出発
翌朝私は静かな心で身支度を終えた。
時間を置いたおかげで自分でも心の余裕が出来たのだと思う。
今朝もてっきり部屋で一人でご飯かと思っていたら、マリーがそのままドアを開けた。
「本日は最終日なので、皆様とご一緒に朝食をとのことです」
あら、そうなのね。良かったわやっぱり一人ご飯って美味しくないもの。
昨夜は突然のことに自分でも興奮してしまったんだと思う。
なにせ神馬に言われるまで先行隊という頭がなかったのだから。
レナーテは幼い頃から今日の準備をしてきたと言っていた。
私の心配は余計なものだということは分かっているけれど、ここまで関わってしまった以上他人のふりは出来ない。
朝食を食べたら出発前する前に神馬に頼んで窓から抜け出して、遠目からでも良いから討伐隊の様子を伺っていよう。万が一レナーテが危なくなったりしたら助けることが出来るように。
自分の中で計画を決めて皆の所へ行く。
イングラム侯爵に皆で今までお世話になったお礼を述べると、イングラム侯爵は難しい顔をした。
「どうしても今日出立しなくてはいけない訳があるわけではないのでしたら、どうですかな出発をあと1日遅らせては。」
え!?なぜかしら。
「ふむ、隠していてもどうせもうすぐ皇宮よりお触れが出ますからな。実は昨夜悪しき者が現れてすでに先行隊が討伐に出ております。帝国軍は勇猛果敢な者たちの集まりですからな、すぐに討伐完了の連絡が来ることでしょう。しかし昨夜街を大勢の兵士が通ったことで民が疑問を持ちましてな。もうすぐ正式な発表と皇太子様率いる軍の本体が街を通る手筈となっております。カーラ帝国の国民は良くも悪くもお祭り好きでしてな、悪しきものを退治する正義の皇太子様という図式に街はお祭り状態になるはずです。検問を通るのも時間が掛かるでしょう。下手をすると今出立しても今日中に帝都を出れるかどうか。1日経てば落ち着くでしょうし、検問に引っかかる商人たちも明日には身の振り方を決めるでしょう。悪いことは言いません、明日以降の帰国をお勧め致します」
イングラム侯爵の言葉に考え込んだ後、レオが質問した。
「皇太子様の軍が通るのはそんなに早いのでしょうか」
「まあここだけの話本当はもっと遅いはずだったのですがね、他国の軍が攻めてきたのではないかと勘違いした帝国民が多く、混乱を招くくらいならば早めに発表してしまった方がいいということになりましてな」
さすが上級貴族の侯爵。裏事情にも詳しい。そう思った時、わあああああ!と歓声が外から聞こえてきた。
「ああ、どうやらもう通るみたいですな」
こんな上級貴族の地域にまで聞こえるくらい大きな歓声だ。
クリストフ殿下もやたらポジティブ思考の人だったけれど、カーラ帝国の国民自体が基本ポジティブ思考なのだろう。
災厄の魔物の出現に不安に怯えるよりも祭りに変えてしまう思考をもっているのだから。
「そうですか、ではお言葉に甘えて半日様子を見て無理なようでしたら明日出発にさせて頂きます」
レオがそう言うとイングラム侯爵は喜んだ。
「おお、そうですな。それが良いでしょう」
何気にイングラム侯爵はレオを気に入ってるわよね。
顔もいいし打てば響くように返答も返って来るし、何より今は無害な好青年を装っているものね。気に入られるはずよ。
いつの間にやら私に付き添って来たというよりか私がレオに付き従ってやってきた感じになっているもの。
これが生まれながらにして人の上に立つ者の存在感という奴なのかしらね。
いざとなったらレオやアーサーを騙していかないといけないかと思っていたけれど、この分なら誤魔化せるかも知れない。
私が期待を胸に抱いていると、私の表情から怪しいと思ったのかそれとも日頃の行いのせいかレオによって再び部屋に軟禁されてしまった。
なんか私皆から信用されてない気がするわ。
日中のせいでマリーも一緒に部屋にいるから、神馬に乗って出かけることもできない。
仕方なく私は神馬に頼んでレナーテ達の様子を見てきてもうらうことにした。
神馬は面倒臭いという態度を隠しもせずにヤレヤレといった風で飛んで行った。
頼むわよ、神馬!
