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水霊の決着。

 ・・・ディア。クラ・・・ア・・。・・・ディ・・・。


「クラウディア!」

 強く肩を掴まれて大声で耳元で叫ばれる。

 ハッと私は我に返った。


 水霊は?リーゼは?

 辺りを見回すけれどそこは元いた場所だった。

 

 暗闇の中を結構歩いたつもりだったけれど、現実では一歩も動いていなかった。


「良かった、意識が戻ったんだね。暗闇が晴れた後、君と聖女だけが意識を無くして立ち尽くしていたから心配したよ」

 レナーテも?

 レナーテの方を見ると、皇太子が心配そうにレナーテを抱えていた。

 レナーテも私と一緒で目は開いたもののまだ現実に心が追い付かないのか、ぼんやりと空を見ていた。


 レナーテもあの世界を見たの?

 恐らく1000年前に現実に起こったであろう水霊の過去を。


 最後に湖に佇んでいた水霊の背中から孤独と寂しさの感情が溢れてきて私の胸に流れ込んできた。

 勝手に出て行ってしまった娘に対する怒りなどもその中にはあったけれど、それ以上に寂しい悲しいと訴えかけていた。


 顔は決して泣いていなかったのに、心が悲鳴を上げていた。

 もしかしたら精霊は泣けないのかも知れない。


 きっとあの少女は水霊が自分をこんなにも愛してくれていたことを知らなかっただろう。

 ただの軽口で叩いた冗談を水霊が律儀に守ると分かっていたら、きっと口が裂けても言わなかったはずだ。

 それほどまでに水霊は少女を愛していた。


「帝国の初代聖女様の名前はアンネリーゼ様と言うの」

 レナーテが兄の腕の中から抜け出して起き上がる。


「水霊、あなたが待っていたリーゼさんは多分カーラ帝国の始まりを共に作られた方だと思うわ。建国の聖女様だから後世でかなり盛られた話が多いのだけれども、その中に敵の攻撃から味方を守ったと書かれていたわ。戦災孤児を守るための教会を最初に作られたのもアンネリーゼ様よ。アンネリーゼ様はあなたを忘れた訳じゃないと思う。死因は分からないけれど歴史書によるとかなり早くにお亡くなりになられてしまったのよ。帝国が守護神であるあなたの存在を忘れてしまったことは本当に申し訳ないと思うわ、聖女伝説も災厄の魔物を封じたとされてきたけれど、真実は水神様の加護を得た力で国を守ったときちんと書き直させるから、お願いだからこの世界を破壊するなんて言わないで」


「アノ娘ガ死ンダコトハ知ッテイル」

 神馬が水霊の言葉に続く。

『加護を与えた人間が死ぬと我々精霊には伝わるのだ。生命が弱っていくのも分かる』


 加護って一方的に与えて終わりじゃなかったのね。

 もっと人間と精霊の間に深い絆みたいのが出来るのね。


「私ハ後悔シタ。アノ時無理ヤリニデモ閉ジ込メテシマエバ良カッタト。娘ノ言ウコトナド無視シテ水ノ檻ニデモ閉ジ込メテシマエバ良カッタ。ダカラモウ私ハ間違エハシナイ。今度コソ共ニ生キル」

 3本の水の蔓がこちらに襲いかかって来る。

 1本は私を捕える為に。

 あとの2本はレオとアーサーを私から弾き飛ばす為に。

 剣を構えていた二人が水圧によって後方に吹き飛んだ。


「レオ!アーサー!」

 

「クラウディア!」

 レナーテが叫んだその瞬間水霊が放った水の蔓が私の胴に絡みつき水霊の傍に引き寄せられた。

 足でいくら踏ん張ったところで叶うはずもない。身体は簡単に宙を浮き、水霊まで円を描いて空を飛んで行った。

 水霊に届く途中で神馬が角で水の蔓を切って私を解放した。


『この女子(おなご)はそなたが探している娘ではないぞ』

 空中に放り投げられた私を見事に背中でキャッチして神馬は水霊に告げた。


「何ヲ言ウ。私ガアノ娘ノ魂ヲ間違エルモノカ。ソノ娘ハ間違イナクリーゼノ生マレ変ワリダ」


『1000年前は確かにリーゼという女子(おなご)だったかも知れぬな。だが今は別の名を持って生きている全く別の人間だ。1000年前の記憶など持ちようもないただの小娘よ』

 日本に住んでた記憶は持ってるけどね!


