第三章 08
「ブレンダ! この間のあれはどういうこと⁉︎」
会うなりドロテーアはブレンダに詰め寄ってきた。
今日はドロテーアに呼ばれて、二人きりのお茶会だ。
「あれって?」
「温室でのお茶会よ! 王太子殿下と一緒だったでしょう!」
「……そうね……」
「ずっと二人で話し込んでいたじゃない」
あの日は結局、ブレンダは最後までクリストフと一緒にいた。
ブレンダたちは温室の中に作られた建物の、二階にあるテラス席にいて、入り口には警備の騎士が立っていたため他の貴族たちはクリストフに挨拶することすらできなかった。
近寄れないならブレンダがいる必要はないのではと思ったのだが、「一人でここにいるのも変だろう」とクリストフに言われ、ずっと二人で過ごしたのだ。
テラス席ではグランディ王国の話やブレンダが来年から行う予定の孤児院改革など、色々な話をしていた。
「あれは、色々あって……」
「色々って⁉︎」
「……色々よ。で、女性が寄ってくるからそれを防ぐためにいて欲しいって頼まれたの」
「どうしてブレンダが頼まれるの⁉︎」
「……さあ?」
友人だからだが、それを言うのははばかられた。
クリストフが孤児院に通っていることは秘密にして欲しいと、王家から侯爵家に言われている。
防犯上など、色々理由があるらしい。
だからブレンダとクリストフの接点は、表向きにはないのだ。
「すごい話題になっていたのよ。ブレンダが王太子殿下の婚約者候補だって」
「ええ? それはないわよ」
ブレンダは手を振って否定した。
「でもずっと二人きりでいたじゃない! それにあのドレスだって」
「ドレス?」
「ブレンダあの日、青いドレスを着ていたでしょう? あれは殿下の目の色だって皆言ってたわ」
「え?」
ブレンダは目を見開いた。
「……たまたまよ。それに、青いドレスなんて何人もいたわ」
「それに王太子殿下だってブレンダの目の色のタイを巻いていたわ!」
「……そうだったっけ?」
ブレンダは思い出そうとした。
クリストフがあの日巻いていたのはグレーのタイで、確かにブレンダの目の色に似ているけれど。
「グレーのタイなんて、よくある色じゃない?」
「でもお互いの目の色よ」
「偶然よ。だって当日に頼まれたのよ」
「本当に?」
疑いの目でドロテーアはブレンダを見た。
「本当よ」
「ふうん。まあ、『色々』事情があるんでしょうから、そういうことにしておいてあげるわ」
「……だから本当に違うの」
「はいはい。でもブレンダ、あんな怖そうな人とよく一緒にいられるわよね」
「怖くはないわよ」
「え、だって近くに行ったらすごく睨まれたもの」
ドロテーアは大袈裟に身体を震わせた。
「とっても怖くて、冷たい目で。お顔が綺麗だから余計に怖いのよね。あれは確かに泣いてしまうわ」
(そんなに怖い目だったかしら)
ブレンダは首を傾げた。
(髪や目の色が冷たそうな感じだから、見慣れないと怖く見えてしまうのかしら)
ブレンダは普段のクリストフを見ているから気づかないのだろうか。
「それに比べて第二王子のレアンドロ殿下は、とっても優しそうな方だったわ」
ドロテーアはうっとりするような表情を浮かべた。
「ご挨拶しに行ったら微笑んでくれて。同じ歳なんですって言ったら『学園生活が楽しみだね』って言ってくれたの!」
「……良かったわね」
「本当に来年が楽しみだわ」
「……ドロテーアはレアンドロ殿下と婚約したいの?」
「まさか!」
ドロテーアは首を振った。
「お妃なんて大変じゃない。私はほどほどの家に嫁いで楽に生きたいわ」
「……そうなのね」
そういえば漫画でもそんなことを言っていたなと思い出し、ブレンダは苦笑した。
*****
「噂? ああ」
王宮に呼ばれたブレンダがドロテーアの話を伝えると、クリストフは小さく頷いた。
「だから一昨日の夜会は静かだったのか」
「静か?」
「いつもより群がってくるのが少なかったから、なぜかと思っていた」
一昨日は王太子の誕生日会だった。
夜会なので社交会デビューしていないブレンダは参加しなかったが、両親が行っていた。
