クラウディア到着
今回は時間がないので神馬に頼んで意識操作をしてもらい、高所を飛ばずに出来るだけ早く行って貰うことにした。
早く、早く、早く!
レナーテ無事でいてね。
急く心を押さえ前方を見つめる。
街を抜けて田園地帯を抜け岩や石が多く集まる岩石地帯が見えた途端、人々が争う声が聞こえてきた。
いた!
思ったよりも近い場所にいた。
上から見た限りだと大勢の帝国軍が一部の帝国軍を半円状に囲んでいた。
ということは、あの崖を背に追い詰められている部隊がレナーテのいる正規軍?
嘘でしょ、もはや9対1って感じじゃない。
あんな数の差があるのならすぐにでもやられてしまいそうなのにまだ持ちこたえている。
「神馬、あそこに行ける?」
『行けるが行かぬ』
何でよ!
『そなたがあそこに行ったところで何になる?もう一人死ぬ人間が増えるだけだぞ』
う、それはそうなんだけど。
『それにそなたが心配している娘ならまだ大丈夫であろう。あれを見よ』
言われて囲まれている一群を見ると、攻撃を受けるたびに何やら透明な光が発生している。
何?あの光。
『あの娘の防御の力だな。あれがある限りやられることはあるまい』
さすが聖女様。
でもあの力はいつまで持つの?いくら水の精霊の加護を貰ったと言っても限界はあるでしょう。
神馬にいくら頼んでも降りてくれないし、最低条件として正規軍のいる崖の上に降ろしてもらうことで合意した。
ここで何をするかって?
決まっている、ここから敵を攻撃するのよ。
崖の上から出来るだけ大きな石を選んで下に投げ落としていく。
上手くいけば頭に当たって気絶してくれるかも知れない。
焼け石に水だけどやらないよりはマシ。
えいえいえいえい。
何人か上手いこと当たって倒れた。
やったわ!
ガッツポーズを決めていたら、下から声が聞こえた。
「そこに誰かいるの!?」
レナーテだ。
「私よ、クラウディアよ。助けに来たわよー!」
おーいと身を乗り出して手を振ったら、支えにしていた手の部分の崖がポロリと落ちた。
あら?あらららららら?
ふわりと浮遊感を感じた私は、そのまま重力に従って真っ逆さまに落っこちた。
下まで10メートルはある。
落ちたら即死。ぺっちゃんこ。
きゃああああ!死ぬ、死んじゃうー!!!
ぎゅっと目を瞑って衝撃を覚悟したけれど、いつまで経ってもその時はおとずれない。
あら、どうしたのかしら。
恐る恐る目を開けると、神馬が私の背中の服を噛んで持ち上げてくれていた。
あああああ、ありがとう。神馬。
ちょっと情けない格好だけど、本当にありがとう。
そのまま神馬は私を地面に降ろしてくれた。
駆け寄ってきたレナーテは私を見て呆れていた。
「あなた一体何しに来たの?」
えーっと多分一応きっと手助けに?
あんまり助けてはいないけど。
あははーっと笑って誤魔化すと、レナーテが私に抱き着いてきた。
「嘘よ、来てくれてありがとう。嬉しいわ」
レナーテの体が震えていた。
そうよね、平和な日本から異世界に転生して人間同士の殺し合いを見せつけられたら誰だって怖いわよね。
「私が来たからにはもう大丈夫よレナーテ。任せておいて」
レナーテを安心させるように背中をポンポンと叩く。
「ええ、他の人はどこにいるの?まだ崖の上?」
目じりににじんだ涙をぬぐいながらレナーテが質問してくる。
ん?
「レオン様やアーサーは?」
「・・・」
「まさかあなた一人で来たの?」
イエース。オフコース。
「何か策でもあるの?」
何にもないでっす!
「何しに来たのよー!!!」
レナーテが怒った。
待て待て待って。確かに無策で来ちゃったけど、私は役立たずじゃないわよ。
きょろきょろ辺りを見回して、負傷した味方が手放していた剣を拾う。
ひゅんと振り回すと確かにインディア国とは勝手が違うけれども十分使えそうだった。
「加勢するわ」
焼け石に水かも知れないけれど、私だって戦える。
人を切ったことはないけれど、動けなくする位なら出来る。
ゲームのライバル令嬢は運動神経だって良いんだからね。
しかしレナーテによって反対された。
「やめなさい。あなた人を殺したことないんでしょう。殺さない限り彼らは止まらないのよ」
何そのホラー映画みたいな展開。
どれだけ皇族恨まれてるの?