「記憶ナド関係ナイ」

『大いにあるであろう。いきなり見ず知らずの者がやって来てそなたは前世で我の知り合いだったのだなんて言ってきたら、我は間違いなく蹴り飛ばすぞ。今のこの女子(おなご)にはこの女子(おなご)の幸せがある。そなたが一方的に執着して良いものではない』

 神馬が真摯に水霊に語りかける。


『もう約束の1000年は過ぎたのであろう。一人でこんな所にいるから思考がおかしくなるのだ。もはや1000年前の森のかけらもないではないか。悪いことは言わぬ、我と共に精霊界に戻ろうぞ』


「駄目ダ。私ハ私カラリーゼヲ奪ッタコノ世界ヲ破壊シ、今度コソ共ニ生キルノダ」

 水霊と神馬の戦いに割り込んで行く。

「あの、記憶は全くないのだけれど私が本当にリーゼさんの生まれ変わりだったとしたらごめんなさい。記憶があれば真っ先にあなたに会いに来たのに。あなたに会って待たせてごめんなさいって謝ったのに」

 神馬から降りて水霊に歩いて近づいて行く。


「ディア!近寄ってはダメだ、危ない!」

 レオとアーサーが私を止める声が後方で聞こえる。

 でもちゃんと伝えてあげないと、1000年も一人で孤独に待っていた水霊が可哀想。

 私は振り返り、走ってこちらに来ようとしている二人を手で制した。


()()()、1000年の間私との約束を守ってくれてありがとう。そしてごめんなさい。私が水神様を苦しめてしまったのね」

 1000年前の私がもし水霊に会えたら言ったであろう言葉を口にする。


「モウイイ。私ハコウシテ再ビソナタニ会エタ。モウ離レハシナイ」

「・・・水神様。もし私が水神様と一緒に精霊界に行ったならば水神様はこの世界を破壊しないでくれる?」


「ソレハ出来ナイ。私ハズットコノ世界ヲ破壊スルト決メテイタ」

「そう、分かったわ。では私はあなたと一緒に精霊界には行けないわ」

「何故ダ?」

「リーゼはあなたが本当は人間が大好きなはずだって言っていた。私もそう思う。あなたは誰よりも人間が大好きでそして誰よりも優しい精霊だった。愚かな人間たちが精霊から頂いた加護を邪なことに使ってあなたたちを傷つけてしまったからこんなことになってしまった」


 水霊は誰よりも人間が好きだったから、最後の精霊になろうとも人間界に残ってくれていた。

 破壊したいと思わせる程幻滅させてしまった人間側が悪い。


「水神様。私の今の名前はクラウディアというの。優しい両親がいて私の心配をしてくれる沢山の友達がいて、こんな私を好きだって言ってくれる人たちがいるの。私も皆が大好きなのよ。一人安全な場所で皆が死ぬのを黙って見ている位なら私は皆と共に死にたいの。だからごめんなさいあなたと共に行くことは出来ません」

 どれ程水霊がリーゼを愛していたか知っている。

 どれ程水霊が孤独だったかを知っている。

 それでも私はリーゼではないから、今現在私の大事な人たちを選んでしまう。


「ソナタハ今幸セナノカ?」

「ええ、誰よりも幸せよ」

「ソウカ、リーゼトハ全然違ウ人生ナノダナ」

「リーゼさんの人生だって途中から幸せだったと思うわよ。だって水神様に出会えたんだもの。映像で見たけれど、あなたと一緒にいるリーゼさんいつも幸せそうに笑っていたもの。絶対幸せだったはずよ」

