カーラ帝国の夜会
ベーメ家は侯爵家なだけあって夜会の規模も大きかった。
案内係が声を上げる。
「インディア王国よりクラウディア=エストラル侯爵令嬢、およびルーカス=サンドフォード公爵子息、およびアーサー=シモンズ伯爵子息ご来場です」
ドアが開かれると大勢の帝国貴族が一斉にこちらに注目した。
皆の視線を感じながら、口元に軽く微笑みを浮かべて進んでいく。
誰も何も言わない。
静かな沈黙の中をただつき進んでいく。
やばいわ、なぜ皆何も言わないのかしら。一人だったらすくんで歩けなくなるところだった。
隣に気心の知れたレオとアーサーがいてくれて良かった。
最初イングラム侯爵は息子のグスタフさんを私のパートナーにと言ってくれていたのだけれど、肝心のグスタフさんに、
「お爺様、バカですか。この三人を別々に入場させるより、揃って入場させた方がインパクトがあるに決まってるじゃないですか。そんなことも分からない様ならそろそろ引退なさった方が良いですよ」
とかなり毒を含んだ言葉で否定されてしまい、「お前の為だろうが」と小声で反論してきた侯爵に、
「無駄なことはいい加減諦めた方が人生楽ですよ。もういいお年なんですから」
と更に追加で毒を吐いて、侯爵を撃沈させていた。
ホールの中ほどまで来て止まり、三人で揃って挨拶を決める。
頭を上げた瞬間、ホールが割れんばかりの拍手が起きた。
良かった、成功したみたいね。そうよね、レオとアーサーがいるのですもの、第一印象が悪いわけないわ。
真っ先に開催者のガブリエーレ様が駆け寄ってきた。
やはり侯爵に似て小ぶりで丸々とした可愛らしいご婦人だった。
「ようこそカーラ帝国へ。私はこの夜会の開催者であるガブリエーレ=ベーメですわ。本日は楽しんでいらしてね」
「クラウディア=エストラルでございます。本日はお招き頂きましてありがとうございます」
私の後でレオとアーサーも続ける。レオは偽名だけれど。
「んふふ、本当のことを言うとお父様から頼まれたとき本心では面倒くさいと思っていたのですけれど、今はラッキーだと思ってますわ。ご覧になって皆様、誰もがあなたがたと話している私を羨ましそうに見ておりますわ。あと数分経ったらきっとあちこちから私を出汁にあなた方とお話したい輩が押しかけて参りますわよ」
チラリと周りに視線を向ければ確かに大勢の貴族がこちらに注目している。
特に自分に自信のありそうな若くて美しいご令嬢方の目が怖い。
まるで猛禽類のようだ。
「帝国貴族達の気持ちは痛い程分かりますわ、皆さんが入ってきた瞬間異国の風がこのホールにぶわっと吹き荒れましたもの。その上皆様の洗練された仕草、漂う威厳と上品さ。私も帝国の上級貴族ですけれど、カーラ帝国にこれほど綺麗な所作をする者はおりませんわ」
ふんふんと鼻息を荒くして力説してくれる。
グスタフのあの素直さはガブリエーレ様譲りだろう。
「でもカーラ帝国も負けてはおりませんわよ。帝国貴族で皆様に勝てる者はあいにく見当たりませんけれど、皇族の皆様は皆見目麗しく聡明であらせられますのよ。実はここだけの話、今日こっそり皇太子様をお呼びしているんですの。まだ独身で決まったお相手もおりませんから、良かったら狙って下さいませね。クラウディア様なら皇太子さまの横に並ばれても遜色ありませんわ」
扇子の影でとんでもないことを暴露されてしまった。
皇太子が来るなんて聞いてません。
それにしてもうちもまだレオの婚約者が決まっていないが、まさかカーラ帝国でも皇太子の婚約者が決まっていないとは。
「皇太子さまはおいくつになられるお方なんですか?」
「そうねぇ、確か今年で18歳におなりになるわ」
かなーり良い年だ。なぜ婚約者が今までいなかったのか。
「何人か候補者はいらっしゃるのよ、うちのコルネリアも一応家柄的に皇太子様の候補者の一人だし。でもどなたも神殿の許可が下りなくて保留になっているのよ。なぜ神殿の許可が下りないのか私達も不思議に思っているのだけれど。もしかしたら皇太子さまが立派過ぎて神殿が高望みしすぎてるのかもしれないわね」
指を指された娘のコルネリアさんは、レオの右横をちゃっかりキープしていた。
「え、あら。いつの間に」
気が付いたらレオとアーサーは帝国のご令嬢方に囲まれていた。
すごいわ、二人ともご令嬢ホイホイみたい。
レオはにこやかに応対し、アーサーは眉一つ動かさずに口少なく応対していた。
レオと視線が合い微笑まれる度にご令嬢の山の一角が崩れ、アーサーが話す度に一部のご令嬢が腰砕けになった。
それを見たガブリエーレ様は、
「カーラ帝国をそちらの方面で滅ぼしにきたわけじゃないわよね?」
と私に確認を取ってきた。
あー、そうですね。あの二人ならやろうと思えばできそうな気がします。
目を見合わせて夫人と二人で笑って誤魔化していると、
「楽しそうですね、ガブリエーレ侯爵夫人。そろそろ僕達にもこの美しい方を紹介して頂けませんか?」
と複数の男性貴族がやって来た。
「あらまあ、せっかちな男性は嫌われましてよ。でもそれも致し方ありませんわね。良いですわ、ご紹介します。私の父の元で今お客人として滞在されているインディア国のクラウディア=エストラル侯爵令嬢ですわ」
「クラウディア=エストラルです、初めまして」
カーテシーを決めほほ笑むと、わっと男性陣が押し寄せてきた。
「僕はディーゼル伯爵家の次男坊でダミアンと言います!」
「私はヒューブナー伯爵家嫡男のエグモントです」
「なんの、私は・・・」
「いえ、僕こそは・・・」
僕は私は俺はと一気に大勢に囲まれて紹介されても覚えられない。レオじゃないんだから。
笑顔でいるだけで精一杯。
今まで他人のフリして逃げててゴメン、レオ&アーサー。こんなに大変だったのね。インディア国ではこんなことになったことないから分からなかった。
顔は笑顔で心で悲鳴を上げていたら、ざわっと空気が揺れた。
ん?と後ろを振り返ると長身美丈夫な青年がすぐ後ろに立っていた。
ダークブラウンの髪と同じ色の瞳。
良くいる髪と瞳だけれど、存在感が凄い。
この威圧感は怒れるレオと同じ位だわ。しかもこの人は怒っていないのに周囲を圧倒する気配がする。
もしかしてこの人。
先ほどのガブリエーレ様の言葉が思い浮かぶ。
カーラ帝国の皇太子様!?
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