけで理解するほかない存在の格の差を思い知って。
思えばそれからだ。剣士として勇者以上に名を上げてやろう、なんて野望をあっさり放棄して、剣以外の分野で功績を残そうなんて負け犬根性しかない考えを持ったのは。
「……なあ、もう一ついいか?」
「なんだ? 答えられることなら答えよう」
「……お前はバケモンだ。強さで言えば、俺なんて足下にも及ばない絶対強者だ。そんなお前に、仲間って本当にいるのか?」
フラストは勇者の力に圧倒され、自分を諦めてしまっていたことを認めた上で問いかけた。
そもそも、この怪物に仲間など必要なのかと。
「……そうだね。確かに、ここまでの道中なら正直僕一人でも何とかなったとは思う。だけど、そんな力押しはいつまでも通用しない」
「そうか? 四天王とかいう奴が相手でも単独で楽勝なら一人で十分だと思うけどな」
「いや……確かに、四天王とやらは僕から見ればさほど強い相手ではない。だけど、魔王軍の頂点、魔王だけは話が別だ」
「話が別って……見たことあるのか?」
「直接はない。だけど、感じるんだ。世界のどこにいたってビリビリと皮膚を貫くような、魔王の力を。僕の感覚が正しければ、魔王の力は最低でも僕と互角。楽観的な思考を除いて客観的に判断すれば、格上の可能性が遥かに高い」
「まじかよ……」
フラストを完璧にへし折った二年前のルクスよりも、今のルクスは当然強い。
そのルクスからして格上と評価する魔王……その存在に、改めてフラストは息を呑むのだった。
「しかも、魔王には大勢の手下がいる。普通に戦っても敗北する公算が大きい相手に、手下相手に消耗した状態で挑めば勝率は0に等しいだろう。だから、僕には仲間が必要なんだ。魔王の手下を惹きつけてくれるような、可能なら僕と共に魔王と戦ってくれる強い仲間が」
ルクスは力強い眼で語る。単独では決して届かない魔王の首を取るためには仲間が必要であると。
そんな姿を見て、フラストは更に打ちのめされる。自分が勝てないと思っただけであっさり剣の最強を諦めた自分と異なり、単独では勝ち目がないと評価する存在を敵とした上で貪欲に勝利の道を追求する『勇者』の心の強さを知って。
「そっか……なら、確かに俺は追放されるべき雑魚だな」
フラストは、ついに諦めてそう呟いた。
勇者が求めるのは魔王軍を足止めし、可能ならそのまま共に圧倒的な力を持つ魔王を相手に肩を並べて戦ってくれる存在。
となれば、魔王の配下に過ぎない魔王軍の雑兵相手に気絶し、四天王には瞬殺され、しかも現段階から成長しようという気概すら持たない男など全く役に立たないだろう。
(考えてみりゃ、前の戦いで敵の前で無様に気絶したってのに俺が生きているのがまずおかしいもんな)
フラストがあっさり気絶させられた戦いでは、勇者ルクスが一人で大活躍したと聞かされていた。
その時は嫉妬と諦めの感情が更に強くなるだけだったが、フラストが生きていることを考えればルクスの大活躍とはつまり『気絶した仲間を庇いながら敵将を討ち取った』ということなのだから。
魔王の遥か手前の段階で明確な足手まとい。しかも成長する可能性は限りなく低い。そのくせ勇者の仲間として高い給金と経費を使いまくる。
それはまあ、真っ当な判断力を持っていれば誰だって追放するだろう。
(あー……もういいか。もう全部わかっちまった)
結局、ルクスからすれば仲間達に期待しているのは成長することだということ。ならば、強くなってやろうという意志を勝手に折ってしまったフラストは最初からお呼びではないのだ。
いない方がマシの金食い虫など、フラストだってルクスの立場なら追放する。むしろ、ここまで自分という役立たずを死なないように守りながら勝利を積み重ねたその偉業こそまさに勇者様だと素直に褒め称えることができる気分であった。
(つっても……これからどうしよ? 四天王はルクスが影ながら守ってくれたから生き延びたけど、襲撃があれで終わりって保証……ないよな)
自分は勇者チームの一員に相応しくない、という事実を受け入れたフラストは、しかしこれからどうしようと頭を抱える。
勇者の仲間失格なったからといって、それでも自分は魔王軍から恨みを買いまくっている勇者の仲間だったという事実に変わりはない。
またルクスと離れれば各個撃破のチャンスだと襲われるかもしれないし、軍として放置されても単純な恨みで狙われる恐れもある。
そうなったとき、自力では対処できないのは今日の一件で証明済みだ。しかしルクスはいずれ旅立ち、去ってしまう。いつまでも守ってくれるわけではないのだ。
となれば――
「なあ、もう一度俺を仲間に加えてくれないか?」
――フラストに残された道は、また勇者ルクスに守ってもらえる位置に居座るほかないのであった。
