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豊葦原のうみつばめ  作者: 空殻
入学編 
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第一話 虚ろの森


 海燕たちが合格の知らせを受けてから、色々なことがあった。惜しくも試験を不合格となった受験生は、それぞれの出身地へ戻るための船に乗り、合格したものたちは故郷へと届くよう手紙を書いて四ノ島を出る船を見送った。

 港の人々は、新しくやってきた海燕たち()の退魔師を暖かく迎え入れた。彼らによると、いつものことらしい。


「あんたらが一級の退魔師になって売れる絵になってくれたら、うちみたいな書店は大助かりだよ。この島で強くなっていい退魔師になってほしいからね。どうせ退魔師ならひとつ、一級退魔師ってやつを目指しておくれよ」



 という、書店のおじさんの言葉を聞き流しながら、海燕たちは一週間を過ごした。


 海燕はまず、自分の面倒を見てくれた道場の老師範への感謝の手紙を書いた。四ノ島での鍛錬がひと段落したら道場に戻るが今は戻れそうにないことや、他所の退魔師に胸を借りてその魔法を教わるが道場の戦い方を忘れるつもりはないこと、自分を鍛えてくれた日々への感謝。他にも試験で起きたいろいろなことを用紙一杯に(つづ)って、ぶ厚い束になった紙を飛脚に渡して船を見送った。手紙だけで師に顔も見せないというのはいささか不義理で薄情ではあるものの、やむを得ないことであった。


 海燕とて、本当なら道場に戻り、顔を見てきちんとお礼を言いたい。

 しかし、皇区のはずれにある四ノ島から、南部までは遠い。四ノ島を出た船はまず皇区の港につくが、そこまで順調よく進んでももののけへの対処やら魔法による海流の操作やらで一日はかかる。皇区の港で船を変え、港を乗り継いで海燕が師事した南部にの道場に戻るころには、入学式が過ぎ去ってしまう。授業が始まってしまうのだ。



 入学式は、合格してから一週間後に海燕たちが試験を行った森の奥で行われるという。合格者たちが故郷に戻るには、あまりにも時がなさ過ぎた。一週間の間に、瑠璃に弟子入りした海燕は、船仕事で稼いだ日当や退魔師として稼いだ金で文次郎たちと学業に必要な筆やつづりを買いそろえ、学科試験の自己採点をして瑠璃のお叱りを受けたり(その後三日間は薬学や国学やらの勉強をさせられた)、修行に励んだりと余裕があり忙しい日々を楽しんで過ごしていた。


 そんなことをしていると、あっという間に一週間は過ぎ去って、今日は入学式の日。入学試験に合格した若き退魔師たちは、四ノ島、逢魔が山の狭間にある”虚ろの森”にまねかれた。森のふもとにある村を通り過ぎるとき、村人たちがどこか親し気な表情をしていたのが気にはなった。


 

 村の出口にはもののけ除けがあるが、森の入り口から神木が生える森の奥までは、もののけの巣窟だ。しかし、海燕たちは神木の領域に至るまで、驚くほどもののけとは遭遇しなかった。もののけたちも、退魔師たち一人一人が別行動をとっていれば襲いかかるが、流石に百名以上の退魔師が一塊となっているところに襲撃をかけるほど無謀ではないようだ。



 現実の森は、夢の中のそれとは比べ物にならないほど整備されている。獣道ではなく舗装され、人が通れる程度の石の足場で整えられた道を、百人以上の合格者が整然と歩く。海燕は、瑠璃や文次郎、そして八雲と一塊になって歩き、あっという間にもののけの生息域を抜けて神木地帯まで来ていた。


 もののけと遭遇せず、魔毒茸や魔蛇の心配もなく、何よりも整理された道がある。朝早くに森に入った受験生たちは、昼を少し過ぎたころにはそこまでたどり着いていた。


 長い年月を過ごした結果、巨大な体躯となった神木が堂々とそびえたつ霊験あらたかな山。この前の試験では”地爆基(ちばくき)”があったはずの虚ろの森は、ただ神木が静かに佇むだけの森となっていた。