軟禁されているせいでやることもなく、マリーと数時間部屋でお茶を飲みながら歓談していると、ノックの音がしてレオがやって来た。
「ディア、やはり出発は明日になりそうだよ。アーサーに頼んで街の様子を見てきてもらったんだけど、いまだに街中では酔っぱらって騒いでいる市民が大勢いるそうで、到底馬車が進めそうにない状態らしい。検問にも長蛇の列が出来ているとのことだった」
読みが甘かったなとレオが反省している。
仕方ないわよ、まさかこんなに早く皇太子の軍が出るとは思わないもの。
「レオはなぜ早く帰国したいの?災厄の魔物が危険だから?」
災厄の魔物の存在を面白がっていたレオが災厄の魔物に怯えるとは思えないのだけれど。
「災厄の魔物がどんなものか分からないからそれについては今の所なんとも言えないけれど、今怖いのはむしろ魔物よりも人だね」
どういうこと?
「ディアがもしカーラ帝国の貴族だとしたら、他国の貴族に自分の国に災厄の魔物が出現したことを知られたいと思うかい?」
うーんと考えて否定する。カーラ帝国のせいじゃないとしても他国の人間にそんな悪しき存在がいたことが知られたら嫌よね。
「そう。封印に成功すれば問題はない。むしろ我々の口からインディア国にカーラ帝国の偉大さが伝わるだろう。でももし失敗したらすんなり帰国させてもらえないかも知れない。先ほどのイングラム侯爵の発言ももしかしてそこから来ているのかも知れないと思ってアーサーに街を見てきてもらったんだけど、侯爵の言葉に嘘はなかった」
あんな親切なイングラム侯爵まで疑わないといけないのは悲しいわね。
「このまま大きな動きがなければ明日は予定通り出立出来るだろう。ディアもそのつもりでいてね」
「分かったわ」
私が頷くとレオは安心したように去って行った。
ついでにマリーもそろそろ昼食の時間に差し掛かりますから受け取って参りますねと言って出て行った。
皆がいなくなって部屋が静かになった。
私は窓に近寄り今頃この空の下を災厄の魔物に向かって行進しているであろうレナーテを思った。
すると青空から一羽の小鳥が飛び込んできた。
「神馬!」
私は急いで神馬の傍に駆け寄った。
「ご苦労様、疲れたでしょう。それで帝国軍の様子はどうだった?」
聞いたところでまだ行進の最中だったと言われるだろうと思っていたのに、神馬の口からは予想外の言葉が出てきた。
『交戦していたの』
交戦!嘘、もう災厄の魔物と戦っているの
「それで?」
『それだけだが』
は?
え、もっとあるでしょ。戦いの様子とか勝負の行方とか。
「災厄の魔物はどんな姿をしていたの?レナーテは大丈夫そうだった?」
神馬は報告能力が低いようなので、仕方なくこちらから質問することにした。
『災厄の魔物といわれるようなものはやはりいなかったの。聖女たちは先に出発した先行隊と思われる者たちと人間同士で戦っていたぞ』
えええええ!
どういうこと?
『大方仲間割れであろう。昔から良くあったことだからの』
嘘でしょ。災厄の魔物と戦う前になんで仲間割れ始めちゃったわけ?
カーラ帝国の内部ってどうなっているのよ。
クリストフ殿下人望ないにも程があるんじゃなくて。
「どっちが優勢な感じだった?」
『人数差が大きかったからの、後続隊が圧倒していたように見えたが』
そうなんだ、じゃあ取りあえずレナーテは無事ね。ほっとしたのも間もなく続く神馬の言葉に衝撃を受けた。
『次々と本隊から裏切りが相次いで、我が去る頃には劣勢になっていたの』
嘘でしょー!
どうなっているの帝国軍。質が低いにも程があるわよ。
私はドアの方を見てまだマリーが戻ってこないことを確認して、急いで皆に充てて手紙を書いた。
≪ちょっとだけ出かけてきます。すぐに戻りますから心配しないでください≫
これでヨシ!
「神馬、私をそこに連れて行って!」
神馬はさっき戻って来たばかりなのにとでも言いたげな顔をしたけれども、大人しく私を乗せて飛んでくれた。
いざ、出発!
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おせっかいディアがやっと出発しました。ふう、やれやれ。