「なに? しかし、それはダメだと言ったはずだが?」
フラストの要請は、当然却下される。剣士フラストは勇者の仲間に相応しくなく、国から預かっている大切な国民の血税を無駄に浪費するだけの存在なのだから。
それはもう、フラストも理解している。だから、全てを悟った笑顔で更なる言葉を紡ぐのであった。
「ある程度自衛ができる家政夫って枠で再雇用できない? 料理と雑用は得意なんだ」
「む、それなら問題ない。確かに、今後自分達でやるにしても鍛錬の時間が減ってしまうのは懸念していたからな。しかし、給金は大きく下がるぞ?」
「うん、わかってる。分相応で十分だから」
――フラストが追放された理由は、剣士としての向上心がなく役割を果たせないからだ。しかも、そのくせきっちり他の仕事しているメンバーと同等の報酬を受け取っていたから許容できなくなった。
ならば話は簡単だ。剣士としての役割を放置して家事ばかりやっているのが問題なのだから、初めから家事、雑務担当として仲間に加わればいい。戦闘員のくせに非戦闘員の仕事しかしない給料泥棒を廃業し、初めから非戦闘員として付いていく分には誰も文句など言わないのだから……。
「じゃ、ま……これからもよろしく」
「わかった。皆にも伝えておくよ」
勇者ルクスはフラストの要請を聞き入れ、握手を交わして部屋を去って行った。
まるで、その言葉を待っていたと言わんばかりの即断即決である。
(ようするに、あいつはずっと『剣士』であるなら戦えるのが当然って言ってただけなんだよな。鍛錬を積んで成長しろって。だけど、俺は期待を裏切って今より上にはいけないって諦めたんだから、いつまでも剣士に縋り付いていたのが間違いだったんだよなぁ……)
戦闘職のくせに戦闘で役に立たない。代わりに他の雑用を頑張ります……など、リーダーからすれば受け入れがたい職務放棄である。
そんな当たり前のことに自分で気づくことをずっと待っていてくれたのだと思えば、ルクスに感じるべきは逆恨みでも妬みでもなく、感謝である。
なら今まで迷惑をかけてきたせめてもの罪滅ぼしに、これからは頑張って美味しい料理を振る舞おうと、フラストという男は今まで剣や鎧の品定めをしていた時間に新しく料理本を買うことを決意したのであった……。
――その後、勇者ルクスは魔王を倒し世界に平和をもたらした。
世界を救う戦いに大きく貢献した勇者の仲間達もまた、伝説に名を残す英雄として語り継がれるだろう。
その英雄の一覧に、きっとフラストという名前はない。英雄譚に雑用係の席などあるはずもなく、歴史を積み重ねるほどにその存在は薄れてしまう。
それは、一時期とはいえ剣を握って英雄達と肩を並べた男への扱いとしては酷いことなのかもしれない。
しかし少なくとも、世界を救おうと奮闘した勇者の足を散々引っ張った挙句逆恨みした男、として歴史に名を残すことがなかっただけでも本人からすれば十分な結果であったという。
それに――
「はいよ、勇者コース・フラストランチ一丁!」
「へぇ……これが伝説の勇者が食べてたって料理かー……うん、旨い!」
英雄譚に居場所がなかったとしても、他に名を残す場所が無いわけではない。
剣士として大成することができなかったとしても、他の道で頑張って名を残す。それだって、立派な偉人の道なのだから――
常々思っていたのですが、本職では役立たずだけど実は裏方で大活躍していたから追放されると後悔する系って、追放する側からすると
『自分と同じ条件で雇用されている同僚が仕事丸投げしてきたせいで残業する嵌めになった挙句、元凶は「俺は掃除とお茶くみ頑張っています」なんて言って対等面してきている』
って状況ですよね?
自分の仕事を熟した上でプラスアルファしてくれるなら有能だけど、本来やるべき事を放置してやらんでいいことやっている奴なんて、追放側が有能でもやることは変わらない。そりゃ解雇するでしょうってお話でした。
それに、そんなに料理や雑用のスキルに自信があるんだったら素直にそっちの道を究めた方がお互い幸せになると思うんですよね。
命懸っているような仕事で散々迷惑かけたおした挙句、力を身につけたら今まで苦労かけた恩を返す~ではなく今まで蔑まれたお返しだと復讐に走るよりずっと健全ですし。
というか、まず自分にアピールポイントあると思ってんなら喋れよと。心の中で自分の貢献を主張するだけで口には出さない辺り、本当は自分にパーティー内で価値がないと自ら認めてんじゃないのかと言いたいお話でした。
というわけで、かませキャラレベル99シリーズ第二弾でした。
ご意見ご感想異論反論お待ちしております。
面白いと思っていただけた方は、是非感想、評価(↓の☆☆☆☆☆)よろしくお願いします。