ホムンクルス1
オウカはまた、懐かしい夢を見ていた。
やはり結末は悪夢なので、オウカはすぐにでも夢から抜け出したかったが、記憶とも言うべき夢の世界。その住人でないオウカは、介入をすることのできない鑑賞者。
だから、どこに存在するかも分からない己は、もがき苦しみ、今にも夢の世界のオウカを斬り殺したい衝動に駆られるのだ。
『今日の剣は中々冴え渡っていた。俺とあんたが共に戦えば敵はないな』
『ふっ。その通りだな』
夢の世界のオウカは気楽にも、“彼女”と一緒に歩いていた。
どことなく、二人は笑みを浮かべている。
『俺はあんたと一緒に作った剣技を、ドンドン殺して強くする』
『ああ。だが、その剣技を愛すべき国民に向けるなよ? 勇者』
『俺と一緒に戦うのは楽しくないのか? 姫』
そう互いに皮肉めいた口調で喋ると、互いに笑い出し、一方は肩を小突いたり、指をさして笑ったりしている。
まるで青春でも語り合っているようで、話の物騒さなど微塵も感じさせない錯覚すらあった。
『あんたの剣と俺の剣は対になっている。影打ちといえどもあんたの剣とも遜色はない。なら、あんたと殺し合いをすれば、どっちが勝つんだろうな?』
『君との訓練では、勝敗は拮抗していたな。本気の殺し合いになれば……確かに分からないな』
『確かにそうだ。あんたと俺は同じ名匠に剣を打ってもらい、同じ時期に剣の修行を始め、同じ剣技を持つ。そして、勝敗は拮抗している』
嬉しそうに夢のオウカが言うと、彼女も嬉しそうに笑っていた。
『同じ力を持つ人間を殺してみたくなったのか。君は自国の姫相手にとんでもないことを言うのだな』
『俺はあんたを殺して、世界最強の剣士になる』
『くくく。あーはっはっはっ!』
オウカが本気で言った言葉を、彼女は大きな声で笑い始めた。
『……何がおかしい?』
『いや、すまない。物騒な内容ではあるが、それを除けば少年のような夢だと思ってね』
『そうだ。夢だ。悪いか』
『くくく。いや、全然。むしろ私には告白のようにも聞こえたよ』
『そうだったのか?』
『君は鈍感だからな。魔王を倒してほしい国民たちの願いも無視と来たものだ』
オウカは腕を組んで、上や下を向いて考え始めるが、当時も、今のオウカでも、誰かのために戦うなど、自分の知らない、遠い世界のように思えた。
『まあ、いいさ。君が魔王を倒したら……』
『倒したら?』
『…………』
『どうした?』
『あ、ああ。いや、魔王を倒した時に、その告白を改めて受けようと思う』
オウカはなぜ彼女が悲しそうな顔で言い淀んだか、当時は分からなかった。
所詮は世界を知らない、彼女の苦しみと絶望を知らないガキでしかなかったということだ。
彼女は勇者が闇に堕ちる運命にあることを知っていたのだ。
二人が……普通の人間ではないことを知っているからこそ、その絶望と運命を一人で背負っていたことに、オウカは知るよしもなく、ただただ無邪気に笑っていた。
『君が魔王を倒した暁には、大勢の国民の前で殺し合いをしよう。それで構わないかい?』
彼女は背負っていた剣を鞘から抜いた。
無骨で、大きくて、とても一国の姫が持つような武器ではない。
『ああ! あんたが勝つか、俺が勝つか。勝って殺しても、負けて殺されても、全力で楽しもう!』
『リアフィース帝国、王女――――――! その決闘の申し込み、受け取ろう』
『勇者、オウカ。王女に与えられし、幻想の花を名に持つ者。その命、サクラのように散らしてやろう』
オウカもまた、背負っていた剣を抜いて、彼女の剣にぶつけた。
二対の剣が交差する。
勇者の剣には猫の人形が、王女の剣には犬の人形が揺れる。
今日の夢の世界にいる彼女は……ここで真っ黒に染まり消えていった。