「考えてみりゃ、学校が地爆基なんて使う訳ねぇもんな」


「現実であれをやらないことを祈るよ。神木との戦いは楽しかったけど。流石に神を怒らせるのはまずい」

 

 と文次郎はすぐに胸をなでおろし、八雲もそれに同意する。当然と言えば当然である。地爆基は、魔法の構造上解呪ができない。というより、解呪すると必ず地爆基が作動し、爆発する仕組みとなっているのだ。だからそんなものを神木の森に仕込めば、八雲だけではなくすべての人間が森の神木に殺される羽目になってしまう。

 人間と比べれば無尽蔵といえるほどの魔力を持ち、上級魔法を乱射してくる存在など本来は敵にするべきではないのだ。



 海燕たち四人には軽口を言う余裕があったが、それは他の合格者も同じだった。


 あの森を過ごした合格者たちは、一週間の間に同郷の人間と友達になったり、試験を共にした仲間と友情を育んだらしく、それぞれで軽口を言い合いながら一定の集団をつくり、不測の事態が起きてもすぐに動くことができる準備をしながら、試験官―――――――――ではなく。学園の教師である黒髪の男、黒羽真鴨の後ろについていく。


「みなさん緊張しすぎですよ。神木は穏やかで落ち着いていますから、戦闘になることはありえません」


 そんな受験生たちの中で、長く青い髪を束ねた少女。海燕の師匠となった唐草瑠璃だけは上機嫌だった。鼻歌を歌いながら自らに”浄水”をかけ、自分が病魔に侵されていないことを確認していた。


「気ぃ抜きすぎだぞ瑠璃ぃ……」


 海燕は呆れた声を漏らし、腰に下げた木槍を強く握りしめる。

 退魔師というにはややみすぼらしく、適当に伸ばされていた海燕の髪の毛は

『入学式で恥をかく気ですか?』

という瑠璃の一声によって床屋で整えられた。

 瑠璃によって強引に引きずられながら床屋へと連行された海燕の髪は短くなり、町の不良と見分けがつかなかった外見も一介の退魔師のようになり、見違える風貌になっていた。床屋から出た海燕を見た文次郎と八雲が爆笑し、瑠璃が満足げに頷いていたのを見た海燕は恥ずかしさで悶絶したのだが。


「まぁまぁ、いいじゃないか。”風読み”をしてみたが、今日は鉄烏子もいない。のんびり前の奴についていこう」

「”風読み”ぃ?」

 海燕が聞きなれない言葉に首をかしげる。


「風属性の魔力探知さ」

  

 そう言ったのは八雲だ。試験で負った傷がなかったことになった八雲は、海燕と一緒に瑠璃の補習授業を受けて入学後の勉強に備えていた。彼の腰には、いざという時に振るえる長さの木刀が一振り下げられている。


「北じゃ魔力探知をそう言うんだな。でもカッコいいな”風読み”って。俺も使っていいか?」

「いいんじゃないか?魔法の呼び方は自由だろ」


 浮ついた声で文次郎は八雲に尋ねる。文次郎は学業面で不安がなかったらしく、早々に瑠璃の補修を切り上げていた。文次郎は空いた時間で退魔師としていくつかの仕事をし、また魔法の練習をしていたらしく、一週間の間にもわずかではあるが魔力量が増えていた。


