第十五話 対立
「……いいんですか?本気で闘ってしまっても」
「構わん」
炉寮の道着に身を包んだ茶髪の退魔師、炎上平八郎は授業を終えたあと、破寮の担任である黒羽真鴨から呼び出されていた。
「俺としちゃあ暴れられるなら何でも構いやしませんが……一応、貴方は破寮の担任であらせられる筈ですが」
正座で黒羽からの指示を聞いていた炎上平八郎はくどいほどに確認を繰り返し、黒羽から受けた指示の理由を尋ねる。
「……模擬戦闘訓練にかこつけて波止場を潰せ、とは。破寮生たちが萎縮しますよ?」
炎上は現時点の炉寮生のなかでは突出した戦闘能力を有していた。
「同じことを二度言わせるな、と言いたいところだが。理由を言っておこう。私は未熟な破寮生の担任をすることに飽きている。うんざりしている、と言ってもよい」
黒羽は冷淡に理由を述べた。その瞳に教え子に対する情というものはなかった。
「そもそも基礎を修めるというのは当たり前の話だ。これまで寺子屋と道場で訓練を重ねてきた精鋭であれば、わざわざ手間と時間を取らせずとも中級魔法までは出来て当然の話」
「……は。仰る通りで」
(つっても、実戦で使うのなんざ得意な魔法が殆どだがな)
炎上は笑って茶を口に運ぶ。幼少期から訓練を積んだ退魔師なら、四属性の中級魔法を使用するくらいはわけはない。それが出来ないような人間が受かるほど入学試験は柔ではない。しかし、現に破寮生は入学試験を通過している。
(……基礎も未熟な破寮生。……だが、本当にそうか?それだけで受かるほど、この世界は甘くねえだろ)
内心で炎上はそう考えるが、黒羽は自分の言葉に酔っているように言葉を重ねていた。
「破寮生となった波止場や平等院は、いわば退魔師の面汚しであるのだ。恵まれた環境にありながら努力を怠ってきた屑に他ならない」
(なら、破寮にすら落ちた他の退魔師はなんだ?)
黒羽の言葉には怒りが籠っているように感じられた。内心で炎上は反感を抱くが、地位と立場が上の相手に歯向かうほど炎上は社会性を失っていない。
「私は未熟な平民出身者が集う努力不足の破寮担任などで終わるつもりはない。不穏分子を排除し、学園……いや、退魔師の秩序を維持する。それが私の目的なのだよ」
(……おーおー。仮にも担任の台詞とは思えねぇな。黒羽は平民出身か。そんで波止場は退魔師出身と。……そうは見えなかったが。黒羽の先公は退魔師出身の人間に劣等感でもあんのかねえ)
炉寮生である平八郎は内心で破寮生に同情を示す。平八郎は、黒羽の心理が劣等感と功名心からくるものであると理解した。
(……怖いねぇ、男の嫉妬ってやつは。見苦しい上に面倒くせぇ)
退魔師の世界では妬み嫉みはままあることだ。平八郎自身、他人に嫉妬したことは何度かある。だから黒羽の気持ちは理解できるのだが、十以上も年下の人間にそれを持っていると思うと軽蔑を禁じ得なかった。
「波止場海燕を潰す、ですか。承知致しました。必ずや成し遂げてみせますよ」
……しかし、平八郎は快く黒羽の指示を受け入れた。平八郎にとって、黒羽の思惑はどうでも良かった。
(……これで、あの見北陽花を倒した男の実力がわかる……!)
波止場海燕に個人的な怨みはない。ただ、波止場海燕は一人の退魔師に勝っている。海燕に勝つことが、己の強さを確かめる証明になると思い、平八郎は拳を固く握りしめた。
平八郎が去ったあと、黒羽はふう、と息を吐いた。
(これでよい。もっともらしい理由を言ってやれば下の人間は納得する)
黒羽は思ってもいない台詞で炎上に本来あり得ない指示を出した。それは、人間は理由がなければ動けない存在だと知っていたからだ。
(炎上家。名門として名高い一族ではあるが、ここ二十年一級退魔師を輩出できていない。一級退魔師やその背後にいる将軍との繋がりは欲しい筈だ)
黒羽は平八郎ならば己の思惑を果たせると踏んでいた。
「……頼むぞ炎上平八郎。豊葦国の未来は、お前の手にかかっているやもしれんぞ」
黒羽の脳裏には海燕が育てあげた魔介華があった。そのおぞましい姿は、退魔師にとってあまりに理不尽な脅威の象徴だと黒羽は理解していた。
***
波止場海燕は模擬戦のため、一人の炉寮生と向かい合っていた。
「よう波止場君。やっと君と闘うことができた。俺は嬉しいぜ」
「俺ぁ喧嘩上等だ。炎上っつったか?八雲の前に、俺が相手になってやんぜ」
海燕は緑の瞳に闘志を滾らせて炎上を見据える。炎上は獰猛な笑みを浮かべていた。
「あの北の民には興味はねぇよ。俺ご闘いたかったのはお前さ、波止場海燕。一つ頼んでおくぜ」
演習場の中心で向かい合う海燕と平八郎は互いに闘志をぶつけ合う。戦闘前の軽い冗談を口にしていた筈の炎上の魔力が、ふいに膨れ上がった。
(何だぁ、こいつ!?)
瞬時に海燕も全力で魔力を練り上げ、迎撃体制に入る。炎上のそれは、対人演習と言うにはいささか魔力が強すぎた。もののけとの殺し合いで向ける魔力が海燕に向けられていた。
「……簡単には、倒れてくれるなよ波止場。それじゃあつまらねぇからな」
「人を舐めてっと大怪我すんぞ、炉寮生……!」
海燕の虚勢と共に頬から流れ落ちる汗が地面に落ちた瞬間、黒羽真鴨川が試合開始の合図を告げた。
「互いに向かい合い、礼!……それでは……始めっ!」