「失礼ね、私たちが恨まれてる訳じゃないわよ。彼らは災厄の魔物に操られているのよ。言ったでしょ、災厄の魔物が動物を操って襲いかかって来るって」
そう言えばそんなこと言ってたわね。
「私の失敗よ。まさか災厄の魔物が人間も操れるなんて知らなかったのよ。私たちがここに着いた時にはすでに先行隊が操られていていきなり襲いかかって来たのよ。さらに彼らと戦った者たちも次々と操られていって敵になってしまったのよ」
なんと!まるでウィルスみたいね。接触感染?それとも空気感染なのかしら。
「私ずっとこのゲームしながらなんで聖女は皇女なのに少人数の攻略対象者だけ連れて討伐に行くんだろうって思ってたのよ。軍隊率いて行けば楽なのにって。まさかその軍隊が敵になるなんて思わなかったわ。少人数なのはその人数しか聖女が魔物の力から味方を守れないからなのよ。そんな裏設定あるなら運営も攻略本に出しておきなさいってのよ」
レナーテは怒っているが、これがゲームと現実の差なのだ。
現実は本当に何が起こるか分からない。
「操られている人たちを元に戻すことは出来ないの?」
「操られてることに気付いた時とっくにやったわよ。でもいい、見てて」
そう言うなりレナーテは前方の敵に向かって手から光を放つ。
ぱたぱたぱたと数人の兵士が倒れたと思ったら、しばらくするとまたムクリと起き上がり襲いかかってきた。
何このゾンビたち。ここってバイ〇ハザードの世界だったの?
「ね、すぐに元に戻るでしょ。キリがないから諦めたのよ。私の力ではこれ以上の人数を守れないし。皆もう戦い続けて満身創痍なのよ。少しでも体力を回復してもらうために今は防御に徹しているの」
体力が回復したら逃げ道を作って一旦引き上げるわ。とレナーテは言うけれども、果たしてレナーテの体力がどれ程持つのか。
「この防御壁はあとどれくらい持ちそうなの?」
「ずっと魔力を放出し続けたことなんてないから分からないけど、あと数時間が限界かしら」
あと数時間。逃げる体力を考えたら出来るだけ早い方が良い。
そうだ、神馬に数名ずつ乗って崖の上に避難させてもらうっていうのはどうかしら?
しかしこの案はレナーテによって却下された。
「奥に弓矢隊もいるのよ。空なんて狙ってくださいといわんばかりじゃない。傍にいないと私の力は効かないわよ」
ダメか。
「じゃあ、レナーテの加護精霊さんの力を借りるっていうのはどう?」
今もレナーテの隣で無言で立っている侍女姿の精霊さんを指差す。
「私の守護精霊はそんなに強くないから無理よ。あなたの神馬と一緒にしないで。私に加護を与えて現世に姿を留めているだけで精一杯なのよ」
そうなんだ。神馬を基準に考えたらいけなかったのね。
そうなるともう私では案が出てこない。
ここにレオがいてくれたらきっとこの状況でさえ覆るいい案を出して貰えたに違いないのに。
唇を噛んでいると、前方にいたクリストフ殿下がやって来て私に話しかけてきた。
「クラウディア嬢。こんな戦場にまで追いかけてくるとはそんなに余を愛しているのか。そちの気持ちは良く分かった。この戦いが終わったら早速皇帝陛下に許可を貰いそちを余の妻といたそう。そちの心意気にも感動いたしたが、先ほどそちが空から舞い降りてきた姿はまるで天女のごとき美しさだったぞ」
何言ってるのかしらこの殿下は。こんな状況で良く女を口説けるわね。すごいメンタル。
第一神馬に咥えられて落ちてきたあの格好が美しいなんて嘘でしょ。可愛く言ったところでせいぜいが親猫に咥えられてぶら下がった子猫よ。
「レナーテを心配してやってきたのです。レナーテは友達ですから!」
「おお、そうか。そち等は友人になったのか。いや、それは良かった」
クリストフ殿下はがっかりするかと思ったけれど、予想に反して喜んだ。
もしかして殿下もレナーテに同性の友人がいないことを密かに気に病んでいた?