 そんな取り留めのない会話をしながら、百人以上の合格者たちは前に進む。


 神木の中でもひときわ大きな木、いわゆる神木の間を通り過ぎようとした時。鼻歌を歌いながら海燕の前を歩いていた瑠璃の頭に、()()が落下してきた。


「……ぶぇ!?」


 あわや瑠璃の頭に()()が直撃しようという寸前、風属性の魔力を放出してその軌道を予測していた八雲が、何かを掴んだ。


「なんだなんだ!?」


「君、大丈夫?凄い勢いでなんかが落ちてきたけど」


 周囲の合格者たちが瑠璃を心配して尋ねてくるが、瑠璃は驚きで心臓をふるわせながら笑顔でその厚意に返す。


「あ、すみません驚かせて。私は大丈夫です。ねぇ八雲くん、今掴んだそれって……」

「ああ。神木の実だな……」


「げ、また神木が攻撃してきたのか!?お、俺は誓って悪いことはしてないぞ!?」


 文次郎が焦った声を出す。海燕も内心でうめき声をあげた。


(勘弁しろよ……!!)


「戦闘になるか!?」


 海燕は全身から魔力を放出して身構える。土属性の魔法が使えない以上、頼れるのは己の体と鍛えた技、そして火属性と風属性の魔法のみである。


「ちょっと待って海燕くん!!落ち着いて、大丈夫!」


 その瑠璃の指示を聞いて、海燕と文次郎は魔力放出を抑えたが、周囲の合格者たちはそうではなかった。


 彼ら彼女らは、即座に警戒態勢に切り替えて、瑠璃の近くに居た退魔師たちが思い思いにそれぞれが魔力を体内で練り上げ、あるいは放出して不測の事態に備えようとする。


「……何の騒ぎかね、諸君?まさかとは思うが、入学を前にして喧嘩でもするつもりかな?」


 海燕や合格者たちの魔力を感知したのか、黒羽真鴨が瑠璃たちのもとに現れた。彼はどういうみのこなしか、山道と人の群れを全く意に介さず、音もなくそこに出現したように見えた。


「この子が神木に攻撃されたんです!私見ました!!」


 赤毛でそばかすの少女がそう真鴨に訴える。真鴨は少女の言葉を聞いたのかどうか、黒い羽根で自らの前髪を弄って遊んでいるように見えた。


「く、黒羽先生!?いえ、これは違うんです。たぶん神木に敵意はなくて……」


「これを見て下さい。神木の実です。神木は自分の実を俺たちにくれたんです」


 そう八雲が補足する。八雲の大きめの掌には、少し小ぶりの赤い果実が握られていた。


「ほう、神木の実を?……確かに。間違いなく神木の実だな。……くくくくく。

幸先が良いではないか」


「?えぇ??」


 赤毛の少女は困惑の表情を浮かべて真鴨を見る。しかし、真鴨は少女を見もしない。

 彼の興味は、八雲の持つ神木の実にあるようだった。


「諸君もよく覚えておきたまえ。神木は自らを害するものには容赦がないが、自らを益するものには寛大に対応する。君はどうやら、神木にいたく気に入られたようだな。


諸君、山歩きでさぞ疲れただろう?半刻ここで休憩する」


 そう言って、真鴨は合格者たちを一旦休ませた。


「は、はぁ……」


(あのう、何故気に入られたのか分からないのですが……

それと、ものすごく周囲の視線が痛いのですが……)


 瑠璃は神木に認められた嬉しさよりも、気に入られた理由が分からずに困惑する気持ちが強かった。何よりも、周囲の合格者たちの珍獣でも見るような目が辛い。


 そんな周囲に対して、海燕が怒った。


「見せもんじゃねーぞこら!散れ!散らばれっ!」


「海燕くんやめなさい!!私を心配して見てくれてるんでしょうが!」


「だから何で海燕は教師がいる前で蛮行すんだよ!?」

 

 瑠璃を面白がるような視線で見ていた女子たちの集団や、一部の男子に喧嘩を売ろうとする海燕に手刀を入れながら、瑠璃は入学する前から悪目立ちをする羽目になったことに、内心で頭を抱えるのだった。


 彼女は知らない。


 自分たち四人はすでに、皇区出身の退魔師たちから注目されていたことに。

 悪目立ちするまでもなく、現時点でもうとんでもないことをやらかしていたことに。

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