「ソウカ」


 水霊は静かに目を閉じた。


「ソナタハ私ガ待ッテイタリーゼトハ違ウヨウダ。ソナタヲ連レテ行クノハ諦メヨウ」

「水神様」

 ほっと胸を撫で降ろす。

 しかし、次に水霊が目を開けた時、リーゼに向けていた優しい瞳はそこにはなかった。


「ソナタノ希望ドオリ、ソナタ諸共コノ世界ヲ壊シテクレル!」


「「クラウディア!」」

 レオとアーサーが駆け寄ってきて私を後ろに守る。


 そう来たかー!やっぱり破壊は基本路線なのね。

 もうこの水霊の気を変えることの出来る存在はいないのかも知れない。

 諦めかけた時、後方から声が上がった。


「私があなたと共に生きます!」

「レナーテ!」

 皇太子が驚いた顔でレナーテを見る。


「水霊!私があなたと共に生きるわ。私をあなたの世界に連れて行って!」

「何を言っているのだ、レナーテ!そなたはカーラ帝国の皇女なのだぞ」

「お兄様、私は帝国を救うために生まれてきた聖女です。ここは私の出番です」

 レナーテは力強く言うと、兄を置いて水霊に向かって歩いて行った。


「私ではリーゼさんの代わりにはならないことは分かっているわ、でも私にもあなたと一緒に行く権利はあるはずよ。だって本当はこの体がリーゼさんの生まれ変わりとなるはずだったのでしょう?だからあなたは私が生まれた時から傍にいてくれた」

 私とクラウディアが色々選択を誤って混乱してしまったけれどと笑うレナーテ。


「私がリーゼさんの生まれ変わりじゃないって本当はすぐに分かったんでしょう?それでもあなたはずっと私の傍にいてくれた。それは何故?」


 沈黙する水霊。


「分かってる。私が孤独だったからよね。誰からも見向きもされず、ずっと寂しい寂しいって泣いていたから、あなたはそんな私を可哀想に思ってずっと私の傍にいてくれたのよね」


 話しながらもレナーテは一歩一歩水霊に近づいて行った。

 ようやくたどりついた時、レナーテは自分の知っている姿とはかけ離れた姿になった水霊を見つめた。 

 

 水霊も黙ってレナーテを見下ろしていた。


「あなたがずっと一緒にいてくれていたから、私は孤独死しないで済んだの。前世も一人今世も一人であのまま私一人だったらきっととっくに今世に絶望して死んでいたと思う。だから今度は私があなたを救うわ。水霊、私を一緒に連れて行って。あなたがいなくなってしまったら私は今度こそ一人になってしまうわ。お願い」

 レナーテは泣きながら両手を伸ばして水霊の答えを待つ。


「ソナタハリーゼデハナイ」

「そうね」

「全ク関係ノナイ人間ダ」

「そうね」

「シカシ私ト同ジ孤独ヲ抱エテイタ」

「そうよ」

「・・・私ノ傍ニイタイノカ?」

「いたいわ!ずっとずっと一生あなたの傍にいる!」

 レナーテは水霊の首にしがみ付いた。


「私とあなたは似てるのよ。不器用で孤独で寂しがり屋で。あなたを理解できるのはリーゼさんでもクラウディアでもなく私よ。私があなたをリーゼさんの代わりに幸せにしてあげるわ。だって私はその為に生まれてきたんですもの」


 レナーテの体が心に反応するかのように輝いた。

 それと同時に水霊の身体に残っていた邪気が全て浄化された。


「私がずっと待っていたのはリーゼではなく、私の心の孤独を癒してくれる存在だったのだな」

 水霊が完全に精霊に戻った。

 清らかな空気が水霊の周りを纏う。


「共に行こう。精霊界へ」

 水霊はレナーテを抱えて空を飛んだ。

 全員が空を見上げた。


「レナーテ!」

 地上でクリストフ殿下が吠えた。


「レナーテ!ダメだ、戻って来い。そちは余のたった一人の妹だ。何のために余がそちを教会から奪い返したと思っているのだ。そちは覚えていないだろうが、余はそちが生まれたことを本当に心から喜んだのだ。たとえ腹違いでも妹が出来たことが嬉しくて、周りが止めるのも聞かずなんどもそちを見に行った。そちが3歳で聖女認定され教会に奪われた時どれ程悔しい思いをしたことか。やっと成人してそちを取り戻すことが出来たのに、どうしてまた奪われなければならないのだ。嫌だ、頼む。戻ってきてくれ、レナーテ!!」


 クリストフ殿下の悲痛な叫びが木霊する。

 水霊の姿が消える寸前、レナーテの声が聞こえた。


「私もお兄様が大好きです」

 その声を最後に二人の姿は完全に空から消えた。


「レナーテぇぇぇぇぇぇ」

 クリストフ殿下の泣き声だけが風に乗って二人の後を追って行った。




いつも読んで頂きましてありがとうございます。(*^_^*)


やっとここまで来たなーという感じです。

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[一言] この作品で1番幸せじゃないのはクリストフじゃない? 恵まれてほしいと思う。
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