俺様の割にクリストフ殿下って妹思いよね。
「レナーテ、体調はどうだ?きつくなる前に余に言うのだぞ。そちの力が尽きる前にこの包囲網を突破して道を切り開くからな」
「はい、お兄様。こんなことになってしまったのも、私の読みの甘さが原因ですわ。戻りましたらいかようにも処分をお受け致します」
「何を言っている。この戦いの指揮官は余だ。罪があるとすればそれは余の采配にある。そちがそちに出来ること全てを全力でやっていることは余が誰よりも知っている。そちが気にすることなど何もない。後のことはこの兄に任せておけ」
「お兄様」
良いわね、兄妹って。私も弟妹が欲しくなっちゃったわ。国に帰ったらお父様とお母様にお強請りしてみようかしら。
そんな兄妹愛溢れる平和な一幕もあったけれども、結局誰も何も良い案が出せずただいたずらにレナーテに負担をかけるだけの時間が過ぎた。
日もだいぶ落ちてきた頃、レナーテがグラリと体を崩した。
「レナーテ!」
慌てて支えると、レナーテは額に汗をにじませながら踏ん張った。
「大丈夫、ちょっと意識が飛んだだけよ。まだ私はやれるわ」
「もうこれ以上は無理よ。皆だいぶ回復出来たし、結界を解いて囲みを破りましょう!」
私は結界の中にいる間味方の兵士たちの間を回り、軽く回復魔法をかけて行った。そんなに重傷な人がいなかったおかげもあったけれど、この分なら全員走っていけるだろう。
クリストフ殿下を探し、もうレナーテが限界だと告げる。
殿下もレナーテの様子を見て突破を決めた。
「レナーテ、力を解け。突破する」
味方の兵士が私たちを守るように囲み一点突破を試みる。
「行くぞ、目指すは北北東方面。聖女を守って突き破れ!」
クリストフ殿下の号令に合わせてレナーテが力を解く。
一斉に敵が襲いかかってきた。
それを殿下と味方の兵士が切り捨てていく。
ただ元は味方だった兵士なのでどうしても理性があるこちらの方の剣が鈍くなる。
私も何度かレナーテを守り敵の剣を受け流したけれど、ガラス玉のような目をした兵士を相手にするのは必要以上にぞっとした。
クリストフ殿下も何度も鼓舞して味方の兵士を盛り上げようとするけれど、敵を倒す以上にこちらの味方が倒れて行った。
ジリ貧だ。
何せ相手は操られていいるせいで痛みによる戦意喪失が見られないのだ。手が折られようが胴を切られようが足が動く限り突進してくる。
まさに殺戮機械。
またも味方の兵士の壁を破り、敵が私に襲いかかってきた。
「くっ!」
剣を上段で受け止め流そうとしたけれど、予想以上に相手の力が強く剣を落としてしまった。
しまった、やられる!
手を押さえながら私に襲いかかって来る兵士の姿が目に焼き付く。
何も考えていない無機質な瞳。操られた兵士が私を殺そうと大きく腕を振りかぶっている。
誰か、助けて!
一人の人物が頭に浮かんだ瞬間、目の前に黒銀の衣装が飛び込んできた。
ザンッ!!
今にも私に襲いかかろうとしていた兵士は頭から真っ二つに分かれた。
「大丈夫か」
振り返ったその顔は、
「アーサー」
なんでここにアーサーが?
そもそもどこからやって来たの?
もしかして私さっきの兵士に殺されちゃって、天国にでもいるのかしら。
呆けている私の目の前でアーサーがゴンと頭を剣の柄で叩いてきた。
「痛い」
「戦場で気を抜くな!まだ敵はいるんだぞ」
はっ、そうだった。
ってことは私はまだ生きてるのね。これは天国でも夢でもないのね。
「アーサーはどこから来たの?」
敵を倒しながら私が訊ねると、アーサーは崖の上を剣の先で指した。
え、もしかしてあそこから飛んで来たの?
軽く10メートルはあるわよ。アーサーの身体能力どうなっているのよ。
アーサー一人入っただけでも随分戦況が楽になったけれど、その後にレオが帝国軍を率いて現れた。
「レオ!」
「待たせたね、ディア。もう大丈夫だよ」
その頼もしいほほ笑みに一気に気が楽になった。
やっぱりこの二人がいてくれると頼もしい。
ブクマ&評価&感想ありがとうございます。(*^_^*)