そうして夜会に出る代わりに誕生日を祝って欲しいと、今日呼ばれたのだ。
「それは良かったじゃないか」
今日はもう一人来客がいる。
クリストフの友人で同級生の、ベネディクト・リントナー公爵子息だ。
ブレンダがベネディクトと会うのは初めてだが、その名前はクリストフからよく聞いていた。
「やれ今度はどこの令嬢を泣かせただの、お前の評判がどんどん悪くなっていくからな」
「向こうが勝手に泣いているだけだ」
「原因はお前だろう」
「――本当に鬱陶しい」
クリストフはため息をついた。
「しかし、お前の女嫌いは筋金入りだが。ブレンダ嬢は平気なんだな」
ベネディクトはブレンダへ視線を送った。
「そうだな」
クリストフもブレンダを見た。
「……ブレンダは貴族らしくないところがあるからかもしれない。初めて会った時は子供を追いかけ回していたし」
「あ、あれは……」
「それにブレンダは私に媚を売ったり迫ったりすることはないからな。一緒にいて気が楽だし、楽しい」
少し顔を赤らめたブレンダを横目で見てクリストフは言った。
「ふうん」
少し考えて、ベネディクトは笑みを浮かべた。
「じゃあ、ブレンダ嬢と婚約すればいいんじゃないのか?」
「え?」
思わずブレンダは声を出した。
「ブレンダ嬢も婚約者いないんだろ? 家柄だって問題ないし、いいじゃん」
「いえでも、私は結婚しないので……」
「え、何で?」
「それは……」
不思議そうな顔を見せたベネディクトにブレンダは口籠もった。
貴族の娘ならば、家のために結婚するのが当然のことだろう。
「――そうか、婚約するふりをするという手があるな」
クリストフが呟いた。
「え?」
「婚約するふり?」
「実際に婚約しなくとも、じきに婚約すると思わせておけば牽制効果はあるだろう」
聞き返したブレンダとベネディクトにクリストフはそう言った。
「ふりねえ」
「頼めるか、ブレンダ」
「え」
クリストフの言葉にブレンダは目を瞬かせた。
「君も婚約の話から逃れられるのだから悪くないだろう?」
「……そう……かもしれないけど」
確かに、婚約する可能性がある相手がいる、しかもそれが王太子となれば、婚約の打診などはなくなるかもしれない。
ブレンダは直接聞かされていないが、ブレンダへ打診の話がきているというのは執事の会話などで耳にしていた。
「でも婚約するふりって……どうするの?」
「この間の温室でのお茶会のように、パートナーが必要な場所に二人で一緒に行くとか。あとは婚約について聞かれたときに、否定も肯定もしないことだな」
「否定も肯定もしない……」
「そうすれば、こちらがはっきりと言わなくとも向こうは勝手に察して判断する。それくらいならできるだろう?」
「……そうね……」
「では決まりだな。頼んだよブレンダ」
クリストフはブレンダに笑顔を向けた。
*****
「――なんで普通に婚約してくれって言わないんだ?」
ブレンダが帰ったあと、ベネティクトはクリストフに尋ねた。
「お前、あの子がいいんだろう」
「ブレンダにその気は全くないからな。それに彼女は本気で結婚しないと考えている」
友人を見据えてクリストフは言った。
「無理に婚約して嫌われたくはない」
「ふうん」
ベネディクトは口角を上げた。
「お前が強引に動かないとは珍しい。そんなに惚れてるのか」
「……まあな」
「しかし、どうして侯爵令嬢が結婚しないつもりなんだ?」
「他にやりたいことがあるそうだ」
「やりたいこと? それは結婚するとできないことなのか?」
「……そうだな。だからといってブレンダを諦めるつもりもないが」
「どうするんだ?」
「陛下とバルシュミーデ侯爵には私の意志を伝えてある。周囲を固めていって、あとはブレンダの気持ちを変えさせる」
「……さすが王太子。策士だな」
「あくまでも計画だ。上手くいくかは分からないがな」
ベネディクトの言葉にクリストフは苦笑した。
「だからお前にも協力してもらいたい」
「協力? 何を」
「問題は来年、ブレンダが入学した後だ。お前の婚約者にも手伝ってもらうからな」
友人を見てクリストフは言った。
第三章おわり




